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10年ぶりの故郷
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しおりを挟む「はい、座り心地の良い椅子ですね」
「そうだよね。で、そこからこの店になにがあるかわかる?」
「なに……って、言うと……」
一番奥の椅子に座って、グルリと辺りを見渡す。
「壁沿いに大きな本棚が並べてあって、たくさん新聞や本や書類が入っています。あとはパイプ椅子と、かわいらしいソファと、えっと、本棚には小さなテレビも入ってますね。後は……」
「あ、もういいよ」
言われたとおり、素直に室内のものを羅列する。
途中で私を遮ったハツカちゃんは、目深に被っていた帽子の鍔を持ち上げて、大きな目を三日月にして笑った。
「志穂さん、すごいね」
「すごい……?」
「普通の人はね、この部屋にはあのパイプ椅子とアタシが持ち込んだソファしかないように見えるんだよ。志穂さんが今座っている机も椅子も、みんなには見えないんだ」
「えっ!? そ、そんなはず……」
だって、今、この瞬間にも私は椅子に座っている。
もし、誰かがこの場を見たら私は空気椅子状態ってこと?
……ちょっとおもしろそうだ。
「ここは死者のための場所だから、特に不思議じゃないよ。生者にとってわかりやすい場所である必要なんてない。たまに、近所の人がここを覗くけど、その人にはパイプ椅子とソファしか見えないはず」
「わ、私に霊感がある……って、ことですか!?」
今までそんな経験をしたことは一つもない。
むしろ、怖い話は苦手だからそんな能力が開花してもあまりうれしくない。
あ、でも亡くなった人と話ができるのならば、それはすこし、うれしいかも。
「霊感? 違う違う」
「違いましたか……」
「霊感と言うよりも……適正、かな」
「適正?」
「そう。ここの店主や店主代理になれる適正。まずは室内がちゃんと見れることと、アタシみたいに金髪であること」
ハツカちゃんはずっと被っていた黒いキャップを外す。
帽子の中から出てきたのは、小さな窓の光を反射してキラキラと光る艶やかな金髪。
根本から一本一本美しい黄金色は、天性のものであると一目でわかった。
「きれい……ですね」
「そう? 生きていくには邪魔なだけだよ。みんな、自分と違うじゃないもの排除する癖があるよね、当然だけどさ。……でも、ありがと」
思わず口をついて出てしまった褒め言葉を、ちょっとだけ照れながらハツカちゃんは受け取ってくれた。
「まあ、金髪は生まれついてのものだからどうしようもないけど、『みえる』っていうのは重要だね。特に、机の上の御座布が見えるのが重要。みえるよね?」
「みえ……ます」
机の上には、手のひらサイズの赤い座布団。
私には年季の入った普通の座布団に見えるけど、「みえる」と言った途端にハツカちゃんはまた顔を綻ばせた。
「やったぁ!」
なにがそんなに嬉しいのかよくわからないので、私も曖昧な笑みで返すしかできない。
「あ、なんのことか分からないよね。どうしようかな。ちょうど良い具合に誰か来てくれればいいんだけどなぁ」
誰か。
ここは死者のためのお店。
と、いうことは……。
「わっ、私ちょっと用事が……!」
「ああ、待って待って! 怖いことはなにもないから!」
嫌な予感が限界を突破した私は、スーツケースを掴んで逃げようとした。
でも、ハツカちゃんは私のスーツケースを後ろ手に隠してしまう。
「だ、だって死者がお客ってことは、お化けじゃないですか!」
「お化けだけど、お客は良いお化けだから大丈夫だって!」
「大丈夫、って、どう大丈夫なんですか!?」
「ここに来る死者は、自然死か事故死だから!」
「……は?」
「ホラ、死に方って人それぞれでしょ? 事故死、自然死の他にもちろん殺人もあるわけ。でも、誰かに殺されり自分で死を選んだ人の忘れ物ってすごく大きいの。あの御座布に乗り切らないぐらい。死刑になった犯人が御忘物で、死者が自分で復讐しようとしたパターンもあるし。そんなお客は、アタシたちじゃ手に負えない。そういうのは、違う部署の人の管轄だから!」
なんか、いますごい単語がいろいろ聞こえた気がするけど、たぶん気のせいじゃない。
「管轄とか……秩序とか……なんですか?」
とりあえず、嫌な単語をはずして聞いてみる。
ハツカちゃんは落ち着いた様子の私にホッとしたのか、表情が和らいだ。
「物事には、すべて秩序があるの。ヤバい死者はプロの管轄。ヤバくない死者はアタシたちの管轄。店長代理のアタシでも対応できるぐらいの死者のお客しか来ない。そしてその配分は、確かな秩序を持って乱されることがない。たとえば、いきなり錯乱した殺人被害者がここに乗り込んでくることはないってこと」
「そ、その秩序を保っているのってまさか……」
「神様?」
「……帰ります」
「えっ!? なんで? どーして!?」
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