ただ帰りたいはずだったのに、私は壊す者になった

川浪 オクタ

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第10話『君の名前を、呼びたくて』

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 信じるって、こんなに怖いことだったんだ。

 ――裏切りは、信じた者にしか起こらない。


 《 力を合わせて 》


「ここって、壊しちゃダメなダンジョンだよね……どうしよう」

 思わず口に出してしまった独り言に、リュゼルが振り返る。

「……そうだな」

「きゃ…っ!」

 晴歌を狙ってきたモンスターを、リュゼルが素早く剣で弾き返した。

「あ…ありがとうございます…」

「あ…いや…」

 その後も舞うように、リュゼルは次々とモンスターを倒していく。その動きを見て、晴歌は彼の実力の高さを改めて実感した。

「まずは…自分たちを守るように防御魔法を張ってくれ」

「防御魔法!?」

「最初に会った時に使ってたはずだ」

(敵を倒しながら話してる…すごい……えっと、前に使ったけど、防御魔法ってどうやって使うんだっけ?)

 そう考えていると、リュゼルの前後からモンスターが現れた。

「……!!」

「だめ……!!」

 晴歌が右手を差し出すと、リュゼルの周囲に光の膜が現れ、モンスターを弾いた。

「それだ!」

「えっ!?」

「それを自分と彼を守るように念じろ!」

 封鎖された空間からモンスターが次々と湧き出てきて、リュゼルの動きも鈍くなる。

(やるしかない)

 自分の右手を自分に向け念じる。体の周りに膜が張ったような感覚。苦しくも痛くもない。大丈夫――

 晴歌は従業員の男性にも防御魔法の膜を張った。すると男性は静かになり、意識を失った。

「え……大丈夫ですか……!?」

「大丈夫だ!膜を張ったことで幻影も消えて意識を失っただけだ!幻影魔法にかかった後は脱力感が半端ないんだ」

「そっか……よかった……」

 晴歌の安心した表情に、リュゼルもわずかに笑みを浮かべた。彼女の成長を感じ取り、心の中で何かが変わっていく。

「くっ…数が多いな…」

(私にもできること、考えないと…)


 ---


 《 選択的破壊 》

 最初は無意識に【破壊】してしまっていたけれど、意図的に制御できるのなら――

(モンスターじゃなくて、封鎖されている場所を壊せば?)

 晴歌はサーチを使う感覚で目に魔力を集中する。すると、かすかに光が点滅している部分を見つけた。

(今度は選んで壊せた。必要な部分だけを……)

 最初の頃、村を壊してしまった時とは違う。今度は、自分の意志で選択している。

 その瞬間、晴歌は走り出した。

「おい!」

 リュゼルが声を上げる。

(あそこが……封鎖の弱点?)

 晴歌は光の点滅に手をかざし、破壊の魔力を集中――

 青い光がガラスのようにゆっくりと崩れ落ちた。

 ゴゴゴゴ…と地響きが始まり、壁にひびが走る。石の欠片がパラパラと落ちてくる。

 晴歌はよろめき、床にへたり込んでしまう。

「どうしよう…ホテルごと消しちゃうかも……」

 その時――

「ハルカ!」

 突然リュゼルに抱きしめられ、身を伏せる。

「え……?」

「揺れが収まるまで、じっとしてろ!」

 長い揺れが続き、やがて静かになった。

 リュゼルがそっと腕を離すと、晴歌は少し離れた場所にそっと座り込んだ。

「…大丈夫か?」

「う…うん……」

(今、名前で呼んだ……?)

「えっと……モンスターは?」

「お前が走った後に、全部消えた」

「そっか……えっと、怪我はありませんか……?」

「…大丈夫…」

 気まずい空気が漂う。リュゼルの心の中で、警戒心が完全に解けていくのを感じていた。

(……思わず抱きしめてしまった)

 そんな気まずい空気の中――

「あの…助けてくれたみたいで、ありがとうございます……」

 意識を取り戻した青年が、まだ少しふらつきながらも礼を言った。

「エリオット・フェリオンって言います」


 ---


 《 変化した関係 》

 ダンジョンは通常の状態に戻ったようだ。晴歌のサーチによると、モンスターはなぜか二人を避けるように動いている。

 結界の場所に戻ると、オーナーが出迎えてくれた。

「ご無事で何よりです。怪我はありませんか?」

「ああ、大丈夫だ。エリオットは掃除中に転んで、結界の外へ出たところで幻影に巻き込まれたらしい」

「まさか…掃除中に転ぶとは。次からは十分に注意させます」

「オーナー、申し訳ありませんでした……」

 落ち込む従業員に、オーナーは優しく声をかける。

「大丈夫ですよ。今回の件で対策が明確になりました。まずは、治癒魔法が使える方に診てもらいましょう」

「…治癒魔法?」

 ティオのメモに書かれていたものだろうか。

「また後ほどお礼に伺いますので、それまでは当館でごゆっくりお過ごしください」


 ---


 《 夜の談話室 》

 湯を浴び、食事を終えた晴歌は談話室でくつろいでいた。

(元の世界に戻ったみたい……春休みに行った温泉旅行みたい…)

 ほっとしたのか、視界がぼやける。泣きそうになった。

「おい!」

 肩を掴まれ、晴歌は顔を上げた。目の前には、濡れた髪のリュゼル。

 …こんなに近くで顔を見たのは、初めて。

「へ……?」

「いや、大浴場から戻る途中で、お前が見えたから」

「部屋にもお風呂ありますよね」

「外の景色、見ながら入りたかったんだよ」

 照れくさそうに髪を拭き、リュゼルは向かいのソファへ。その仕草が、最初に会った時の威圧的な雰囲気とは全く違っていた。

「悪かったな、ダンジョンに付き合わせて」

「いえ…力の使い方も少しわかった気がします」

「……そうか。お前……いや」

 リュゼルが言いかけて止まる。少し迷うような表情を見せた後、続けた。

「俺は明日の朝にはここを出る。お前は……えっと……」

「ハルカでいいですよ」

「そうか。ハルカはルディアンの奢りの分と、オーナーの依頼分で、まだ泊まれる」

「そうですね……でも私も、近いうちに出ると思います」

(まだ壊さないといけないダンジョンがある……まだまだたくさん)


 ---


 《 新しい始まり 》

「……敬語、やめていい。俺のこともリュゼルで」

 リュゼルが手を差し出す。その表情には、最初の警戒心も、任務としての義務感もない。ただ、一人の青年としての素直な気持ちがあった。

「俺はリュゼル・ヴァレイド。竜族の騎士で、ヒト族の国に派遣中。最初の態度は悪かった、すまなかった」

 初対面のことを思い出し、晴歌は思わず噴き出す。

「ふふ…じゃあ私も。晴歌です。よろしくお願いします」

 握手した瞬間、二人の間に、確かに何かが芽生えた。

 警戒心から始まった関係が、信頼へと変わった瞬間だった。
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