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3巻
3-1
第一章
二月の冬の朝は、暗く、寒い。
それはうつしよと世界を隔てたかくりよでも同じだった。
寝台から身を起こすと、ひやりとした空気が頰を撫でる。初音はゆっくりと瞬きをひとつする。そして、さっと寝台から下りた。
十七年間過ごした家で、初音はあやかしを操る力を持たない「無能」の娘として虐げられ、使用人以上に早朝から夜遅くまで家の用事を言いつけられてきた。目を覚ましてすぐ動くことに、体が慣れている。
用意されていた水で顔を洗い、ささっと髪に櫛を通し、着物を整え、鏡を覗き込む。
(よし)
鏡に映るのは、ごくふつうの十七歳の娘だ。
日に焼けて浅黒い肌。ぎょろぎょろして気味が悪いとよく言われた大きな目は、かくりよで暮らし始めたこの一か月弱、たっぷり栄養を摂っているおかげで「ぱっちりとした目」だと言われるようになった。ばさばさだった髪も、丁寧に手入れをしているおかげでつややかになった。けれども、全体の造作は地味で、世間一般で「かわいらしい」とか「美しい」と評されるほどではない。
そんな己を、初音は正しく理解していた。と同時に、そんな自分をかわいくて仕方ないと思っている者がいることも知っていた。
その者こそ、初音の婚約者。あやかしの統領である鬼神の高雄だ。
生まれてから一度も、誰からも愛されたことがないと思い、この先の日々にも暗い予想を抱いて暮らしていた初音の前に、高雄が現れた。
女学校の藤棚を大きな扉に変えて突如うつしよに現れた高雄は、初音と目が合うやいなや、初音のいる教室へと転移し、先生や同級生の見守る中で、初音に求婚した。
高雄はその強い霊力で先生や同級生たちを自然と跪かせ、学長や皇族をも畏れさせるほど強い鬼神だった。そして、かくりよの統領として、側近や近衛のあやかしたちを引き連れており、全員が居並ぶ様は決してかなわぬ存在としての威容を見せつけていた。そのうえ、高雄は見たこともないような怜悧な美貌の持ち主だった。
初音は自分には過ぎた結婚相手だと思いながらも、まっすぐに自分に注がれる高雄の優しさや好意を示す言葉に触れるたび、彼に惹かれていった。
そして、これまで自分を虐げてきた家族と決別し、かくりよに移り住むことになったのだ。
初音は、そっと目を閉じた。そして、深く静かなため息をひとつ落とし、また鏡の中の自分へ視線を戻した。
新しく始まったかくりよでの生活も、平坦なものではなかった。
高雄の初音への溺愛は変わらなかったし、高雄とともにうつしよに来ていた側近である雪姫、火焔、湖苑、樹莉や近衛たちは変わらず優しかった。
けれど統領が、うつしよからとつぜん連れ帰った人間の娘と結婚すると宣言したことに、不満を持つあやかしも少なくなかった。高雄の両親が初音たちの婚約を寿ぐ宴会を開き、貴重な「輝石」を大量に祝いの品として贈ってくれたおかげで、表面的には沈静化したが、依然として初音を認めない者もいる。
その筆頭が、高雄のお目付け役「元老」のひとり、崔亮の孫娘、花葵だ。
初めて顔を合わせた時から初音を認めないと言っていた花葵は、初音の婚約を寿ぐ宴の場で初音を面罵し、高雄の怒りを買って、処罰を受ける……はずだった。けれど初音が不思議な白猫の力を借りて、花葵が怒鳴り始めるよりも前に時間を戻したので、今も変わらず過ごしているらしい。
白猫。初音は、自分に思いがけない力を与えてくれたうっすらと銀の模様のある子猫を思い出し、またひとつため息をついた。
初音を導き、「時を戻す」という大きな力を発揮させた白猫が、ただの猫ではないことは明らかだった。長い時を生きる雪姫によると、その猫は「白虎」という聖獣かもしれないそうだ。かくりよの「白虎」は、いにしえの統領と同じほど強い霊力を持つ人間の娘「統領の対の娘」が、自身の余った霊力で作り出したという伝説上の生き物だ。雪姫たちは、初音の霊力ならば「白虎」を作り出しても不思議はないというのだ。
けれど初音は、期待されたような力は、その一件以外発揮できていない。今も毎日真面目に訓練をしているが、ごく簡単な術も使えないままだ。そのことに対して、焦りはある。このままかくりよでも「無能」のまま過ごすのは、絶対に嫌だった。
けれど、それでも。もしこのまま初音がなんの力も持てない「無能」であっても。高雄や彼の周囲の人々は、初音を見限ったり、虐げたりしないことは確信していた。特に婚約者である高雄は。
高雄が最初にうつしよにいた初音の存在に気づいたのは、初音が高雄に匹敵する大きな力を持っていると思ったからだった。にもかかわらず、自分の力だけを求めていると疑わず、初音が高雄の愛情を信じられるのは、高雄がいつもたくさんの好意を、言葉で、眼差しで、伝えてくれているからだ。
本当に、高雄の愛情はあふれんばかりのもので、生まれてからずっと家族にも愛されることのなかった初音の餓えた心さえ、潤して、満たしていく。
それは本当に幸せなことだ。けれども、その愛情に困ることもある。
そのひとつが、これだ。
初音は確信を持って、そっと部屋の扉を開けた。そしてまだ薄暗い廊下の向こうへと目をやり、息を呑んだ。
(あぁ、やっぱり。今日もいらっしゃる)
初音の寝室を出てすぐの廊下の奥に、黒い人影が見えた。このかくりよの統領であり、初音の婚約者である高雄だ。
廊下に卓を持ち込んで書面を確認していた高雄は、初音が扉を開けたことに気づいたのだろう。初音へ視線を向け、にこりと笑う。
「おはよう、初音。よく眠れたかい?」
高雄が笑みを浮かべると、整った顔があまく溶ける。特に初音を見つめる黄金の瞳は砂糖をかけたはちみつのように、初音の心まであまく染め上げる。
「おはようございます、高雄様」
高鳴る心臓を抑えながら初音が言うと、高雄は滑るように初音のほうへ歩いてきた。そして初音の顎に手を添え、初音の顔を覗き込んで微笑む。
「うん、よく眠れたようでよかった」
「ありがとうございます」
至近距離で見つめられ、初音はたまらず目を伏せた。
高雄はそんな初音を慈しむようにするりと頰を撫で、手を離す。
初音は知らず知らずのうちに小さくなっていた呼吸を取り戻すように、大きく息を吐いた。まだ、心臓が早鐘を打っている。
こうして高雄とともにいるようになって、もうすぐ一か月になろうというのに、高雄のあまやかな言動に慣れることはできなくて、高雄の言葉のひとつひとつ、視線や挙動のひとつひとつに、心臓が痛くなる。
けれど今日は、こうして翻弄されてばかりではいられない。
初音は胸に手を当てて高鳴る胸を落ち着かせると、きゅっと唇を噛み、上を向いた。
すると高雄と視線が合い、にこりと微笑みかけられる。
「あ、あの……。高雄様!」
「ん?」
ひるみかけた初音を、高雄は促すように優しく見つめた。それに力を得て、初音は続ける。
「お願いがあるのです! こんなふうに、廊下で眠るのはやめ、夜はご自身のお部屋でおやすみください!」
一息に言って、初音はほっと息をついた。
言えた。
これを、昨日からずっと言わなくてはいけないと思っていたのだ。
昨日。いつもより早い時間に目を覚ました初音は、特になんの考えもなく、ふらふらと廊下へ繋がる扉を開けた。そして、見たのだ。まだ薄暗い廊下の隅で、高雄が卓に伏せるようにして眠っているのを。
心臓が止まるかと思った。
驚きすぎて、初音は眠る高雄の傍らにいた近衛のひとりに促されるまま部屋に戻り、もう一度寝台に潜り込んでしまった。
侍女たちが初音を起こしに来た時には、もう廊下に高雄はいなかった。
初音は、先ほど見たものは夢だったのかと思い、おそるおそる侍女に「先ほど廊下で誰かに会わなかったですか?」と尋ねてみた。すると侍女たちはくすくす笑いながら、教えてくれた。
「あら。高雄様はとうとう見つかってしまわれたのですね。十日前、初音様のお部屋で看病することを御典医に禁止されたでしょう? あの日から、夜になるとこのお部屋の前の廊下でああして過ごされていたのですよ」
いちばん年嵩の侍女の松野が微笑ましそうに言うと、おしゃべり好きの小梅が楽しそうに続けた。
「お医者様はもう大丈夫だとおっしゃっていましたけれど、どうしてもまだ心配だと……。ならばわたくしたちが代わりますとお伝えしても、自分が初音様のお傍にいたいのだと言って譲られなかったのです」
「そんな……」
初音が絶句すると、初音の着替えの用意をしていた竹良は不安げに眉をひそめた。
「あの、やはり初音様に早々にお伝えしたほうがよかったでしょうか。その前の一週間、高雄様がつきっきりで看病されていたこともあって、初音様もご不快とまでは思われないかと考え、高雄様の命に従ってしまいましたが……。相思相愛の婚約者であっても、こっそり夜中の廊下にいるなんてお嫌でしたでしょうか」
しおれたように竹良に言われ、初音は大きく首を横に振った。
「嫌だなんて。私が高雄様に思うわけがないわ。私が宴で倒れたことでどれほど高雄様を心配させたのかはわかっているし、高雄様が私を案じてくださっていることもわかっているもの」
初音は慌てて、言葉を続けた。
「そうではなくて、ただ高雄様のお体が心配なの。その前だって、高雄様は私の看病のためにほとんど眠っておられなかったし、今だってあんなふうに廊下で座ったまま眠るなんて。とてもお体が休まるとは思えないわ」
初音は、今朝高雄を見た時からずっと不安だったことを口にした。
けれど侍女たちは思いがけないことを聞いたとばかりに目を丸くし、微笑んだ。
「まぁ。初音様。高雄様は統領でいらっしゃるのです。ひと月やふた月、眠らなかったとしてもお疲れになることなんてございません」
侍女たちはそう言って、初音がどれほど心配だと言っても「大丈夫です」と言うばかりだった。それは近衛たちも同じだったので、初音はそれ以上なにも言えなかったのだった。
けれど考えれば考えるほど、やはり高雄の体が心配になり、今日、こうして早起きして、高雄に直談判することにしたのだ。
吐く息が白くなるような、こんな寒い中、毎晩廊下で眠るなんて、高雄の体にとってよいことであるはずがない。
昨日は侍女や近衛に止められて、自分のほうが間違っているような気持ちになったけれど、心配にならないはずがない。
大丈夫だ。高雄は、たいていの初音のお願いは聞いてくれる。時々は、謎の理由で断られることもあるけれど、自分の寝室で寝てほしいなんて、ごくごく当たり前のお願いだ。
初音は、もう高雄が「わかった。今日の夜は、自分の部屋で休もう」と言ってくれると疑ってもいなかった。
けれど、初音の願いを聞いた高雄は困ったように微笑んだ。
「初音のお願い事はなんでも聞いてやりたいが。それに関しては難しいな」
すまない、と優しい口調で、けれどきっぱりと高雄が言う。
「な、なぜですか……?」
自分の願い事が非常識なことだとは思わない。布団を持ち込んでいるとはいえ、廊下で眠るなんて、体が休まるはずがない。非常時で他に眠るところがないのならともかく、ここは高雄の住まう城、御所城だ。あやかしの統領が代々居住してきた御所城は、その歴史にふさわしく広大で、美しい城だ。そしてその主である高雄は、その中でもいちばんいい場所で眠る権利があるはずだ。決して夜毎、初音の部屋の前の廊下で眠っていい者ではない。
それなのに、高雄が廊下で寝ているのは初音のせいだ。
なぜと問いかけながら、初音はそのことを自覚していた。
高雄は、初音を溺愛している。……なぜかは、わからない。初音は特に才能も、美しさも、心の強さも持たないごくありきたりな人間の娘だった。
生まれ育ったうつしよの大統国では、あやかしを操る異能に恵まれる侯爵家の長女として生まれながら、なんの才能も持たないがゆえに疎まれて育った。高雄たちは、初音に強い力があると言うけれど、それらしき力を発揮できたのはこれまでたった一度。それもその直後に倒れてしまった。
そんな初音だったが、高雄にはなぜか大層な美少女に見えているらしい。特にいいとは思えない性格も完璧だと言われていた。
高雄が初音の願いを聞いてなお、自室で眠ろうとしないのは、侍女たちが言っていた通り、初音を心配しているからだろう。けれど、心配なのは初音だって同じだ。
初音はもう一度高雄に「今日はご自身のお部屋で眠ってください」とお願いしたが、高雄はうなずくことはなく、話は平行線のままで終わってしまった。
「このままでは、高雄様のお体にさわります」
午前中は樹莉の授業時間だったので、初音は今朝の出来事を話して訴えた。
樹莉とあらかじめ同席をお願いしていた雪姫は、そろって目を丸くした。
「おやまぁ。てっきり高雄様のやりようが気持ち悪いとかうっとうしいとかいう苦情かと思うたら」
「そんなふうに高雄様につきまとわれても、高雄様のご心配が先にくるなんて。初音様は本当に高雄様がお好きなんですのね」
雪姫と樹莉は、顔を見合わせて笑う。豪奢な美女である樹莉と、清楚な美少女にみえる雪姫が笑い合う姿は一幅の絵のように美しい。
けれどこのふたりは、ただの美しい少女たちではなかった。あやかしの統領である高雄の側近をつとめるほどの実力者で、樹莉は高雄の幼馴染み。雪姫は幼く見えるが七百年を超えて生きる龍族で、高雄が幼いころからその成長を見守ってきた祖母のような存在である。
忠臣としてだけでなく、高雄の身内のように接することを許されているふたりは、今朝の出来事を聞きながら、高雄の所業に呆れつつ、彼が初恋の相手である初音に嫌われはしないかと不安そうにしていた。けれど高雄の体調を心配する言葉ばかりが初音の口から出るので、胸を撫で下ろして微笑んだ。
そんな感心するような樹莉の言葉も、初音には恥ずかしい。頰が熱くなって、うつむいた。
樹莉は真っ白な頰に手を当てて、初音のことを優しい目で見ていた。緑の長い髪がさらりと揺れ、朝の光の中で美しく輝いている。
初音が思わず見惚れてしまうと、雪姫のしのび笑いが聞こえた。
そちらに目を向けると、お人形のように整った顔をしている雪姫は、初音を見て人の悪い笑みを浮かべている。そんな表情をしていても、無邪気でかわいらしく見える雪姫は、樹莉の隣に腰かけると彼女と顔を見合わせて微笑んだ。
けれどその美しく愛らしいあやかしたちは、すぐに笑いを抑えられなくなったらしい。口元を手で隠しながら、笑い出す。
「くくくくく。樹莉、そう笑ってやるな。あれでも我らの統領なのだぞ」
雪姫は、笑いをかみ殺そうとしているが、できていない。樹莉などは、もはやきゃらきゃらと声を上げて笑い出した。
「そうおっしゃいますけど、雪姫だって笑っているではありませんか。だって高雄様ってば、毎日毎日初音様の後を追うかのように周囲をちょろちょろされて。あれではまるで、親の後を追う雛鳥ではありませんか」
「いつも泰然としておられた高雄様が、変われば変わるものじゃの。遅くに訪れる初恋の恐ろしさよ。初音様が、高雄様の重すぎる愛情を受け止めてくださる方で、本当によかったわ」
笑いながら、雪姫はしみじみと言う。初音は、雪姫の目がうっすらと濡れているのに気づいた。
金色の目を持って生まれた高雄は、生まれながらにしてあやかしの統領となる生き方を選ばされた。また、これまでは統領の証しである金の目は血筋に関係なく表れていたが、高雄は先代統領であった父から統領を継承することになった。親子での統領の継承は初めてのことで、周囲の奇異の目や期待にさらされながらも、高雄は歴代の統領を凌駕する力を発揮し、穏やかで気さくな性質もあり、尊敬と敬愛を集めてきた。
けれど一方で、周囲との力の差に高雄が孤独を感じてきたことも、初音は知っている。そんな高雄を、高雄の両親や四天王と呼ばれる高雄の側近たちが案じながら見守ってきたことも。
だからだろう。雪姫や樹莉は、高雄が初音を溺愛することを笑いながらも、その声音も眼差しもあたたかい。
「本当に。初音様が寛容な方でよかったですわ。でも、無理をなさってはいけませんよ。うっとうしいと思われたなら、この樹莉にお伝えいただければ、高雄様にびしっと申し上げますからね」
樹莉は、初音を気遣うように言う。初音は、慌てて首を横に振った。
「うっとうしいだなんて、そんな。そんなこと、思うはずありません。高雄様は、毎日のように朝も夜も、私のことを見守ってくださっていて……。お忙しいのに、このままでは高雄様のほうがまいってしまいます。それが心配なんです」
樹莉と同じようなことを、竹良にも言われたなと、初音は思い出した。
初音にとって、高雄がくれる愛情表現は、嬉しいばかりだった。
まっすぐな好意の言葉も、愛おしげに見つめてくれる瞳も、初音の心も体も大切にしようとしてくれる行動も。
自分が想いを寄せる相手に愛されるのは、誰にとっても幸せなことではないのだろうか。確かに今回のことには困ってしまったが、それも高雄の体が心配なだけだ。それを勘定に入れなければ、初音にはただ嬉しいだけだ。他の人にとっては違うのだろうか。
初音は、特に自分が寛容だとは思えなかった。けれど幼いころから家族にも愛情を与えられないまま育ったので、他の者より愛情に飢えているのかもしれないと思う。高雄のあふれんばかりの愛情表現は、多くの愛に恵まれてきた者にとっては過剰で息苦しく感じるのかもしれないが、初音には嬉しいだけということはありうると思った。
それならば、なんと嬉しいことだろう。
でも、やはり喜んでばかりではいられない。
「樹莉様……。お願いです。高雄様に、お体を労ってくださるようお話しいただけませんか?」
初音は、顔の前で両手を合わせ、拝むように樹莉に願った。
「あらあら」
樹莉は目を丸くして、雪姫のほうへ視線を向けた。雪姫は「うむ」とうなずくと、樹莉に代わって初音に声をかけた。
「初音様は、本当に高雄様のお体を心配しておられるんじゃの」
「もちろんです」
しみじみと言う雪姫に、初音は首をかしげた。
「もちろん、なぁ。しかし高雄様は鬼神で、あやかしの統領なのじゃぞ。あれだけの霊力があるのじゃ、体を壊すなどめったになかろうよ」
「少しくらい眠らなくても、高雄様なら大丈夫だと思いましてよ」
なだめるように、樹莉も雪姫も言う。侍女や近衛たちも、同じように言っていた。
けれど。
「でも、いくら高雄様が強くても、体調を崩されることはあるのでしょう?」
以前、雪姫から聞いた。鬼神も人とそう変わらないと。では、半月以上も寝台で眠っていない高雄の体には、大きな負担がかかっているのではないだろうか。
初音は、それが心配でならないのだ。自分のせいで高雄が体調を崩すなんて、考えたくもない。
初音が真剣に訴えると、ようやく雪姫と樹莉も真面目に受け取ってくれたようだった。
「そうですね。いくら高雄様が頑健でいらしても、こう毎日寝ているのか起きているのかわからないような生活をされていては、お体を壊されることもありえない話ではないかもしれません」
「ううむ。幼いころから風邪ひとつ引いたことのない子じゃし、幻獣の討伐が重なって一週間や二週間野宿しても疲れひとつ見せないから、大丈夫とは思うのじゃが」
「わたくしも、高雄様が体調を崩されたところなんて拝見したことがございませんもの。正直なところ、想像もできませんわ。でも、初音様が心底、高雄様の体調をご心配なさっているのはわかりました」
樹莉はうなずいたが、けれど、と続けた。
「高雄様が初音様につきっきりになってしまうのも、仕方がない気もしますのよ」
樹莉が頰に手を当てて困り顔で言うと、雪姫もしかりとうなずいた。
「初音様は、高雄様のお体を心配されるのと同じように、ご自身のお体を心配なさったほうがよいと思うぞ。こちらに来てからまだひと月ほどじゃというのに、その間に何度お倒れになったのじゃ? 計、三回じゃな。それでは、高雄様がご心配なさるのも無理はないというものじゃ」
雪姫が言うと、樹莉もうんうんとうなずいて、初音を見た。
「そ、それは……申し訳ないと思っております」
ふたりにじとっとした目で見られて、初音はしおしおと頭を下げた。
「申し訳ない、ではありませんわ」
「我らは謝罪を求めておるのではない。初音様にも、高雄様にもお元気でいていただきたいのじゃ。初音様が、高雄様を心配なさっているようにな」
「初音様が倒れられたのは、大きな術を使われたり、無理をしてまで力を使おうと練習されている時ばかりでしょう? お願いですから、ご無理をなさるのはやめてくださいね」
言われて、初音は目を伏せた。
高雄だけではない。雪姫にも、樹莉にも心配させているのだ。それは申し訳ないと思っている。だけど、素直に「無理しません」とは言えなかった。それどころか心のどこかで「やっぱり最初に倒れた時のことを話してしまったのは失敗だった」なんて考えている。
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