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本編こぼれ話(書籍化御礼の小話)
雪姫の朝の秘密の時間(2日目の早朝、初音がまだ眠っている時)
七の門をくぐった仮の拠点から、山ひとつ超える。
雪姫は、かりそめの人間の姿を捨て、白龍の姿にもどる。
そして大気にひそむように体の色を失くせば、人間に見とがめられることなく、一時の間にそこにたどり着いた。
たっぷりと水をたたえた、古代湖。
この国で最も古く、最も大きな湖は、たっぷりと水をたたえ、朝の光を浴びて水面をきらきらと輝かせていた。
その美しい姿は、七百年前とすこしも変わらない。
雪姫の体は、小さく震えた。
七百年という時は、龍である雪姫にとっても短い年月ではない。
雪姫と同じくらい強い力を持っていたあやかしたちの多くは、あの時かくりよへと居を移した。
そしてこれまでよりも狭い世界で暮らし始めたせいか、次々に異種で番となり、その子孫はあらたな種のあやかしにと姿を変えていった。
その新たな姿は、ふしぎなほど、こちらの世界の人間に似て……、寿命も短くなった。
気づいてみれば、雪姫と同じ龍種も驚くほど減っていた。
龍は番を得るまでは若い姿をとどめるが、番を持つと、時を動かす。
番が別種であれば、相手の時の流れと同じように、自分の時の流れも変えていく。
旧知の龍たちの多くも、番を見つけ、その相手と共に時を進めていった。
今はもうこの世にいない者も、多い。
ぐんぐんと空を駆け、湖の上を行く。
青く輝く水面に一筋、空に昇ろうとする太陽の光をうつして黄金に輝く道ができていた。
その上を、雪姫は飛んで、飛んで、水中の鳥居に気づき、止まった。
「ここじゃ……」
雪姫は、人間の姿に変わり、湖のほとりの道に足を下す。
そして、湖の中に建てられた大きな鳥居に目を細めた。
「……久しいの、藍白」
冬の朝の澄んだ空気に、雪姫の声は溶けていく。
小さな呼びかけに、応える者はいない。
「そなたは、まだ眠っておるのか。いくらなんでも、長く眠りすぎじゃろう……」
苦く笑って、雪姫は力を解放した。
その力を薄く広げ、湖の底を探る。
すぐに、大きな生き物の姿を感知した。
そこには雪姫とかつて共に暮らした龍が、姿が見えぬよう色を失くして、深い眠りについていた。
七百年前、雪姫と別れた時と同じように。
「我がこちらの世界に渡れるのは、そうそうない機会じゃというのに。せっかくの機会に目を覚まさぬとは、あいかわらず気の利かないやつじゃの」
雪姫は拗ねたように言って、目の端にうかぶ涙を指でぬぐった。
「ちぃとがんばって、目を覚ましたらどうなのじゃ。……我とて、いつまでも娘のまま過ごすのは、もう飽きたというに」
聞くもののいないを愚痴を言って、雪姫は笑った。
会いたい。
むかしのように、会って、言葉を交わしたい。
彼の声を聞き、彼の顔を見たい。
いつになれば、また彼に会えるのか。
そう胸はきしむように叫ぶのに、けれどここに変わらず彼がいてくれることに、安心もしていた。
たとえ眠りについたままでも、生きてくれていれば、いつかは会えるかもしれないと信じられるから。
仲間たちも多くがこの世から去っていき、新たに生まれたあやかしたちも、雪姫を置いてどんどん老い、死んでいく。
雪姫はいつか、ひとり取り残されるのかもしれない。
それでも。
「お前に会える日まで、我はきっと娘の姿のまま待っておるから」
はやく目を覚まして、我に会いに来てほしい。
その時こそ、雪姫の時間も動くのだと、信じているから。
「今は、またしばしの別れじゃ」
雪姫は鳥居に手をふると、龍に戻り、空を駆けた。
帰ろう。
はじめての恋を知り、浮足立った統領を見守らねば。
そして統領が乞うる人の娘を、守らねば。
樹莉も、火焔も、湖苑も待っている。
今の雪姫の居場所は、あそこにある。
いつか彼が目覚めた時、笑って迎えられるように。
雪姫は、今日のひとときも、大切に、大切な者たちと過ごすのだ。
雪姫は、かりそめの人間の姿を捨て、白龍の姿にもどる。
そして大気にひそむように体の色を失くせば、人間に見とがめられることなく、一時の間にそこにたどり着いた。
たっぷりと水をたたえた、古代湖。
この国で最も古く、最も大きな湖は、たっぷりと水をたたえ、朝の光を浴びて水面をきらきらと輝かせていた。
その美しい姿は、七百年前とすこしも変わらない。
雪姫の体は、小さく震えた。
七百年という時は、龍である雪姫にとっても短い年月ではない。
雪姫と同じくらい強い力を持っていたあやかしたちの多くは、あの時かくりよへと居を移した。
そしてこれまでよりも狭い世界で暮らし始めたせいか、次々に異種で番となり、その子孫はあらたな種のあやかしにと姿を変えていった。
その新たな姿は、ふしぎなほど、こちらの世界の人間に似て……、寿命も短くなった。
気づいてみれば、雪姫と同じ龍種も驚くほど減っていた。
龍は番を得るまでは若い姿をとどめるが、番を持つと、時を動かす。
番が別種であれば、相手の時の流れと同じように、自分の時の流れも変えていく。
旧知の龍たちの多くも、番を見つけ、その相手と共に時を進めていった。
今はもうこの世にいない者も、多い。
ぐんぐんと空を駆け、湖の上を行く。
青く輝く水面に一筋、空に昇ろうとする太陽の光をうつして黄金に輝く道ができていた。
その上を、雪姫は飛んで、飛んで、水中の鳥居に気づき、止まった。
「ここじゃ……」
雪姫は、人間の姿に変わり、湖のほとりの道に足を下す。
そして、湖の中に建てられた大きな鳥居に目を細めた。
「……久しいの、藍白」
冬の朝の澄んだ空気に、雪姫の声は溶けていく。
小さな呼びかけに、応える者はいない。
「そなたは、まだ眠っておるのか。いくらなんでも、長く眠りすぎじゃろう……」
苦く笑って、雪姫は力を解放した。
その力を薄く広げ、湖の底を探る。
すぐに、大きな生き物の姿を感知した。
そこには雪姫とかつて共に暮らした龍が、姿が見えぬよう色を失くして、深い眠りについていた。
七百年前、雪姫と別れた時と同じように。
「我がこちらの世界に渡れるのは、そうそうない機会じゃというのに。せっかくの機会に目を覚まさぬとは、あいかわらず気の利かないやつじゃの」
雪姫は拗ねたように言って、目の端にうかぶ涙を指でぬぐった。
「ちぃとがんばって、目を覚ましたらどうなのじゃ。……我とて、いつまでも娘のまま過ごすのは、もう飽きたというに」
聞くもののいないを愚痴を言って、雪姫は笑った。
会いたい。
むかしのように、会って、言葉を交わしたい。
彼の声を聞き、彼の顔を見たい。
いつになれば、また彼に会えるのか。
そう胸はきしむように叫ぶのに、けれどここに変わらず彼がいてくれることに、安心もしていた。
たとえ眠りについたままでも、生きてくれていれば、いつかは会えるかもしれないと信じられるから。
仲間たちも多くがこの世から去っていき、新たに生まれたあやかしたちも、雪姫を置いてどんどん老い、死んでいく。
雪姫はいつか、ひとり取り残されるのかもしれない。
それでも。
「お前に会える日まで、我はきっと娘の姿のまま待っておるから」
はやく目を覚まして、我に会いに来てほしい。
その時こそ、雪姫の時間も動くのだと、信じているから。
「今は、またしばしの別れじゃ」
雪姫は鳥居に手をふると、龍に戻り、空を駆けた。
帰ろう。
はじめての恋を知り、浮足立った統領を見守らねば。
そして統領が乞うる人の娘を、守らねば。
樹莉も、火焔も、湖苑も待っている。
今の雪姫の居場所は、あそこにある。
いつか彼が目覚めた時、笑って迎えられるように。
雪姫は、今日のひとときも、大切に、大切な者たちと過ごすのだ。
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