虐げられた無能の姉は、あやかし統領に溺愛されています

木村 真理

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番外編(高田の話)

「貴女を愛することはない」という年上の次期番頭に玉砕覚悟で告白したら、溺愛されています……? -4

  怜二が高田呉服店に勤め始めたのは、ちょうど10年。
怜二が、いまの高田と同じ年齢だった時のことだ。

 怜二は、それまでは別の呉服店で働いていた。
元之元呉服店というその店もなかなかに歴史ある店で、怜二の親はその店を経営する一家と昵懇じっこんだった。

 怜二の実家も呉服店で、規模は大きくないが、最近の流行をとらえた品ぞろえで徐々に力をつけつつある店だった。
 その店は怜二の兄が継ぐので、怜二は元之元呉服店で10歳のころから丁稚として働き始めたそうだ。
そしてゆくゆくは、その家のひとりむすめである楓子と結婚し、元之元呉服店を継ぐ、それが内内の取り決めだったのだが。

 楓子は、幼いころから自家の店で働く怜二を、使用人のようにしか思えなかったらしい。

 楓子が、怜二よりも2歳年上だったのもよくなかったのだろう。
10歳そこそこの年ごろでは、女子は男子よりも総じて大人びている。
12歳で娘らしい意識に目覚めていた楓子には、それまで暮らしてきた実家や家族と別れ、初めて働くことに戸惑う10歳の少年は、とても結婚相手としてなど見られなかった。

 当時も怜二は美貌の丁稚として評判だったそうだが、あまり容貌に恵まれていなかった楓子には、年下の婚約者が外見でもてはやされるのも不快だったらしい。
「許嫁といったって口約束だもの。あなたなんて我が家の使用人じゃない」
そう怜二に言って、辛くあたることもよくあったらしい。

 怜二は、自分の家にはもう戻れないことをよく言い聞かされていたので、辛抱強く楓子の言動に耐えていたものの、ふたりの間は冷え切っていた。

 そして、10年前。
楓子が、妊娠した。
相手は、別の呉服店の手代で、日ごろから怜二を目の敵にしていた男だ。
その男は、怜二が相手にしないものだから逆恨みして、怜二の許嫁である楓子に言いより、そのあまい言葉に楓子はあっさりと溺れ、身を許したそうだ。

 とうぜん元之元呉服店の主も激怒したが、腹に子がいると言われては、どうしようもなかった。
腹の子の父親は、あまり出来がいいとはいえないとはいえ、他店の手代だ。
楓子と結婚し、店を継ぐための勉強をするという話は、とんとん拍子に決まっていった。

 煽りを食ったのは、怜二だ。
手代になって早々に楓子の妊娠が発覚し、あれよあれよといううちに、元之元呉服店に居場所がなくなった。

 さすがに申し訳なく思った元之元呉服店の主人が紹介したのが、ここ高田呉服店。
そうして、怜二は高田呉服店で働きはじめたのだ。

 怜二はあっという間に頭角を現し、高田の父にも気に入られ、高田呉服店でもなくてはならない従業員になった。
高田呉服店と元之元呉服店では、高田呉服店のほうが伝統も格式も財力も数段うえだ。
 その点だけは怜二にも利点であっただろうが、元之元呉服店では跡継ぎと目されていたことを思えば、どうあっても怜二の立ち位置は悪くなっている。
他の手代たちは、丁稚のころから高田呉服店で働いていたものたちばかりだから、なじむのにも、受け入れられるのにも相当な努力があったのだろう、と高田は思う。

 努力すれば、結果がでるとは限らない。
けれど怜二には、呉服を見る才能も、人を動かす才能も、おそらくは経営の才能もあった。

 怜二がこれと目をつけた色や柄は流行し、手代たちは怜二を中心にまとまっている。
番頭たちにも一目おかれ、丁稚たちには厳しいけれど頼りになると慕われている。
怜二が発案した人気の流行画家の図案を染めた着物は、これまで高田呉服店を伝統と格式はあるけれどすこし古い印象だと倦厭けんえんしていた若い娘たちの心を惹きつけたし、店の装飾やら、お客様への対応などでもいろいろと案を出しては成果をあげているという。

 怜二ならば、きっと自分の店をもっても、その店を立派に経営していくだろう。
自分で経営する店がほしい、そんな怜二の渇望を、高田だって気づいていないわけではない。

 もっと、こうしたい。
こうすれば、お客様に喜んでいただける。
利益もだせる。

 そんな湧き上がるような思いつきとそれを実行したいという望み、そして、それが実行できない雇われの身という己の立場を、怜二が歯がゆく思っていることだって気づいている。

 けれど、怜二はそれが簡単に手に入る、自分のことを慕う店のひとり娘と結婚するという手を使おうとしなかった。
むしろ高田を遠ざけようとしているという。

 おそらく怜二は、以前の婚約者に裏切られたことで、女性との結婚で店を手にいれることの危うさを思い知ったのだろう。
だから高田と結婚してこの店を手に入れるよりも、この店の番頭となり、やがては独立して自分の店を持とうと考えているのだろう。

 そう、高田は思っていた。
だから、父の質問に「はい」と答える。

 すると父は、こまったような笑顔を浮かべた。

「ほんとうに、そうかな?」 


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