虐げられた無能の姉は、あやかし統領に溺愛されています

木村 真理

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本編こぼれ話 2(3巻書籍化御礼の小話)

【3巻御礼】現パロ4-4: 婚約者は大激怒中です編

 高雄は、初音の前では、いつも穏やかな表情で微笑んでいる。
けれどそれでも、ただ立っているだけで、周囲を静かにさせる威圧感がある。

 そしてそれはただ雰囲気だけではなく、霊力を伴うものらしい。
 初音と初めて会った時もそうだったが、高雄を前にすると、ふつうの人間は立っていられないほどの圧力を感じるという。
 強い霊力を持っていれば、人間でも立っていられるそうだが、たいていの人間は高雄がただ立っているだけで、その場に平伏してしまうのだそうだ。

 「無能」と虐げられるほど霊力のない初音は、けれどなぜか初めて会った時から、高雄の前でもふつうに立っていられた。
それがなぜなのかは、わからない。
高雄に言わせれば、それは初音の霊力が本当は強いからで、初音が高雄の運命だからだそうだ。

 さすがに、初音には高雄の言葉は信じられなかった。
とはいえ、自分自身以外のことは、何度も高雄たちに平伏する人間を見たので、信じている。
高雄たちがふつうに人間とすごせるのは、学校の特別教室やあやかし寮など、特殊な結界のある場所か、相手に特別な術をかけたときだけらしい。

 閑話休題それはさておき

 華代は、人間としては稀なほど、強い霊力を持っていた。
本人もそれを自慢にしていたし、霊力を持たない人間をさんざん馬鹿にしていたが、それだけの実力はあると認められていた。
だから高雄が普通に立っているだけだったなら、華代は高雄の前でも跪くことはなかったかもしれない。

 けれど今、高雄は華代に憤り、彼女を睨んでいた。
うつしよの人間では比べることもおこがましいほどの霊力を誇るかくりよのあやかし……、その次期統領の高雄の怒気である。
いくら華代が人としては優れた霊力を持っているとはいえ、高雄ににらまれれば、その場に立っていることすらできなかった。

「く……っ」

 華代は、この場から逃げようともがいていた。
ぴくりぴくりとかすかに動く背中や腕と、くぐもった苦し気な声が、華代が必死であらがっていることを知らしめる。
 華代の近くにいた男子生徒たちは抗うことも諦め、顔を床にこすりつけて土下座し、ひたすらに許しを請うていた。

 高雄は、そんな華代たちを、冷たい目で見ていた。
そして、初音を大切そうにそっと地に降ろし、にこりと微笑んだ。

「そなたに悪意を向けた相手だ。どうしてほしい?」

「え……?」

 高雄に問われ、初音はまたたきをした。

(どうしてほしい、って……。ええっと、こういう時はとりあえず)

「先生を呼んできましょうか」

 初音は、高雄を見上げて言う。
そして、ぐっと両手を握りしめた。

 初音は、怒っていた。
まだ、さっき華代に突き飛ばされた時の恐怖が体に残っている。
それから、男子生徒たちに、階段の下の荷物置き場に連れていかれそうになったことの恐怖も。

(絶対の絶対に許さない……!)

 これまでなら、初音は華代にどんな暴力や嫌がらせをされても、耐えるしかなかった。
家でも、学校でも、そのほかの場所でも、助けを求めても、誰も助けてなんてくれなかった。

 今は、危ない目にあった初音を、高雄が助けに来てくれた。
それに。

(百合子様も……、助けに来てくださった)

 初音は、階段の途中に立っている百合子に目を向けた。
百合子は、初音を助けようとした時と同じ階段の中頃に立っていた。

 やはり百合子は、霊力が高いのだろう。
華代のように高雄の怒りを向けられているわけでもないので、少し顔色は悪いものの、ぴんとした姿勢で立ち、こちらの様子をうかがっている。

 百合子が初音を助けに来てくれたのは、初音が高雄と婚約したからかもしれない。
けれど、それでもいい。
あの時、華代を止めに入ってくれた百合子を見て、すごく嬉しかった。

 こちらを心配そうに見ている百合子の顔を見る。
そして、すぐ近くに立つ高雄のぬくもりを感じる。

 初音は、自分がひとりじゃないのだと思った。
助けてくれる人がいる。

 だったら、今までのように無言で耐えたりしない。

「高雄様のお力のおかげで、華代たちは動けないみたいです。だから、ここに先生を呼んできます! そして、華代たちがなにをしたか訴えて、怒ってもらいます……!」

 姉妹とはいえ、階段から人を突き落として、怪我をさせかけたのだ。
それにその前だって、初音が拒否しているのに、無理やり暗い場所へ連れて行こうとした。
妹である華代だけでなく、他の生徒たちまで使って。

 これは本当なら、絶対に先生が怒ってくれるべきことなのだ、と初音は思う。
なんだったら、罰で掃除をさせたり、停学になることだって、あるかもしれない。
まぁ初音たちの親は、初音のことは憎んでおり、華代のことはかわいがっているので、停学や親の呼び出しでは、むしろ不利益をこうむるのは初音かもしれないが。

 それでも華代が悪いことをしたのだと、訴えたかった。
これまでは初音がひどいめにあわされたのだと訴えても、なかったことにされるか、「あなたに悪いところがあったのでしょう。他人のせいにしてはいけません」と逆に怒られるばかりだったから。

(私って、ひどいやつかも。高雄様のことが好きなのに、こんなことで高雄様の婚約者だってことをかさにきて、先生に訴えるつもりだなんて)

 少しだけ、初音の胸に罪悪感がわく。
ただそれは、初音を大切にしてくれる高雄に対してだ。
華代や、いやいやとはいえ、その命令に従っていた他の学生たちは怒られてほしい、と心から思う。

「ええっと。高雄様が動かれるのはよくないですよね? 私が先生を呼びに行ってきますので、ここでお待ちいただけますか?」

 正直に言うと、今はまだ高雄から離れたくなかった。
ひとりで職員室まで先生を呼びに行くのは、こわかった。

 けれども、高雄はもちろん百合子にもそんな使い走りのようなことはさせられない。

(怖いけど……。自分で行くしかないよね)

 それでも、これから華代が怒られるのだと思うと、少しくらい怖くてもがんばれそうだった。
初音はこぶしを握り締めて、気合を入れる。

 けれど。
そんな初音を見た高雄は、よくわからないというように、首をかしげた。

「先生を、呼ぶ?」

「はい。あの、だめでしょうか」

 高雄があまりにも怪訝そうな顔をしているので、初音はおそるおそる尋ねた。
やはり、今日も華代を怒ってもらうことは難しいのだろうか。
初音だけの訴えならともかく、高雄も百合子も、初音が階段から突き落とされるところを見ていたのだ。
ふたりはきっと証言してくれるだろうし、先生だって信じて、華代に罰を与えてくれると思ったのだが。

 初音が肩を落とすと、高雄は百合子のほうを見た。
つられて初音も百合子へ視線を戻すと、百合子も怪訝そうな顔をしていた。

 高雄はそのまま、階段のいちばん上でうずくまっている華代たちと、階段の下で土下座している女生徒たちに視線をやった。

(あれ……? ひとりだけ、さっきいなかった子がいる)

 さっき華代の後ろに付き従っていた女生徒はふたりとも土下座しているのに、ひとりだけ立っている女生徒が階段から少し離れたところにいた。
少し距離があるせいか、彼女は跪くことなく、青い顔で壁にもたれてこちらを見ている。

 そう、初音が一瞬気をそらした時。
高雄は小さくため息をついて、初音に言った。

「俺がそなたに尋ねたのは、例えば、こういうことなのだが」

 そう言って、高雄が小さく指を動かす。
その瞬間、華代のすぐそばで、パシンと大きな音が立ち、コンクリートのかけらが飛び散るのが見えた。

「ひ……、う、うそでしょ……」

 華代の震える声が聞こえる。
けれどパシンという音は連続して続き、そのたびにコンクリートのかけらが飛ぶ。

「な、なにをなさっているのですか……?」

 初音がおそるおそる尋ねると、高雄は優しく微笑んで言った。

「あれの周囲に穴を開け、異界につなげた穴に落とそうかと思っている。なに、安心せよ。ひとおもいに消しはせぬ。そなたの気が済むまで、恐怖を味わわせてやろう」

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