虐げられた無能の姉は、あやかし統領に溺愛されています

木村 真理

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本編こぼれ話 2(3巻書籍化御礼の小話)

【3巻御礼】現パロ4-1: かくりよ寮にお引越ししました編

※初音が家で虐待されている描写があります
 やんわりですが、現代ものなので若干リアルよりです。
 だめそうな方は回避してください。




 「では、初音。昼休みに、ここで」

 高雄に言われて、初音はこくりとうなずいた。
高雄たちかくりよから遊学しているあやかし達は、その霊力の強さから人間とは別の特別教室で授業を受けている。
彼らは学校内にある寮に住んでいるのだが、そこからこの教室までは「転移」という術で移動しており、人間との接触は最低限にしているようだった。

 高雄は初音も特別教室で学ばないかと誘ってくれたが、あやかし向きの授業には、人間である初音には参加できない授業もあった。
そのため初音は予定通り人間のクラスで学ぶことにしたので、高雄たちとはいったん別れ、教室に向かわなくてはいけなかった。

「で、では。行ってきます……」

 初音を見つめる高雄は、現実離れした整った顔をしている。
つくりもののような恐ろしいほど完璧な顔なのに、その金色の目は熱っぽく、言葉よりも流暢に初音への気持ちを訴えるようだ。
 今も、短い時間とはいえ、初音と別れるのがつらいと、雄弁に語っている。

 初音は熱くなる顔を見られたくなくて、ぱっと頭を下げて、高雄たちあやかし達を集めた特別教室を後にした。
心臓が、ばくばくと大きな音を立てているのを感じる。

 高雄と出会って、一週間。
たった七日で、初音の人生は大きく変わった。

 まず、いちばん大きな出来事は、高雄と婚約したことだ。
とつぜんの高雄からの求婚は、初音が「結婚は父が決めると言われているので」と断った。
これは実際、父に命じられていることだった。

 初音の父は、いっそ初音のことを憎んでいるのではないかと思うほど、初音へのあたりが強い。
殴られたり蹴られたりといった直接的な暴力は、さほど多くはない。
 けれど水をかけられたり、食事をぬかれたり、家の蔵に閉じ込められたり、といった虐待はよくある。

 学校の制服を買ってもらうのも、一か月ほど毎日父が夕食を食べている間土下座することが条件だった。
うつしよ学院は、制服は必ず着用することと定められている。
初音は一か月、父が食事をしている間はずっと土下座で過ごした。
そしてようやく買ってもらった制服すら、自分のサイズの制服ではなく、初音よりも発育のよい華代に合わせたサイズのものだった。
華代が高校生になったとき、もし学校で急に制服が汚れたら取り換えるために、だと言われてだ。

 そういった初音と父との間で交わされる「約束」は、膨大にあった。

 父の決めた相手と結婚することも、高校へ通う三年間は「無事」でいられることと引き換えの約束だった。
世間の目があるから高校へは通わせるが、かわりに三年間、父の命じる相手のところに「おつかい」に行くか、高校卒業後、父の決めた相手と結婚するか選べと言われて、初音は後者を選んだ。
もしかするとその相手と、愛情ある生活を営めるかもしれないという限りなくうすい期待にすがって。

 子どものころは、何度か学校の教師や知り合った大人に、家で虐待されていることを相談した。
けれど「まさか侯爵様ともあろう人がそんなことはしないでしょう」と、まるで初音が嘘をついているかのように応じられてきた。
 だから初音は、もう現実に期待することはやめていた。
ぼろぼろの現実の中の、かすかな光に希望を抱いて、なんとか生きているという感じだった。

 それなのに、高雄は初音の言葉を聞いて、すぐに父に連絡を取り、結婚を認めさせた。
そしてすぐさま、婚約したのだからと言って、初音を自身が暮らすうつしよ学院のあやかしたちが住まうかくりよ寮へ引っ越しさせた。

 父はもちろん反発したが、高雄は「婚約といっても、初音がまだ高校に入学したばかりだから結婚を待っているだけだ。実質的に、初音は俺の……かくりよの次期統領の妻だ。このうつしよで、かくりよ寮以上に安全な場所があると思っているのか?」と言いながら、霊力を全開にした。
 すると父は、言葉もなく平伏し、結局高雄の言うことをすべて飲んだ。

 その日のうちに、初音はかくりよ寮へ引っ越しし、高雄の幼馴染で側近候補だという樹莉、雪姫、火焔、湖苑というあやかしの面々に紹介された。
 四人は、高雄が初音に求婚したことを喜び、初音にも優しくしてくれた。

 樹莉と雪姫は、初音が制服以外の服もほとんど持っていないことを知ると、服や身の回りのものを揃えてくれた。

「高雄様も、初音様にお洋服を買いたくてうずうずしているみたいですけど、まずは女子同士でいるものをひととおり揃えちゃいましょう!」

 そう言って、樹莉たちが連れて行ってくれたのは、都心のおしゃれなビルだった。

 どういうものが欲しいのかと、ふたりは初音に聞いてくれた。
けれど、そんな場所で自分が買い物をするなんて考えたこともなかった初音は、目に入るいろいろな服やバッグ、アクセサリーに目移りするばかりで、欲しいものを決められなかった。

 街を歩いている子や、テレビ、街のポスターなどでかわいい恰好の女の子たちを見ていた時は、あんな恰好がしてみたいと憧れていた。
 なのに、いざ自分が選んでいいのだと言われると、何も選べなかった。

 初音は落ち込んだけれど、雪姫と樹莉は「ではわたくしたちが選んでいいですか?」「これは、腕がなるのう!」と嬉しそうに言ってくれて、初音の好みを聞きながら、あれこれと揃えてくれた。
 その中には下着なんかもあって、確かに女子だけでお買い物に来られてよかったと、初音は胸をなでおろした。

 その後はSNSで人気だというかわいいカフェで、かわいいケーキを食べ、ふたりが通っているという美容サロンで髪質改善トリートメントをしてもらって一気に髪の毛をつやつやのさらさらにしてもらい、眉を整えてもらったり、顔にもいろいろ塗られたり、謎の機械でマッサージされたりして肌を整えてもらい、うすくメイクもしてもらったりした。

 鏡をみるたびに、初音は自分が変わっていくのを、はっきりと目にした。
やせぎすの身体や、栄養状態の悪さと日々の水仕事で荒れた手や爪は、以前のままだ。
けれどとびきりの腕を持つプロの手で整えてもらい、樹莉のおすすめの服に着替えた初音は、外見は一気に垢抜けた。

 初音は、自分が自分でないようで、感情は恥ずかしさと誇らしさとの間をぐるぐる回っているようだった。
そんな自分を見られることに気後れしながら、かくりよ寮に戻った初音は、すぐにそんな気後れを忘れた。

 初音を一目見て、高雄はますます初音が可愛くなったと言葉をつくして褒めてくれた。
そして、次は自分と一緒に出掛けてほしいと初音に頼んできた。

 今まで初音は、父にも、妹にも、そんな家族の態度を見た周囲の人々にも、一緒に出掛けたいと言われたことはなかった。
そして、それを決定する権利を与えられたこともなかった。

 だから。一緒に出掛けたい、いいだろうかと尋ねてくれた高雄の言葉に驚き。
ぽっと胸にあたたかなものが宿ったのを感じた。

 初音のことを好きだと言ってくれ、初音の意思を尊重しようとする相手。
それは、初音が決してかなわないだろうと思いながらも、願わずにはいられなかった理想の結婚相手そのものだった。

 初音の返事を待って、緊張した顔をうかべる高雄の顔を見て、初音は、あらためて高雄の顔を綺麗だと思った。
そして「はい」と答えた時の高雄の嬉しそうな顔を見て、胸にこみあげるような感情が生まれた。
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