【完結】モデラシオンな僕ときゃべつ姫

志戸呂 玲萌音

文字の大きさ
33 / 37

第33話  頬

しおりを挟む
 母さんと日菜に帰宅を告げた後、僕は自室へ戻った。

「今日はありがとうございましたって……何に対してだ?」

 部長の唇の感触を思い出す。

「食事だ! 食事だ! 懐かしいフランス家庭料理をご馳走になったことだ! それ以外あるものか! そうだ! 月曜日にあったら、もう一度【お食事】ご馳走さまでした! って言うんだ!」

 いや……やめておこう。
 なかったことにするんだ。
 こちらには何もやましいことはない。
 ない。
 ない。
 ない。
 断然ない!

 僕はベッドにあるクッションを手に取ると、

 ――ぼすん!

 もう一度ベッドに叩きつけた。

「まったく! あの人は何を考えているんだ? いつもの気まぐれなんだろう!」

 冷静になると、この考えが実にしっくりとしてきた。
 なんだ。いつものことじゃん。焦る必要なんてないさ。
 いつものことなんだ。うん。

「お兄ちゃん。どうかした?」

 日菜が心配そうにのぞき込んでいる。

「日菜……」

 僕は日菜を呼び寄せようとした。
 日菜と話すと心がほっと落ち着くんだ。

 今までは……。
 今は?

「うーん」

 僕が考え込んでいると、日菜がするりと部屋に入ってきた。

「ふみゅー?」

 目をくるりとさせてこちらを見ている。

「日菜」

「どうかしたの? 大きな音がしたわよ」

「なんでもないよ」

 あれ?
 いつも通りだ。
 やっぱり落ち着く。
 日菜の優しい笑顔。いつも通りだ。
 
「なんでもないんだよ。行きつけないお店に行って、ちょっと緊張したんだ。それに上級生相手だからね」

「そっかー」

 日菜は納得してくれたようだ。
 
 あれ? どうかしたのかな?
 何か言いたそうだ。

「日菜こそ何かあったの?」

「うん。日菜じゃなくてね。フランちゃん」

「フラン?」

「うん。今度高等部との交流会があるの。それでね、日菜たちのクラスはお芝居をすることになったの」

「へぇー」

 日菜は小等部のとき、中等部との交流会でフランス語の詩の朗読をしている。

「何をやるんだい?」

「『青の王国』というお芝居なの。これはね中等部のレパートリーみたいなものなの。高等部の生徒が書いた脚本を定期的に上演しているの」

「へぇ~。そんなのがあるんだ」

「うん。私が小等部のとき朗読した詩もそうだったの」

 なるほど。伝統ってやつか。

「それでね。フランちゃんが主役の『青の女王』に決まったの」

「そりゃーよかったね!」

 ようやくフランの鬱憤が晴らされる日がくるんだ。
 よかった。よかった。

「……でも……」

 日菜が浮かない顔をしている。

「でも?」

「フランちゃんの。『青の女王』の衣装があまり素敵じゃないの」

「あちゃー!」

 それじゃ、フランス人形になれないな。元々無理だけど。

「フランちゃん泣いていたわ。寸劇の衣装を用意したのが、小等部から来たばかり先生なの」

 小等部の先生が用意したって?
 【ポスト】復活か!?
 小等部時代の不格好なセーラー服が、地の底から這いだすのか?

「先生にはお願いできそうもないの? もう少しお洒落にしてほしいとか」

「ううん。そうでもないの。先生はね。そういうことに気が回らない人で、それでいいと思っていただけなの。フランちゃんの悲しそうな顔を見てうろたえていたわ」

 フランの勿忘草の瞳で見つめられたら威力は強そうだ。

「本当ならば、もっと早くできているはずだったのに、昨日ようやく届いたの。今からでは作り直せないって……」

「交流会はいつ?」

「来週の土曜日」

「ふーん」

 僕は考えた。

「お兄ちゃん?」

 日菜がのぞき込んでいる。

「うん。その衣装を見せてもらえるかな?」

「いいの!?」

 日菜の顔が期待に輝いた。

「作り直すのは無理でも、リメイクならできるかもしれないだろ?」

「ホント!? フランちゃん喜ぶわ! ありがとう! お兄ちゃん! お兄ちゃんに相談すれば何とかしてくれるかもしれないと思ったの!」

「でも、昨日の話だろ? もっと早く話せばよかったのに……」

 僕が言うと、

「だって……」

 日菜が下を向いて口ごもる。

「何?」

「……だって、お兄ちゃん。なんかそわそわしてたから……」

 上目づかいで僕を見る。
 頬をぷっと膨らませ、口元をとがらせている。
 日菜の不機嫌な時の顔だ。
 なぜ?
 なぜ不機嫌なんだ?

 それに。
 僕。そわそわしていた?
 いや。そんなことないから。
 絶対ないから!

「それはね。約束の間際まで連絡がなかったからだよ。すっきりしないだろ? 約束だけして連絡ないのって」

「そうなの?」

 膨らんだ頬が、とがった口元がもとに戻っていく。
 日菜がくるりとした目を僕に向けた。頬には屈託のない笑顔が浮かんでいる。
 いつもの日菜だ。

「そうなのね」

 日菜がもう一度言った。

「うん。そうだよ。衣装の持ち出しのことは月曜日に先生に相談してごらん」

 僕は自分に言い聞かせるように日菜に言う。

「わかったわ。ありがとうお兄ちゃん。今日は疲れたわよね? 遅くまでごめんね。おやすみなさい」

 そう言って日菜は部屋を出ていった。

「ようやくゆっくりと休めるぞ。この2~3日落ち着かなかったからな」

 ベッドに入り、日菜の膨れた頬を思い出した。不機嫌そうな顔。それがあんなにかわいく思えるなんて。
 僕はいつの間にか眠りについていた。

 明日から、フランの衣装のリメイクについて考えよう。
 まだ実物は届かないけれど、算段だけはつけておきたい。
 だから、部室に顔を出す暇はない。
 もともと手芸部はそういう所なんだ。都合のいいときにだけ行って、途中参加、途中退場ありの緩い部なんだ。

「お礼はちゃんと言ってあるし」

 別れ際にちゃんと言ってあるんだ。

 僅かな疚しさを心に残して、数日間が過ぎていった。 

 






しおりを挟む
感想 21

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

マキノのカフェで、ヒトヤスミ ~Café Le Repos~

Repos
ライト文芸
田舎の古民家を改装し、カフェを開いたマキノの奮闘記。 やさしい旦那様と綴る幸せな結婚生活。 試行錯誤しながら少しずつ充実していくお店。 カフェスタッフ達の喜怒哀楽の出来事。 自分自身も迷ったり戸惑ったりいろんなことがあるけれど、 ごはんをおいしく食べることが幸せの原点だとマキノは信じています。 お店の名前は 『Cafe Le Repos』 “Repos”るぽ とは フランス語で『ひとやすみ』という意味。 ここに訪れた人が、ホッと一息ついて、小さな元気の芽が出るように。 それがマキノの願いなのです。 - - - - - - - - - - - - このお話は、『Café Le Repos ~マキノのカフェ開業奮闘記~』の続きのお話です。 <なろうに投稿したものを、こちらでリライトしています。>

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

君を探す物語~転生したお姫様は王子様に気づかない

あきた
恋愛
昔からずっと探していた王子と姫のロマンス物語。 タイトルが思い出せずにどの本だったのかを毎日探し続ける朔(さく)。 図書委員を押し付けられた朔(さく)は同じく図書委員で学校一のモテ男、橘(たちばな)と過ごすことになる。 実は朔の探していた『お話』は、朔の前世で、現世に転生していたのだった。 同じく転生したのに、朔に全く気付いて貰えない、元王子の橘は困惑する。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

【完結】抱っこからはじまる恋

  *  ゆるゆ
BL
満員電車で、立ったまま寄りかかるように寝てしまった高校生の愛希を抱っこしてくれたのは、かっこいい社会人の真紀でした。接点なんて、まるでないふたりの、抱っこからはじまる、しあわせな恋のお話です。 ふたりの動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵もあがります。 YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。 プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら! 完結しました! おまけのお話を時々更新するかもです。 BLoveさまのコンテストに応募するお話に、視点を追加して、倍くらいの字数増量(笑)でお送りする、アルファポリスさま限定版です! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

27歳女子が婚活してみたけど何か質問ある?

藍沢咲良
恋愛
一色唯(Ishiki Yui )、最近ちょっと苛々しがちの27歳。 結婚適齢期だなんて言葉、誰が作った?彼氏がいなきゃ寂しい女確定なの? もう、みんな、うるさい! 私は私。好きに生きさせてよね。 この世のしがらみというものは、20代後半女子であっても放っておいてはくれないものだ。 彼氏なんていなくても。結婚なんてしてなくても。楽しければいいじゃない。仕事が楽しくて趣味も充実してればそれで私の人生は満足だった。 私の人生に彩りをくれる、その人。 その人に、私はどうやら巡り合わないといけないらしい。 ⭐︎素敵な表紙は仲良しの漫画家さんに描いて頂きました。著作権保護の為、無断転載はご遠慮ください。 ⭐︎この作品はエブリスタでも投稿しています。

処理中です...