霊感不動産・グッドバイの無特記物件怪奇レポート

竹原 穂

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第四話 境界標騒動

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「へ、変化したらどうなるんですか?」
「その有りようが変わる。今まで有効だった手段が使えなくなるんだ。そして対策を見つけた頃にはまた変わっている。生霊っていうのは身を守る術が少ない、厄介な相手だな」

 まるで他人事のように言って、所長は煙草の煙に満ちた車内を換気するために窓を少し開けた。
 新鮮な空気が入ってきて、ちょっとホッとする。

「生霊については、上級者向けだから朝くんが知らないのも無理ないぜ。なかなかお目にかかる機会も少ないし」

 生霊という名前だけは所長に貸してもらった本で読んで知っていたけれど、そんなに重要なことだとは考えていなかったので驚く。
 単なる分類の一つだと思ってた……。

「ええと……その、じゃあなんで所長は生霊なんかに取り憑かれているんでしょうか……」
「そうだな……。コレは、その……」

 やっと確信に迫りそうなところで、また所長の赤いスマホが鳴る。

「あー……」

 画面に表示された着信相手を見て、所長はまた複雑な顔をした。

「今は無理」

 そう言って、スマホの電源をブツンと落とす。

「えっ……良いんですか? お得意さまなんじゃ……」
「良いよ。いや、あんまり良くないけどさ」

 所長はまだ十分に長さが残っている煙草を携帯灰皿に擦り付けて消して、また新しく火をつける。

「コイツは」

 電源が落ちてただの置物になった暗いスマホの画面をコツコツと叩いた。

「……この辺りの地主の息子で、俺たちの事務所兼住居の家主で、昔からの知り合いで、そして……」

 ふぅ、と煙草の煙を吐き出す。
 がっつり顔面にかかったけど、もう慣れた匂いだったのでなんとか咽せずに我慢できた。

「俺を、呪っている相手だ」
「な、なぜ……? えっと、志田しださん……でしたっけ」

 全く話が見えてこない。
 どうしてそんな人が所長を呪ったりするんだろう?
 飛び降り団地の時みたいに、幽霊への変な解釈を他人に広める癖はあるようだけれど……。

「あっ、でも昔からのお知り合いでしたよね。番場さんみたいに幼馴染だったとか……」
「いや、志田のあんちゃんは知り合いだけど全然馴染みじゃなかったんだ。いつも家に引きこもって、親が厳しかったらしく外出する時といえば習い事がある日ぐらいだった」
「じゃあ、余計になんで……接点ないのに……」
「そう思ってたのは、俺たちだけだったみたいでな」
「………」
「ここから先は、胸くそ悪ぃ話になるから……」
「はい……!」

 やっぱり無理に話して欲しくはない。
 誰だって、言いたくないことの一つや二つあると思う。
 デリケートな話題のようだし、内容に興味はあったけれど、一旦中断して先に依頼者の元へ向かうことになるのだろうと予想して身構える。

「ちょっと一発、俺の頬を殴ってくれ」
「はい!?」
「おっ、良い返事だな」
「いやいや、そういうことじゃなくてですね……」
「じゃあ、頼むよ。ちょっと生霊に当てられて、弱ってんだ。気ぃ抜くと持って行かれそうになる。眠気覚ましにやってくれ」

 見た目はいつもとそれほど変わらないけれど、内心は穏やかではないのだろう。
 そういうことなら……と、僕は差し出された両頬をバチンと両手で叩いた。

「イテッ!? なんか力強くない!?」
「すっ、すいません……! あの、僕のなんかじゃどれだけの効果があるか分からなかったから、思いっきりやっちゃいました……」
「もしかして、今までの仕返しじゃないよな?」
「ま、まさか……!」

 一回叩いただけなのに、赤い手形が残ってしまった頬を見るとそう思われても仕方ないかもしれない。

「……ま、朝くんのことだからそんなわけないよな」
「そ、そうですよ……!」
「ありがとな。やっぱりこういう時、二人でやってて良かったと思うよ」
「ありがとう、ございます……?」

 僕はまだ所長と出会って半年も経っていないから、そう言われてもイマイチ感動が少ない。いや、言われて嬉しいことは嬉しいけど……。

「朝くん、俺のことあんまり知らないよな。俺は朝くんのこと、履歴書で表面上のことは知ってるけど。必要以上に探ってこないって言うか」
「それはその……上司と部下ですし、僕のコミュニケーション能力があまり高くないっていうのもありますし……なにより、誰にでも話したくないことの一つや二つはあるかなって思いまして……」
「ふぅん。妙に大人だな」
「僕は昔から母子家庭でして……子供の頃、なんで父親がいないかよく聞かれたんです。それで、気が乗らない話を何度もするのはしんどいなってことに気がつきました」
「それ、今でも気が乗らないの?」
「今は……それなりに、気持ちの整理がついたので言えますね。所長も知ってると思います。あの、二十三年前におきたインド洋での飛行機墜落事故覚えていますか?」
「ああ。あれか……。機体がバラバラになって、遺体もほとんど見つからなかったっていう……」
「それです。僕が生まれる前の話です。……だからその、僕自身にはかなしいとかそういう感情はないんですけど……そんな感じです」
「そっか。教えてくれてありがとな」
「いえ……」

 思い返すと、父親は生まれる前に亡くしているはずなのに僕には度々写真でしか知らない父の姿を見た覚えがある。
 もしかして、あれが霊感の目覚めだったのかもしれない。

「確かに、人間誰でも言いたくないことはあるけど……時間が経つと結構言えちゃうもんなんだよな。だから、朝くんも遠慮なく聞けばいいよ」

 必要以上に距離をとるのは、かえって相手に対して失礼なのかもしれない。
 僕は所長のその言葉に甘えて「じゃあ……」と切り出した。

「……胸くそ悪い話って、なんですか?」
「妹の事件が起きたとき、俺が住んでいた村は騒然となったよ。警察なんて出張所に一人しかいないような、平和な村だったからな。アイツも……志田も真剣になって探してくれたさ。事件の後、人が変わったように性格も明るくなったな」
「………」

 『人が変わったよう』という単語は、以前番場さんが所長を評価するときにも使っていた。大なり小なり、妹さんの事件はそれぞれの人生に影を落としているのだろう。

「番場ちゃんは当時から志田に違和感を持っていたらしいけど、俺がそれに気づいたのはアイツが国際結婚して家を建てた頃だったよ。ホラ、いま俺たちが使ってる鉄筋三階建てな」
「……なにが、きっかけだったんですか?」
「些細なことさ。性格の変化なんて、成長の過程でどうにでもなる。でも生まれ持った性質はなかなか変わらない。……アイツは国際結婚、つまり外国人と結婚したって言ったと思うけど、その相手が金髪に碧眼で……妹と同じだったんだ。最初はただの偶然だと思ったさ。でも、アレコレと妹のことを聞いてきたりことあるごとに俺に連絡をとってきたり、挙げ句の果てに……」

 所長はそこで言葉を区切った。
 綺麗にセットした髪をぐしゃぐしゃとかき回して、ため息をつきながら続きを話そうとする。

「あの、辛いなら無理に話さなくても……」
「いや、いいよ。話させてくれ。あの事務所兼住居に使ってる建物な、あそこを最初に引き渡されたとき、変な間取りだと思って色々調べていたら……隠し部屋を見つけたんだ」
「隠し部屋?」
「今、朝くんが使ってる部屋の本棚だよ。魔境館みたいに、一部がスライドする仕様になっていて……中には大量の妹の写真が貼ってあった。ちゃんと本人に許可を取ったはずもない、隠し撮りの数々が」
「……へ? そ、その部屋……僕が今使っているんですけど」
「朝くんだから住めるんだよ。無関係だからな。俺はあの部屋、満足に入れない」

 僕が使わせてもらっている部屋は壁一面本棚に囲まれている。
 一体どこからそんな場所に繋がっているのか分からないけれど、考えるだけでゾッとした。

「俺は、アイツが妹の事件の犯人だって思ってる」
「えっ……!? でも、しょ、証拠とかはあるんですか?」
「証拠はない。確証もない。手口もわからない。俺の勘だ。でも、アイツが妹に対して並々ならぬ執着をもっていることは確かなんだ。見た目が外国人ってだけで性的興奮を覚える性癖の奴もいるしな。アイツは今の嫁さんとの間に子供ができて、それが娘だったら『君の妹みたいに可愛く育てるね』っていつも言いやがる……っ」

 気持ち悪ぃ、と心底嫌悪を感じる声色で吐き出された叫びが車内に充満する。

「……当時は細かいことに気が回らなかったんだが、成長して気づいたことがある。妹が折られた前歯の数がな、咥えさせるには少なかったんだ。犯人は成人男性ではないかもしれない……ってな」

 こんな感じかな、と所長は握り拳を作って口で咥える真似をする。

「多少、歯が当たるぐらいが良いってタイプもいるしサイズだって千差万別だから断言はできないけど。妹だって必死で口を閉じただろうから、この仮説は正しいと思う」
「………」
「……ってゆーか、こんなサイテーなキッカケでフェラの意味を知ったもんだから、俺ってなにやっても勃たないんだな」

 ハハ……と所長は自嘲気味に笑う。

「霊に対抗するためとか言ってアダルトビデオは流すけど、あれは俺が見てるんじゃなくて周りに集まった幽霊どもに見せてるんだ。アイツら、死んでんのに性欲だけは残ってるらしいから」

 何もコメントが出せない。
 そうですね、とも、そんなことないですよ、とも言えない。
 どうしよう……なにか、気が利いてそれでいて所長を傷つけないようなことを言わないと……。

「………」
「……ま、それが普通の反応だよ」
「えっ」
「興味本位で下世話なこと色々聞いてこないだけ、まだマシだな。色々変な気を回したりしなくてもいーぜ。朝くんの、百パーセントの『気の毒に』って顔だけでもう満足だから」
「えっと、その……」
「これでも俺、いろんな人間から妹の事件に関して『気の毒に』って表情向けられてるから分かるんだけど、朝くんほど純度の高いのは初めてかもしれないな。みんな、どこかしらに『自分じゃなくて良かった』とか『性的暴行ってどこまでなんだろう』とか、聞きたくてウズウズしてるってのに」

 それは、父親の事故のこと話すときに僕も感じたことがある。
 『辛いことを聞いたね』とか『ごめんね、聞いちゃって』とか色々言われるけど『自分は父親がいて良かった』なんて、ひねくれたメッセージを受け取ってしまうのだ。
 でもこれは、所長には言わないでおく。
 僕の共感と所長の共感は、違うかもしれないから。
 所長の悲しみは、所長だけのものだと思うから。

「それで、えっと……何だっけ? どうして俺が志田の生霊に取り憑かれているのかだっけ?」
「は、はい……」
「たぶん、志田にはその自覚はないと思うんだよな。むしろ、俺のことは気に入ってるはずだ。まぁそれも『妹の血縁』っていう理由だけだろうけどな」
「血縁、ですか」
「どういうわけか、アイツは妹に執着してる。俺がただ、妹の兄だからって理由で呪うほどにな」






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