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たべわすれ 〜かずのこ〜
2-11
しおりを挟むお葬式の場で、一志さんやトヨさんのお友達の方から、二人がいかにすばらしい人生を歩んで、人に愛されてきたかを嫌というほど聞かされた。
もちろん、私だって十年も一緒に暮らしたんだ。
二人のどのお友達よりも、二人のことを深く知っている自信がある。
みんなは友達だけど、私は家族だったのだから。
でも、家族目線の二人と、友人目線の二人ではまた見える姿や見える良さが違って、新鮮だった。みんな、競い合うように私に思い出を語ってくれた。
そしてその思い出話の最後の結びはいつも決まって、『あなたがもっと、しっかりしていればねぇ。かわいそうに』と、いうような意味の言葉だった。
「わ、私……は、千絵さんみたいに、相手のことを想った末の行動じゃなくて……ただ、自分が苦しくて、しんどくて、逃げたくて、それで……」
自分を責める言葉が止まらない。
ここは死者のためのお店で、私はただ迷い込んだだけの部外者にすぎないのに……。
拭っても拭ってもあふれる涙をどうにかしたくて、スカートのポケットを探ってハンカチを引っ張り出す。
「あっ……」
電車の中で何回も使ったせいで湿ったハンカチを取り出した拍子に、コトン……と硬い物が床に落ちる音がした。
それはそのまま転がって、ハツカちゃんの足下で止まる。
「これ……指輪?」
一志さんとの結婚指輪だった。
死別したものの、まだ婚姻関係は続いている。
だから私がいつものように左手の薬指につけていても問題はない指輪だけれど、どうしても、私は、一人きりで結婚指輪を身につける気にはなれなかった。
だからといってしまっておくこともできず、こうして未練がましくポケットに入れて持ち歩いているのだった。
「拾ってくれてありがとう、ハツカちゃん。あ、あの……ナユタさんも千絵さんもすいません、本当に。千絵さんの、大切な忘れ物なのに、私ったら余計なことを……」
ごめんなさい、と頭を下げようとした。
その時、ナユタさんの上品な香水の匂いが私を包む。
私の前に進み出て、今にも地面につかんばかりに下がりそうな私の頭をそっと抱き留めて撫でてくれているのだと、遅れて理解する。
「あ、あのっ……」
「余計なことなんかじゃないのよ、日置さん」
「ええ、そうね。私も生きている間だったら、きっと同じようにお嬢さんを抱きしめていたでしょうね」
千絵さんは自分が死者であるということを理解している様子で、一歩引いた場所で微笑みながら私を見ていた。
「ずいぶん辛い経験をされたのね。外野から色々なことを言われすぎて、自分の気持ちが疎かになっている様子だから、ふたつだけ、言わせてちょうだい」
「は、はい……」
長身のナユタさんは身体を離すと、少しだけ身を屈めて私と視線を合わせる。
「あなたは、悪くない。そして、あなたは、もっと嘆いて良い」
私が……悪くない?
「不幸な事故だったのね。誰のせいでもない、事故。あなたがその日、旦那さまに助けを求めても、求めなくても、いずれその事故は起きていたでしょう」
私が……悲しんでも、いい?
「他人の悲しみまで、あなたが背負う必要はありません。あなたはあなたの苦しみを、悲しみを、自分の感情をなによりも優先するべきです。その上でこそ、真に他者に寄り添うことができましょう」
だって……。
あの事故は、私の怠け癖が原因で起きたことで……。
みんな、私よりも深く悲しんでいて……。
だから……。
「自分自身の感情だけは、誰にも縛られるものではないのです。外野の意見など、耳にいれなくてもよろしい」
「お店の方の言うとおりね。わたしは周囲にどれだけ慰められても、自分を責めることはやめられなかったわ。結局、時間が経つことで自分を責める時間は減ったけれど……それでも、長い間苦しんだの。お嬢さんの苦しみは、お嬢さんにしか分からないことだけれど……ずっと一人で立ち向かって、立派だったわね」
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