虐げられた無能の姉は、あやかし統領に溺愛されています

木村 真理

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番外編(上村の話)

「結婚しようかな」とつぶやいたところ、幼馴染に求婚されました。ずっと溺愛されてたなんて知りませんっ……!-兄たちの話(後)

 千鶴は、今年の初めに同級生が結婚したころから、きゅうに大人びたようだった。
これまではただ楽しいことに夢中の幼い娘だったのに、日々の生活を楽しみでいろどりながらも、自分の将来を見据えて考えを深めていたようだった。
なにかを深く考え、求めるような目をするようになった。
 
 けれど、将来を真剣に考えることは、千鶴には辛いことが多かったのだろう。
いつもどおりのほがらかな笑顔の中に、憂いを帯びた表情をうかべるようになった。

 男性である肇も、上村の家を継ぐという重い荷物を持っているため、不自由を感じることはある。
けれど、結婚して婚家に入る女性ほど、自由がないわけではない。

 妹を見ていると、これほどまでに人生を謳歌していた娘が、他人に自分の人生の舵を差し出さなければならなくなったら、どれほど不自由に感じるだろうと思う。

 生き方にも、人の性格上の向き不向きはあるのだろう。
男性であっても、誰かに人生の舵を差し出して、守ってほしいと思う人間も多いだろう。
 けれど肇は、誰かに人生を支配されるくらいなら、どんなに困難でも自分で人生を切り拓きたいと思う。
千鶴も、肇から見れば、同じ種類の人間に見える。

 そんな妹にとって、結婚生活は楽しいものとは思えないだろうし、同級生が結婚していく中で現実の結婚生活を知れば、考えることも多いのだろうと気にかけていた。

 肇は、千鶴に圭司の話をしようと思ったこともあった。
千鶴のことを愛してやまないあの男なら、千鶴の望みを大切にしてくれるだろうと。
 けれど父からは、まだ圭司を千鶴の結婚相手と決めたわけではないから余計なことはするなと言われ、そのうちに、長年の友人が千鶴に惹かれていることに気づき、なにも言えなくなってしまった。

 肇は、ソファでだらけながら酒をあおる修司をちらりと見た。
修司は、肇の視線に気づくと、グラスをちらりとあげて、苦く笑った。

「そう真剣にとらえるなよ。俺は、ちょっと千鶴ちゃんに惹かれたってだけだ。誰だって、惹かれるはずだろう。あんなにかわいくて、綺麗なんだから。だけど、それだけだ。それ以上、なにもする気はなかった。圭司を出し抜くつもりなんて、ない……」

 修司は、消えるような小さな声で言う。
肇は「そうだな」と短く応えた。
 修司はひとりごとのように、自分の身の内にとどめ続けるには辛い言葉を吐き出した。

「はじめて千鶴ちゃんに会った時から、圭司のやつ、千鶴ちゃん、千鶴ちゃんって馬鹿のひとつ覚えみたいに、千鶴ちゃん一筋だった。俺はそんな圭司を馬鹿にしてたけど、応援もしていたよ。圭司はな、天才だけど、馬鹿でもあるから。十年以上もひとりの女の子を好きで、その子のために博士になろうって、寝る間も惜しんで勉強して……。あいつはもとから頭は天才的にいいけど、努力も人一倍していたと思う。それも、ぜんぶ千鶴ちゃんのためだ。兄としてずっと圭司のがんばりを見てきたのに、綺麗になった千鶴ちゃんに、ちょっと惹かれたからって、割って入るようなことはできないよな……」

 修司の言葉に、肇はうなずいた。
 
 圭司は真面目な努力家で、子どものころから千鶴しか見えていない。
 あそこまで愛された女が、それにあらがえるのならば、その女性はきっと他に好きな人がいるか、その男のことが大嫌いかのいずれかだろう。

 千鶴は、圭司が向けるものとは違う種類だろうとはいえ、圭司に愛情を抱き、大切に思っていた。
いつかきっと、千鶴が圭司の執念に陥落して、ふたりは結婚するだろうと思って、肇たちは彼らのことをなまあたたかく見守ってきた。

 それなのに、同じように見守ってきたはずの修司は、きゅうに千鶴に惹かれてしまった。
それは、修司にも思いがけない自身の心の勝手な動きだったのだろう。

 綺麗になっていく千鶴に目が行くようになり、修司は千鶴のことを、これまでのように妹としてではなく、ひとりの女性として気になるようになっていた。
 けれど弟の長年の想いを知っているだけに表にはださず、むしろふたりの後押しさえしていた。

 修司の目から、ぽろりと涙がこぼれた。
修司は乱暴に手でそれをぬぐい、グラスを机に置いた。

「いま聞いたことは、忘れろ。俺は、弟の長年の恋がかなって、かわいい義妹ができることを喜んでいるだけの兄だ」

 修司は、顔を両手で覆って、ふるえる声で言う。
肇は、いっしゅん痛ましく修司を見て、それから静かに応えた。

「あぁ。他の話をした覚えはないな」

 肇は、グラスの酒を飲みほし、修司のグラスにも新しい酒を注ぐ。

「ほら、飲め。今日はとことんまでつきあってやる」

 肇が言うと、修司はのろのろと顔をあげ、一気にグラスを開けた。

「言ったな。後悔するなよ」

 にやりと笑う修司の顔は、まだ苦いものが残っている。
けれど、人生はまだ長い。
この「氷の貴公子」にも、きっと新しい恋が見つかるはずだ。

 そうであればいい、と肇は祈るように思い、修司とグラスを合わせた。
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