虐げられた無能の姉は、あやかし統領に溺愛されています

木村 真理

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本編こぼれ話 2(3巻書籍化御礼の小話)

【3巻御礼】現パロ4-5: そこまでするのはやめてください編

「えっ……?」

 異界につなげた穴に落とす、と高雄が言った。
その意味が、初音にはわからなかった。

 ぽかんと初音は高雄を見上げ、首をかしげた。

「どういうことでしょうか」

 すると高雄は金色の目をあまくとろかせて、初音に微笑んで言った。

「こういうことだよ」

 高雄は、初音の両手を軽く握り、かるくひっぱった。
すると、初音の足がふわりとうきあがった。

「きゃっ」

 初音が声をあげると、高雄はそっと初音を抱き上げた。

「すまない、驚かせてしまったか」

「い、いえ。だいじょうぶです……」

 浮き上がったと言っても、ほんの30cmほどのことだから、高さが怖かったわけではない。
それでもきゅうにふわふわと体が宙に浮くというのは、奇妙な心地だった。

 高雄は安堵したように微笑み、初音を抱き上げたまま階段の上、華代たちがうずくまっているすぐそばにまで浮き上がった。
 そこで初音は、初めて華代たちがおかれている現状を目の当たりにした。

 華代たちは、今やべったりと階段の踏板に顔をつけていた。
いつもは生徒たちが歩いているコンクリートの床に顔をつけるなんて、ふだんの華代なら絶対にしないだろう。

 けれど今、華代たちの周辺は、そのコンクリートの床が音をたててはじけ飛び、どうなっているのかわからないが、華代たちが乗っている部分だけは残っているものの、周囲の床はどんどんと削られていき、周辺は真っ暗な真空に変わっているように見えた。

「あれが、異界につながっている穴なのですか……?」

 そこにあったのは、ただ真っ黒な空間だった。
なにもかもを吸い込み、その黒に溶かして消すような、そんな漆黒の空間だった。

「そうだよ。ああやって少しずつ床を削り、いずれはあの穴に落ちるというわけだ。今のところただの何もない空間につなげているが、初音の希望を聞かせてくれれば、思い通りの地獄を味わわせることができる。初音は、どうしたい?」

「え……」

「そうだな、例えば、あの穴の下に針の山をつくり、永遠にのぼらせるというのは、どうだ? さぼれば鳥につつかれ、体を食われるとしておけば、休むこともできず永遠の時を過ごすことになる。いかにあの女たちが愚かでも、自分のしでかした罪の重さをいつかは悟ると思うのだが」

「やめてください……!」

 高雄はいたって真面目に、そして優しく、初音に問う。

 本気だ、と初音は悟らざるをえなかった。
高雄は本気で、華代たちを針山に落とし、永遠に苦しめるつもりだ。

「わ、私は、そこまでしてほしいとは思いません。お願いです、高雄様。華代たちを、このままにしておいてください。高雄様達の証言があれば、華代たちは学校から罰を受けます。私は、それでじゅうぶんです……!」

「なぜだ? あれらがそなたにしたことは、その程度の罰で許されることではないだろう」

 高雄は、心底不思議そうに、初音に尋ねる。

「あの女が、そなたにしたことは許せぬ。先日から何度も、そなたの代わりに自分を娶れと言ってくるだけでも潰そうかと思っていたのに、先ほどはそなたを傷つけようとした。この学校を退学になったとて、それで罪と釣り合うはずはなかろう」

 そう言って、高雄は初音をぎゅっと抱きしめた。

「そなたが危険な目にあったのに、守れなかった。うつしよでは、あやかしの術を使うのに制限があるとはいえ、そなたの危機に気づけなかったのだぞ……! そのような危険の種になるあやつは処分しておかねばならぬ……!」

 初音は、自分を抱きしめる高雄の身体が震えていることに気づいた。

 高雄は、初音のことが大事なのだ。
だから、初音が傷つくことが怖いのだ、と初音はようやく気付いた。

(嬉しい、なんて思っちゃいけないんだろうけど……)

 高雄が悲しんでいるのに、初音の心は浮きだってしまう。

(誰かに大事にされるって、こんなにも嬉しいものなんだ……)

 初音は、高雄の背に両手を伸ばし、高雄をぎゅっと抱きしめた。

 正直に言えば、初音だって、華代にこの世から消えてほしいと思ったことは、何度もある。
知らぬところで華代が死んだなら、とびあがって喜んだかもしれない。
日常的に身体的にも精神的にも華代から暴力をふるわれている初音は、そのくらい華代のことが嫌いだった。

 けれど目の前で、華代が地獄に落ちかけていて。
その生殺与奪の権が自分に与えられると、このまま地獄に落ちろとは思えなかった。

 華代への同情からではない。
単純に、華代や、他の学生たちをこの世から消す、その責任を自分が負うのが怖かったのだ。
そんなことをすれば、きっと生涯、華代たちにしたことを忘れられない。
自業自得だと笑って忘れることなんて、初音にはできっこない。
きっと何度も思い返し、やりすぎたのではないかと、いつかは後悔すると思うのだ。

 それに、今この場には百合子や他の女生徒もいる。
いやもし彼女たちが口をつぐんでくれたとしても、初音が華代にいじめられていたことは、多くの人が気づいている。

 そんな中、あやかしの次期統領という絶大な力を持つ高雄と初音が婚約したとたん、華代がこの世から消えたら、誰もが初音の関与を疑うだろう。
周囲の人から、そんな目で見られることにも、初音は耐えられそうにない。

 なにより。

「いいのです、高雄様。あなたが傍にいてくださるのなら、もうこんな危険なことはないと思いますから」

 高雄の力は、華代だって思い知っただろう。
いくら初音が気に食わないからといって、もう手出しなどしてくるはずはない。
それならこのまま、この世で、初音が幸せになるところを見て、悔しがればいいのだ。

「高雄様といっしょなら、私はきっとずっと幸せです。華代には、それだってきっと大きな苦しみになると思いますから」

 自分を大切に抱きしめてくれる高雄に、初音はそう言って微笑む。
高雄は、「む」と口をつぐんだ。
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