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第三話 特定街区の飛び降り団地
⑦
しおりを挟む「……ぅわ」
屋上は殺風景な空間だった。
僕の身長の二倍はあるんじゃないかというほどのフェンスが設置されているぐらいで、あとは強い風が時々吹き抜けるだけ。
事件や騒動がなければ、きっと憩いの場になっていただろう。
「特に何も……ありませんけど」
「……本当にそう思うか?」
「はい」
入り口のところでくすぶっている所長を置いて、僕は一足先に屋上に出る。
レーダーなんだから、先に行かないとな……という気持ちだった。
「ちょっと、風が強いですね……」
さっきまでいた番場さんのところの高層ビルからの眺めに比べれば、十階建て団地からの景色なんてちょっと大したことないな、なんて思ってしまう。
十階建てでも、落ちれば十分に死ねる高さなのにおかしいな……感覚ってこうやって狂っていくんだろうな……。
何もないから、フェンスの近くに行ってそこから足下を見下ろしてみる。
裏路地を走る車や歩行者、それに自転車が見えた。
馴染み深い光景だ。
高層ビル群も格好良くていいけど、もし僕が住むならこれくらいの場所が落ち着くだろうなぁ。
確かめるように、フェンスに手をつきながら屋上をぐるっと一周回ってみる。
フェンスの一部分が不自然に途切れているのに気づいた。
……あれ、あそこだけフェンスがない?
なんで……。
「朝くん!!!」
馬鹿でかい所長の声に驚いて振り返る。
見ると、所長はまだ屋上へと足を踏み入れず扉の前にいた。
「しょ、所長……? なんでまだそんなところに……」
「それ以上行くな! 早く戻ってこい!」
「え? だって、屋上を調べないと……」
「いいから!」
あまりにも鬼気迫る様子だったので、僕は気圧されてフェンスから手を離す。
いつの間にか、所長のいる入り口から一番遠いところに来ていたらしい。
最短距離で戻るために真ん中を斜めに突っ切ろうとしたら、何かに行く手を阻まれる。
「あいたっ。な、なに……」
結構な勢いで太股をぶつけてしまった。
どうしてなにもないところでこんな……と、ぶつけた場所をさすりながらよく目を凝らすと、足下には無惨に打ち捨てられた骨組みが丸見えのソファがあった。
「……へ?」
こんなもの、いつの間に現れたんだろう。
屋上はなにもない場所だったのに……。
顔を上げて、辺りを改めて見渡す。
でも、そこに広がっていたのはさっきまでとは全く違う風景だった。
所狭しと置かれたソファ・換気扇・机などの生活用品からなにかよく分からないむき出しの機械たち。それらが、雑然とただ雨ざらしになるまま屋上にひしめき合っていた。
屋上に吹き抜けていた風が、より一層強くなる。
後方からの強風で、身体が傾きそうになった。
「おい、振り向くな! そのままコッチ見てろ!」
「ふ、振り向くなって……」
もちろんそうしたい。
でも、どうにも強い力で身体が反転して後ろを見てしまいそうだ。
こ、これは風の力なのか!?
まるで肩を掴まれて後ろに引っ張られているような……。
「くそっ……!」
風がどんどん強くなる。
所長の声も聞こえなくなってきた。
暴風に混じって、誰かの足音が響いている。
足音なんて、真っ先にかき消されるはずなのにその数は増えていき、段々近づく。
あぁ、これ……階段を上ってきている……今から死ぬ人たちだ……。
そう理解すると、途端に膝から力が抜ける。
ついに体制を崩してその場に倒れ込みそうになった時、僕の頭の上に固くて小さいものが落ちてきた。
「痛っ! ……これは」
足下に転がったのは、団地に入る前に所長が渡してくれた保冷剤と同じパッケージだった。
所長もポケットの中に忍ばせていたのだろう。入り口から投げたらしいフォームのまま叫ぶ。
「しっかりしろ! 惑わされるな!!」
そ、そんなこと言われても……!
精神論で解決できる段階じゃない気もするけれど、とにかく教わったことを全部試してみる。
できるだけ楽しいことを考えて……ダメだ、無理だ、こんな状況じゃ考えられない。
唾液も喉がカラカラに乾いて出てこないし、深呼吸しようにも暴風のせいで満足に息が吸えない。
煙草……は、持っていない。
塩は車の中………!
何があるはずだ、ほかに何か……。
「あ」
ポケットを探ると、指に当たるのは僕が渡された保冷剤。
だけど、時間が経っているせいかもう体温でグニャグニャになっていた。
所長が持っていた保冷剤はカチコチのままだったのに、どうしてだろう。
そんな疑問が浮かんだけれど、今はそれどころじゃない。
やわらかくなったとは言ってもまだ微かに残っていた冷気を握ると、ちょっとだけ身体が動くようになってきた。
目の前にはさっき所長が投げてくれた冷たいままの保冷剤もある。
所長は入り口のところからなにか叫び続けているけれど、残念ながら風がうるさすぎてなにも聞こえない。
でも、何をすべきかはなんとなく分かる。
いつもの取り憑かれる感じとは全く違って、体調不良もなくただ体の自由が利かないだけだけど……。身体の自由が利かないだけなら、幽霊は遠くにいるって教えてもらった。
怖がりすぎず、冷静に対処すれば、きっとなんとか……。
「くっ……」
硬くなった指先を動かして、なんとか目的のものを掴もうとする。
でも、その時また暴風の隙間からあの声が聞こえてしまった……。
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