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番外編(上村の話)
「結婚しようかな」とつぶやいたところ、幼馴染に求婚されました。ずっと溺愛されてたなんて知りませんっ……!-2
たとえば、これまでのようにお芝居を見に行くことは、できなくなるだろう。
できたとしても、夫やだれかに付き添いをお願いして、月に1度も行ければいいほうだろうし、実家の百貨店を気軽に見に行くこともできなくなるだろう。
上村にも、結婚した友人はたくさんいる。
だから、知っている。
結婚すれば、女子に自由などない。
芝居小屋どころか、夫の意向次第では、好きな小説ひとつ読めなくなる。
実家の百貨店の新商品を見て胸をときめかせることもできなくなるし、友人と会うことすらままならなくなる。
それだけなら、まだいいほうだ。
夫によっては、愛人を抱えて妻に見向きもしないものもいるし、酒におぼれるもの、妻に手をあげるものも少なくない。
女学校は、ひとときの夢よ、とある友人は言っていた。
あそこでは、女子も人として扱われる。
けれどあの美しい鳥かごを出てしまえば、わたくしたちは男たちの指先で好きに扱っていい人形へと堕ちてしまうのだと。
あぁ、いやだ。
上村は、かるく首をふって、気持ちをきりかえた。
こんなことばかり考えていても、仕方がない。
結婚相手など、上村が自由に選べるわけではない。
選んだとしても、何人か用意された見知らぬ相手のうちのひとりを、お見合いなどで可か不可かを選べるのが関の山だろう。
けれどお見合いの数時間で、相手の愛想笑いの下にあるのが鬼面かどうかなど、自分が見抜けるとは思えない。
もちろん父たちが妙な男は選ばないだろう。
けれど、男性に対する態度と女性に対する態度が大きく違う男だって、たくさんいる。
「ただいま帰りました」」
くさくさする気持ちをふりすてるように、上村は声をあげる。
その声を聞いて、応接室から兄たちが顔をのぞかせた。
「おかえり、千鶴」
「肇お兄様、いらっしゃいましたのね」
上村が帰宅するこの時間に、兄たちが家にいることは珍しい。
目をまるくする上村に、肇はくすりと笑う。
「あぁ。今日は、結城が兄弟そろってきているんだよ」
「結城さんがいらしているのですか?」
「あぁ。千鶴も、挨拶してくれるかな。あいつめ、ずっとそわそわしているんだ」
「それはかまいませんが……」
今日は特に予定もない。
結城というのは、上村の家と古くから付き合いのある輸入商をいとなむ家のことだ。
そこの兄弟は上村の兄たちと年齢が近いこともあり、幼いころから親しくしている。
長じてからは女子である千鶴はすこし距離をおいているとはいえ、家に来ているのなら挨拶くらいはしたい。
「着替えてまいりますね」
「いや、千鶴が嫌でなければ、そのままで来ないか。もうすぐ千鶴も卒業だろう。その袴姿も見納めになる」
「わたくしはかまいませんわ。でも、わたくしの袴姿など見慣れたものでしょうに」
肇は、千鶴のりぼんをつついて笑う。
「いや。今日は、圭司が帰ってきているからね。あいつは千鶴の袴姿も、数えるほどしか見たことがないだろう?」
「圭司さんが?」
千鶴は、ひさしぶりに聞くその名前に、笑みをうかべた。
圭司は、千鶴よりも3歳年上の結城兄弟の末っ子だ。
たいへん頭はいいそうで、年上の学生たちに混ざって、いまは帝都一大学で学んでいる。
科学的な、なにやら難しい研究をしているらしく、上村の家を訪ねてくるのはもちろん、実家にすらなかなか戻れない多忙な日を送っているそうだ。
いわゆる天才だと、上村の兄たちは彼に一目おいているし、上村も研究の話などを聞くと、まぁそうなのだろうなと思う。
結城の商売は兄ふたりが継ぎ、圭司はこのまま研究者として大学で身をたてるか、政府おかかえの研究者となるか。
いずれからも喉から手が出るほど欲しがられており、選び放題で、いわば将来を嘱望された若者というやつだ。
とはいえ、千鶴とっての圭司は、3歳も年上のくせに、どこかどんくさい、弟のような男の子、という印象だった。
圭司に以前あったのは、もう2年ほど前だろうか。
その時こそ千鶴よりほんのすこし背も高くなってはいたものの、小柄で、ぱさぱさした黒い髪と、丸い大きな目をして「千鶴ちゃん」と恥ずかし気に自分をよぶ圭司のことを、千鶴は子分のように思っていた。
研究者としては天才なのだろうが、それはそれ。
私生活での圭司は非常にどんくさく、走るのも、木登りも、球投げも、あわれなほど下手だった。
庭で体を使った遊びをする兄たちにはついていけないからだろう、圭司ははじめて会った5歳のころから、ずっと上村の家へ兄弟で遊びに来ると、いつも千鶴について回っていた。
千鶴は女子としては活発なほうだから、圭司が来ると、兄たちとは別の場所で、ふたりで追いかけっこや鬼ごっこ、毬つきなどをして遊んでいた。
千鶴としても、いつも「千鶴ちゃん、千鶴ちゃん」ときらきらした目で自分を見てくる圭司のことはかわいく思い、親しくしてきたつもりだ。
圭司が16歳で帝都一大学へ入学し、研究所と寮を往復するような生活になり、めったに会えなくなったときは、ひどく寂しく感じたものだった。
だから、その圭司に久々に会えると聞いて、千鶴は胸をはずませて応接室へ向かったのだが。
「千鶴ちゃん!」
千鶴の顔を見て、目を輝かせて立ち上がった青年に、千鶴はあっけにとられた。
(だ、誰よ、これ……)
できたとしても、夫やだれかに付き添いをお願いして、月に1度も行ければいいほうだろうし、実家の百貨店を気軽に見に行くこともできなくなるだろう。
上村にも、結婚した友人はたくさんいる。
だから、知っている。
結婚すれば、女子に自由などない。
芝居小屋どころか、夫の意向次第では、好きな小説ひとつ読めなくなる。
実家の百貨店の新商品を見て胸をときめかせることもできなくなるし、友人と会うことすらままならなくなる。
それだけなら、まだいいほうだ。
夫によっては、愛人を抱えて妻に見向きもしないものもいるし、酒におぼれるもの、妻に手をあげるものも少なくない。
女学校は、ひとときの夢よ、とある友人は言っていた。
あそこでは、女子も人として扱われる。
けれどあの美しい鳥かごを出てしまえば、わたくしたちは男たちの指先で好きに扱っていい人形へと堕ちてしまうのだと。
あぁ、いやだ。
上村は、かるく首をふって、気持ちをきりかえた。
こんなことばかり考えていても、仕方がない。
結婚相手など、上村が自由に選べるわけではない。
選んだとしても、何人か用意された見知らぬ相手のうちのひとりを、お見合いなどで可か不可かを選べるのが関の山だろう。
けれどお見合いの数時間で、相手の愛想笑いの下にあるのが鬼面かどうかなど、自分が見抜けるとは思えない。
もちろん父たちが妙な男は選ばないだろう。
けれど、男性に対する態度と女性に対する態度が大きく違う男だって、たくさんいる。
「ただいま帰りました」」
くさくさする気持ちをふりすてるように、上村は声をあげる。
その声を聞いて、応接室から兄たちが顔をのぞかせた。
「おかえり、千鶴」
「肇お兄様、いらっしゃいましたのね」
上村が帰宅するこの時間に、兄たちが家にいることは珍しい。
目をまるくする上村に、肇はくすりと笑う。
「あぁ。今日は、結城が兄弟そろってきているんだよ」
「結城さんがいらしているのですか?」
「あぁ。千鶴も、挨拶してくれるかな。あいつめ、ずっとそわそわしているんだ」
「それはかまいませんが……」
今日は特に予定もない。
結城というのは、上村の家と古くから付き合いのある輸入商をいとなむ家のことだ。
そこの兄弟は上村の兄たちと年齢が近いこともあり、幼いころから親しくしている。
長じてからは女子である千鶴はすこし距離をおいているとはいえ、家に来ているのなら挨拶くらいはしたい。
「着替えてまいりますね」
「いや、千鶴が嫌でなければ、そのままで来ないか。もうすぐ千鶴も卒業だろう。その袴姿も見納めになる」
「わたくしはかまいませんわ。でも、わたくしの袴姿など見慣れたものでしょうに」
肇は、千鶴のりぼんをつついて笑う。
「いや。今日は、圭司が帰ってきているからね。あいつは千鶴の袴姿も、数えるほどしか見たことがないだろう?」
「圭司さんが?」
千鶴は、ひさしぶりに聞くその名前に、笑みをうかべた。
圭司は、千鶴よりも3歳年上の結城兄弟の末っ子だ。
たいへん頭はいいそうで、年上の学生たちに混ざって、いまは帝都一大学で学んでいる。
科学的な、なにやら難しい研究をしているらしく、上村の家を訪ねてくるのはもちろん、実家にすらなかなか戻れない多忙な日を送っているそうだ。
いわゆる天才だと、上村の兄たちは彼に一目おいているし、上村も研究の話などを聞くと、まぁそうなのだろうなと思う。
結城の商売は兄ふたりが継ぎ、圭司はこのまま研究者として大学で身をたてるか、政府おかかえの研究者となるか。
いずれからも喉から手が出るほど欲しがられており、選び放題で、いわば将来を嘱望された若者というやつだ。
とはいえ、千鶴とっての圭司は、3歳も年上のくせに、どこかどんくさい、弟のような男の子、という印象だった。
圭司に以前あったのは、もう2年ほど前だろうか。
その時こそ千鶴よりほんのすこし背も高くなってはいたものの、小柄で、ぱさぱさした黒い髪と、丸い大きな目をして「千鶴ちゃん」と恥ずかし気に自分をよぶ圭司のことを、千鶴は子分のように思っていた。
研究者としては天才なのだろうが、それはそれ。
私生活での圭司は非常にどんくさく、走るのも、木登りも、球投げも、あわれなほど下手だった。
庭で体を使った遊びをする兄たちにはついていけないからだろう、圭司ははじめて会った5歳のころから、ずっと上村の家へ兄弟で遊びに来ると、いつも千鶴について回っていた。
千鶴は女子としては活発なほうだから、圭司が来ると、兄たちとは別の場所で、ふたりで追いかけっこや鬼ごっこ、毬つきなどをして遊んでいた。
千鶴としても、いつも「千鶴ちゃん、千鶴ちゃん」ときらきらした目で自分を見てくる圭司のことはかわいく思い、親しくしてきたつもりだ。
圭司が16歳で帝都一大学へ入学し、研究所と寮を往復するような生活になり、めったに会えなくなったときは、ひどく寂しく感じたものだった。
だから、その圭司に久々に会えると聞いて、千鶴は胸をはずませて応接室へ向かったのだが。
「千鶴ちゃん!」
千鶴の顔を見て、目を輝かせて立ち上がった青年に、千鶴はあっけにとられた。
(だ、誰よ、これ……)
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