虐げられた無能の姉は、あやかし統領に溺愛されています

木村 真理

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2巻

2-1

   序章


 藤の花で形作られた門をくぐった瞬間、初音はつねの体は藤色の光に包み込まれた。
 そのまぶしさに一瞬、目を閉じる。
 すると、あたたかく大きな手が、初音を安心させるようにきゅっと手を握ってくれた。

「まぶしければ、そのまま目を閉じていればいい。ここは、俺が作ったかくりよとうつしよを繫ぐ道だ。かくりよの門は、この道を少し歩いたところにある。すぐ近くだから、こうして手を繫いでいれば目を閉じていても問題ない」

 自分を気遣う優しい声。耳元でささやかれたその声に、初音の心臓はきゅっと音を立てた。
 目を閉じていても、自分を包み込む空気そのものが、これまでいた世界……うつしよとは異なることを感じる。

(もうここは、うつしよではないのね)

 生まれてから十七年ずっと、初音は生まれ育った大統国から出たことがなかった。
 大統国だいとうこくで四家と数えられる名家・西園寺さいおんじ侯爵家の長女でありながら、あやかしや式神しきがみを操る「異能」がない、無能の娘として家族から虐げられてきたからだ。そのため、大統国の外の国どころか、国内の旅行にすら行ったことがない。
 比較的豊かな大統国では、裕福な家の子女が、避暑や観光目的で旅に出ることは珍しくない。現に初音の妹の華代はなよは、父や母と連れ立って夏には高原や湖の近くの別荘に避暑に出ていたし、春や秋には花見や物見遊山に出かけていた。顔を合わせれば怒声を浴びせかける家族の不在は気が楽であったものの、ひとり置いていかれたことは悲しかった。妹たちと旅に出たいとは思わなかったが、長期休暇の後の女学校で級友たちの旅行の話を聞いていると、遠くの世界を見てみたいとぼんやりとした憧れを抱くこともあった。果ての見えないほど大きな湖や、夏でも雪が残っている高い山。女学校と家の往復ぐらいしか世界を知らない初音にとって、級友たちが話す旅の出来事は、憧れつつも無縁の世界だった。きっと自分は一生、この小さな世界で生きていくのだろうと、初音は思っていた。
 それなのに今は、別の国どころか、別の世界へ渡ろうとしている。
 こんなこと、数日前までは夢にも思わなかった。
 今、初音の隣に立ち、初音の手を握り、初音をいとおしげに見つめている男……、あやかしの統領であり鬼神きしんである高雄たかおと出会う三日前までは。



 初音は、そっと目を開けて、高雄の顔をこっそりと仰ぎ見た。そしてまぶしさに、慌てて目を伏せた。
 まぶしいと感じたのは、周囲に光があふれていたからだけではない。初音には、時々高雄が輝いて見える。それゆえに、直視できない時があるのだ。
 初音がなによりまぶしく感じるのは、高雄の黄金の目だ。常はすべてを支配するように強く輝くその目が、初音を見つめる時には優しく溶ける。初音のことをいとおしいと語りかけるようなその目で見つめられると、初音の心はそわそわして、嬉しくて、無性に泣きたくなってしまう。
 けれど初音への特別な視線を勘定に入れなくても、高雄はとても綺麗だった。
 目元のすっきりとした整った顔立ちは上品で、絵巻物に登場する貴公子のようだ。けれど鍛えられた体躯たいくや凜としたたたずまいのせいか、やわらかな印象よりも近寄りがたい威厳を感じる。つややかな黒髪の間から覗く黄金の目にひとたび捕らえられたら、天女の心さえもとろかすのではないかと初音は思う。
 実際、高雄にきつけられるのは、初音だけではない。
 高雄と初音が初めて出会った女学校の教室では、そこにいた女生徒の大半が、高雄の外見に陶然とうぜんとしていた。自分以外の人間をすべて見下しているような妹の華代でさえも、高雄を一目見た時からずっと彼に執着していた。高雄は華代のことを「初音を虐げる許しがたい娘」として虫けらのように扱っていたのだが、華代は「あやかしだなんて、人間に相手にされないお姉さまにお似合いの相手」だとわらいながらも、高雄に愛される初音への悪意を募らせて、破滅への道を突き進んでいった。
 華代はともかく、高雄が初めて初音と出会った女学校の教室には、容姿も心映えも優れた級友は何人もいた。中には、初音が気おくれして普通に話しかけることもできなかった、気高く見目麗しい人もいた。
 けれど高雄は、初めから他の娘など目に留めなかった。女学校の藤棚の前に現れたとたん、高雄は教室にいる初音を見つけ、すぐに初音のもとに現れた。そして初音の手を取り、初音に求婚した。
 それからのことは、なにもかもが急だった。その日のうちに初音は高雄の婚約者となり、初音を虐げてきた家族の元に帰ることもないまま、高雄たちと暮らすことになった。初音の運命は、あの日大きく変わったのだ。
 初めは高雄の想いに戸惑とまどっていた初音だったが、大切に扱われ、その恋情をあからさまに示されるうちに、高雄に好意を抱くようになった。そして同時に、これまで多くのことを諦め、心を閉ざすことで自分の心を守ってきた初音は、変わり始めた。
 高雄の計らいで、高雄の部下の雪姫ゆきひめ樹莉じゅり湖苑こえん火焔かえんとともに、これまで初音を虐げてきた家族と対峙したり、女学校の同級生の百合子たちと友となったりするきっかけを得ることができた。
 ひとつの変化が、次の変化を招いていく。
 家族ときっぱり訣別けつべつできたこと、近寄りがたく感じていた級友たちと心を交わし、友となれたことは、初音を少し強くした。
 今では初音は、高雄とともに生きたいと願い、彼が統領として治めるかくりよへ共に行こうとしている。育ち始めた高雄への恋情とともに。

(不思議ね……。かくりよに行くなんて初めてのことなのに、この光には覚えがあるわ。そう、このあたたかくて優しくて、どうしようもなく心がきつけられる光は……、高雄様の)

 初音は慌てて目を見開いた。
 やわらかな藤色の光が、視界を満たす。まぶしい。けれど気づいてみれば、とても優しく感じる。この光は、高雄の力の発露だ。初めて見た時から初音をきつける美しい光。
 意識してしまえば、高雄の力に包み込まれているのが気恥ずかしくなる。まるで、高雄に抱きしめられているようで。
 思わずびくりと体を震わせた初音に、高雄は気遣わしげに声をかけた。

「初音。気分が悪いのか? それともやはり目を閉じて歩くのは難しいか」
「い、いいえ、高雄様。なんでもございません」
「だが、少し顔が赤いな」

 高雄は立ち止まって、初音の顔を覗き込む。

「本当に、大丈夫ですから」

 顔に高雄の息がかかる。否が応でも高雄の顔が近いことを意識させられて、初音の顔はますます赤くなる。
 すると高雄は、初音が遠慮していると思ったらしい。

「初音は世界を渡るのは初めてだろう? 気づかないうちに、体にも心にも負担がかかっているのかもしれない。……ふむ」

 高雄は心配そうに言うと、ふわりと初音を抱き上げた。

「えっ」

 高雄の手つきは丁重で、その所作には危なげなところはない。
 けれど急に抱き上げられた初音は、驚きの声を上げた。
 高雄は初音の膝の下に手を入れ、横抱きにする。

「怖かったら、手を俺の首に回したらいい。安定するはずだ」
「こ、怖くはございませんけれど……! お、下ろしてくださいませ……!」

 ともにかくりよへ渡る雪姫たちは、いつの間にか初音たちよりも前のほうを歩いている。だから、誰に見られることもないのだが。
 そうはいっても、落ち着くことなどできなかった。
 男の人に抱き上げられるなんて、初めてだ。
 初音の膝の後ろに、高雄の手があるのを感じる。頰も、高雄の胸に当たっている。鍛えている高雄にとって、初音のような小柄で痩せ細った娘など、軽いものなのだろう。抱き方は安定感があり、落ちるのではないかという不安はない。けれど、体のあちこちに高雄の体が触れている。そのことが単純に恥ずかしくて、頭に血が上る。

(お、下ろしてくださいとお願いしているのに……!)

 高雄は初音を抱き上げたまま、一向に下ろしてくれない。
 未知の場所、未知の移動方法とはいえ、うつしよとかくりよを繫ぐというこの不思議な道に満たされているのは、高雄の力だ。そのあたたかくて優しい光は、初音にとって、ただただ心地がよい。この空間を空気のように満たす高雄の力に包み込まれていることに恥ずかしさはあったが、実際に高雄に抱き上げられている今よりはずっと恥ずかしくない。
 初音は、涙目で高雄を見上げた。
 高雄に抱きしめられたことはある。けれどあれは特別な、気が高ぶっている時だった。平時に抱き上げられるのは、それとは別の恥ずかしさがある。
 もう一度、下ろしてくださいとお願いしかけて、けれど初音は口をつぐんだ。
 思った以上に、高雄の顔が近い。

「ん? どうかしたか?」

 初音を見る高雄の目は、いつも通り優しい。
 そう、ふだんは他者を圧倒するように輝くこの金色の目が、初音を見る時だけあまく優しく溶ける。初音が大切だと、雄弁に語るように。
 この目に、初音は弱い。
 逃げるように視線をそらした初音はつい、高雄の薄く開いた唇に目を留めてしまった。
 かぁっと、顔が赤くなる。
 昨夜、その唇と自分の唇が触れ合ったことを思い出したのだ。

「初音、顔が赤い。本当に大丈夫か? あと少しでかくりよに着く。それまでなんとか持ちこたえてくれ」
「あの、本当に大丈夫なんです……」

 真っ赤になった初音の顔を見て高雄が真剣な顔で心配し始めたので、初音は蚊の鳴くような声で言った。
 高雄はよく聞こえなかったのか、眉をひそめて初音の唇に耳を寄せる。初音は赤い顔のまま、もう一度口を開いた。けれどその時、あたりを包んでいた藤色の光が揺らぎ、目の前に大きな金色の扉が現れた。

「ああ、着いたな」

 扉に気づいて、高雄が言う。
 それは高雄の背よりもずっと大きな、立派な彫刻がある黄金の扉だった。高雄は初音を抱きかかえたまま、扉の前で手をかざす。すると扉は音もなく左右に開き、白いまばゆい光が差し込んだ。
 初音の視界が、白く染まる。高雄の力である藤色の光も、その白い光に溶けていった。
 目が焼かれるようなまぶしさに初音は目を閉じる。少しして目を開くと、背後で扉が閉まるのが見えた。それとともに白い光も消えていった。

(ここが、かくりよ……)

 また空気が変わったのを、初音は感じた。確信とともに心の中でつぶやくと、それが聞こえたかのように高雄が笑いかけてくる。

「ここが、かくりよの入口だ。まぁ、この『扉の間』はうつしよとかくりよを繫ぐ港のようなもので、かくりよの中では異質な場所だが」

 高雄はゆっくりとその場を回った。初音はきゅっと高雄の胸元をつかんだ。

「ご覧。なかなかに変わった部屋だろう?」

 高雄が言う通り、そこは不思議な広間だった。
 部屋の基本的な様式は、東の大陸のものに似ている。白く塗りこめられた壁と、朱で塗られた立派な柱やはり。その一部には複雑な彫刻がほどこされ、青や緑で彩色されていた。鮮やかな色をふんだんに使いながらどこか落ち着いた雰囲気は、神社の本殿や寺の金堂こんどうを思わせる。
 だがなにより目を引くのは、この広間の中央を中心として半径二尋ふたひろの円を描くようにそびえたつ十二の大きな扉だ。
 扉の横幅は、大柄な男性が両手をいっぱいに広げたほどはあるだろうか。高さは大柄な男性を縦に三人分並べられそうなほど大きく、金色に輝く表面は、よく見ると細かな彫刻がほどこされており、いちから拾弐じゅうにまでの番号がひとつずつ大きめに彫られている。
 奇妙なのは、その十二の扉の設置のされ方だ。普通、扉は左右を壁に接するか、天の部分を天井に接するように設置されるものだ。けれどその十二の扉は、まるで大地から育った大木のように、扉だけが床から伸びていた。

「本当に不思議な場所ですね。私がこれまで見たことがあるどの建築様式にも、このような扉があるお部屋はなかったと思います。これが、かくりよなのですね……。とても綺麗な場所だと思います」

 初音は部屋をぐるりと見回して、改めて自分が別の世界に来たのだと感じた。

「こんなふうに扉があるのは、かくりよでもこの部屋だけだろう。この扉はひとつひとつ別の場所に繫がっているんだ。『七』という彫刻がある扉が見えるだろう?」

 高雄が手で示したのは、「七」と彫られた固く閉ざされた扉だった。初音が小さくうなずくと、高雄は初音をそっと床に下ろし、扉の前まで手を引いて歩いた。

「これが今、俺たちがくぐってきた扉だ。『七』の扉が初音の生まれたうつしよのあの国に繫がっているように、この部屋の扉は、かくりよやうつしよのさまざまな場所に繫がっている。七百年前に我らの先祖がかくりよに移り住んだ際、もともとこのかくりよに住んでいた者たちから管理をゆだねられ、代々の統領がここを守ってきた」
「この扉を……」
「扉は、一定以上の力があれば誰にでも開くことができる。出口となるあちらの門もまた同様だ。だが、すべての世界はどこかで繫がり、影響しあっている。好きなように出入りし、勝手気ままに力を振るえば、世界は必ずゆがみ、危険を生む。そうならぬように管理する。それが統領の重要な任務のひとつだ」

 そう語る高雄の顔は、どこか誇らしげだった。
 初音は、高雄たちがうつしよで力を振るう時、うつしよに過度な影響を与えないか絶えず気を配っていたことを思い出した。かくりよに住むあやかしたちの力は、人間とは比べ物にならないほど大きい。どんなことでも好きにできる力を持ちながら、高雄たちは常に自分たちの行動が世界に与える影響を計り、自制していたようだった。
 初音は、高雄をじっと見つめる。視線に気づいた高雄は初音と視線を合わせ、照れたように微笑んだ。

「一息に話しすぎたな。うつしよでかくりよのことを話すのは、よくない影響が出やすくて難しく、初音にもほとんど話せなかった。気になることがあれば、なんでも俺に尋ねてくれ。そなたにかくりよのことを知ってもらえるのは嬉しい。好きになってもらえれば、なお嬉しいが……」

 初音も微笑んでうなずいた。

「ありがとうございます、高雄様。高雄様や、雪姫様たちが暮らす場所ですもの、きっと好きになると思います。いろいろなことを教えてくださいね」
「ああ、もちろんだ」

 高雄と目を合わせて、うなずき合う。そわそわと胸の奥がこそばゆくなった初音は、壁際に集まっている、ともに門をくぐってきた高雄の配下たちのほうへ視線を向けた。

「はぁー……っ、帰ってきたなぁ」

 燃えるように赤い髪をもつ野性的な青年が、大きく伸びをしながら言った。高雄の側近で、幼馴染の兄のようでもある火焔だ。

「じゃのう。やはり、かくりよの霊気は清涼で心地がよい。今はもう、ここが我の住むべき場所なのじゃろうな」

 大きく息を吸い込んで、雪のように白い長い髪を持つ美少女がしみじみと言った。彼女は雪姫。外見こそ初音よりも年下の少女だが、七百年以上も年を重ねている。同じく高雄の側近だが、幼少期から高雄を見守っていた祖母のような存在でもある。
 そこから少し離れたところに、無言で微笑む藍色の髪の青年・湖苑と、初音たちを見て目を輝かす緑の髪の豪奢ごうしゃな美女・樹莉が並んで立っていた。彼らもともに高雄の側近で、高雄との付き合いも長い。
 初音は、そこからさらに離れたところにそろいの黒い服を身に着けた五人の姿と、彼らの足元に小さな鬼たちの姿があることにも気づいて、ほっと胸を撫で下ろした。
 そろいの服の五人は、高雄の護衛を務める近衛だ。
「護衛といっても、高雄様はお強いですから。半分は従者みたいなものです」と笑っていた彼らとは、この三日間、直接話すことはほとんどなかった。けれど、家では下女からも距離を置かれていた初音は、高雄の婚約者として丁重に扱ってくれる彼らにも、雪姫たちに対するほどではなくとも、親しみを感じていた。
 そんな彼らは、高雄に命じられて、この移動では小鬼たちの手伝いをしていた。
 異能の一種である〈使役の術〉を使う人間によって虐げられてきた小鬼たちは、初音たちとともにかくりよに移り住むことを希望し、一緒に高雄が作った門をくぐった。
 門と門の間は大した距離はないとはいえ、人間の手の平ほどの大きさしかない小鬼たちが歩くには、時間がかかりすぎる。だから近衛たちが運ぶことになっていた。多数いる小鬼たちがはぐれずに全員一緒に来られるか心配だったが、近衛たちが小鬼たちを数えうなずき合っているので、全員が無事に到着したのだろう。

(よかった……)

 あの中には、初音の妹である華代に虐待されていた小鬼もいるのだろう。彼らもここで幸せになってほしい、と初音は思う。
 未知の世界で生きるのは、きっと楽しいことばかりじゃない。
 けれどだからこそ、彼らも幸せになってほしいと願わずにはいられない。少しだけ彼らに自分を重ね合わせて、初音はそう願う。
 小鬼たちも、違う世界に来たことに気づいているのだろうか。あたりをきょろきょろと見回したり、その場でぴょんぴょん飛び跳ねたりと落ち着きのない様子だった。微笑ましげに小鬼たちを見て雪姫が手を振ると、小鬼たちはいっせいに雪姫のほうへ走っていく。雪姫はかがみこんで足元を飛び跳ねる小鬼たちの頭をさらりと撫でた。小鬼たちは喜んで、いっそう元気に飛び跳ねて近衛たちのもとへ戻っていった。
 雪姫は立ち上がり、初音のほうへ体を向け、姿勢を正した。

「ようこそ、かくりよへ。初音様が我らとともに来てくださったこと、心から感謝いたします」

 雪姫は微笑んで、初音に深々と頭を下げた。それを見た火焔たちも、雪姫にならって初音に頭を下げる。
 初音の胸が、きゅうと熱くなる。改まった態度での歓迎の言葉は、初音を重んじてのものだと察せられた。

「私こそ……」

 初音が言いかけた時、扉の向こうから大きな声が聞こえた。驚いた初音は口を閉じ、そちらに目を向ける。
 声は、扉の間の壁にある大きな木の扉の外から聞こえていた。この部屋の内にそびえたつ黄金の十二の扉とは違い、その木の扉だけは一般的な扉と同じように壁にとりつけられている。

「騒がしいな」

 扉のほうを見て、高雄がつぶやいた。その声音が少し硬いことに気づいて、初音は外から響く声に耳をすました。
 木の扉の向こうから聞こえたのは、にぎやかな歓声だった。野太い男性の大声もあれば、女性たちの華やかな笑い声も聞こえる。

「あの扉の向こうは、城の外宮に続いているんだ。統領の住まいである内宮とついになる、政治や社交の場だな。ここは、我らの祖先がうつしよの御所になぞらえて造った御所城ごしょじょうだ。この扉の向こうに続くのは、うつしよの御所で言うなら紫宸殿ししんでんが近いだろうか」

 高雄は初音に説明しながら、首をかしげて続けた。

「だが、かくりよでは血族で身分や職を継ぐことはないせいか、外宮への出入りはかなり自由で、場所によっては誰でも入れる。おそらく俺がこちらへ戻ったことに気づいた者たちが集まっているのだろうが、このにぎやかさだと集まっているのは城で働く重臣たちだけではないのだろうな」

 同じように耳をすましていた樹莉は、「あら」と微笑んだ。

「高雄様のおっしゃる通りみたいですわよ。月華の高楼は、また女性たちの茶会に貸し出されていたようですわね。茶会に出席していた女性たちも、高雄様が戻られたとお気づきになったようですわ。この扉の間の近くまで、多くのあやかしたちが詰めかけてきています」
「……道理で、騒がしいはずだ」

 高雄は、眉を寄せてため息をついた。

「城勤めの連中と同じくらい、女性たちも統領の気配に敏感だな。数日の不在でこの騒ぎだ」

 火焔はにやにや笑って、高雄を見た。

「さぁて統領、どうする? かくりよの政治の中心である城の外宮の奥深く、結界の守りも厳重なこの扉の間に突撃できるのは、元老のじじばば三名くらいだろうけどよ、扉の向こうに集まった連中も、統領の顔を見ないうちは解散しなさそうだぜ?」
「そうだな……」

 高雄は木の扉を一瞥いちべつし、四人の側近の顔を見回した。
 高雄の隣に立っていた初音は、高雄と同じように樹莉たち四人の顔を見た。樹莉は楽しげな笑みを、火焔はにやにやとした笑みを浮かべたままだ。雪姫は視線が合うと力強くうなずき、湖苑は小さく頭を動かした。

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