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その日まで、知花の生活は平穏そのものだった。
中学校と高校は女子校だったから、男子が同じ教室にいる大学生活は驚愕の連続だったし、大学の授業システムは高校までと違い過ぎて、戸惑うことも多かった。
だけど四月一日の入学式から3週間。
歓迎会やオリエンテーションなどの行事も滞りなくすぎ、いつも一緒に行動する友達と、それなりに仲のいい友達もできて、そろそろ自分が大学生ということにも慣れ始めたある日。
あの、赤い封筒が、知花の目の前に現れたのだ。
その封筒は、ごく普通の、無地の封筒だった。
深い赤は派手ではあるけれど綺麗な色で、クリスマスに外国製のカードと一緒に売られているような、まがまがしさなんてかけらもないものだった。
なのに、リビングの机の上にそれを見た時、なぜか知花の背筋がすっと寒くなった。
(あれは、よくないものだ)
なんの根拠もなく、そう思う。
そして、封筒から距離をおくように、後ずさりした。
ただの赤い封筒なのに、なぜか怖くて仕方がない。
馬鹿馬鹿しい、ただの封筒じゃないと思うのに、その封筒に近寄ることもできず、さりとて目を離すこともできず、知花は息をつめて、ただその封筒を見ていた。
そして、数秒後。
知花の目の前で、その封筒は、消えた。
すうっと、端のほうから幻のように。
「み、まちがい……?」
封筒が消えた瞬間、背筋の寒気も消えた。
ほっと息を吐きながら、知花は空笑いをしながら言った。
けれど言いながらも、見間違いなんかじゃないことは、知花自身がよくわかっていた。
ただの見間違いだと思うには、あまりにもその封筒は強烈な印象だった。
それに、あの寒気。
リビングは一面が全面窓ガラスになっていて、春の日差しがうららかに差し込んできている。
四月といえども寒い日もあるけれども、今日は春らしい陽気のあたたかな日だ。
時刻もまだ夕方の四時で、日暮れにはほど遠い。
それなのに、どんな冬の日も感じたことのないぞっとするような寒気がしていた。
(あれは、なんだったの……?)
知花は怖くなったが、ふるりと頭をふって、忘れることにした。
あの赤い封筒がなんなのかは、わからない。
だけど、あんなものを見たのは初めてだし、これきりのことのはずだ。
あれこれ考えるのは、かえってよくない、気がした。
だから、忘れることにしたのに……。
そう決めた瞬間、知花は気づいた。
なにかが、いる。
知花のななめうしろから、視線を感じる。
これも、気のせいなのか。
けれど、視線というのは、自分に向けられていると、案外感じるものだ。
気のせいだと思いたくても、それを無視することはできなかった。
おそるおそる、知花はゆっくりと振り返る。
誰も、いなかった。
だが、リビングの入口のすりガラスの向こうに、なにかがいる気配を感じた。
視線は、そこからまっすぐに知花を眺めている。
「……っ」
知花の喉から、小さな悲鳴が漏れた。
その瞬間。
「なにか」は消えた。
すうっと、知花に向けられていた視線はなくなった。
知花は、へたへたとその場に座り込んだ。
「な、なんなの……?」
がくがくと震える自分の脚を見ながら、知花はぼんやりと声にだして言ってみた。
そして、母が仕事を終えて帰ってくるまで、ずっとその場に座り込んでいた。
後で思い出せば、これがすべての始まりだったのだ。
そのことを、あの日の知花は、知らなかった。
中学校と高校は女子校だったから、男子が同じ教室にいる大学生活は驚愕の連続だったし、大学の授業システムは高校までと違い過ぎて、戸惑うことも多かった。
だけど四月一日の入学式から3週間。
歓迎会やオリエンテーションなどの行事も滞りなくすぎ、いつも一緒に行動する友達と、それなりに仲のいい友達もできて、そろそろ自分が大学生ということにも慣れ始めたある日。
あの、赤い封筒が、知花の目の前に現れたのだ。
その封筒は、ごく普通の、無地の封筒だった。
深い赤は派手ではあるけれど綺麗な色で、クリスマスに外国製のカードと一緒に売られているような、まがまがしさなんてかけらもないものだった。
なのに、リビングの机の上にそれを見た時、なぜか知花の背筋がすっと寒くなった。
(あれは、よくないものだ)
なんの根拠もなく、そう思う。
そして、封筒から距離をおくように、後ずさりした。
ただの赤い封筒なのに、なぜか怖くて仕方がない。
馬鹿馬鹿しい、ただの封筒じゃないと思うのに、その封筒に近寄ることもできず、さりとて目を離すこともできず、知花は息をつめて、ただその封筒を見ていた。
そして、数秒後。
知花の目の前で、その封筒は、消えた。
すうっと、端のほうから幻のように。
「み、まちがい……?」
封筒が消えた瞬間、背筋の寒気も消えた。
ほっと息を吐きながら、知花は空笑いをしながら言った。
けれど言いながらも、見間違いなんかじゃないことは、知花自身がよくわかっていた。
ただの見間違いだと思うには、あまりにもその封筒は強烈な印象だった。
それに、あの寒気。
リビングは一面が全面窓ガラスになっていて、春の日差しがうららかに差し込んできている。
四月といえども寒い日もあるけれども、今日は春らしい陽気のあたたかな日だ。
時刻もまだ夕方の四時で、日暮れにはほど遠い。
それなのに、どんな冬の日も感じたことのないぞっとするような寒気がしていた。
(あれは、なんだったの……?)
知花は怖くなったが、ふるりと頭をふって、忘れることにした。
あの赤い封筒がなんなのかは、わからない。
だけど、あんなものを見たのは初めてだし、これきりのことのはずだ。
あれこれ考えるのは、かえってよくない、気がした。
だから、忘れることにしたのに……。
そう決めた瞬間、知花は気づいた。
なにかが、いる。
知花のななめうしろから、視線を感じる。
これも、気のせいなのか。
けれど、視線というのは、自分に向けられていると、案外感じるものだ。
気のせいだと思いたくても、それを無視することはできなかった。
おそるおそる、知花はゆっくりと振り返る。
誰も、いなかった。
だが、リビングの入口のすりガラスの向こうに、なにかがいる気配を感じた。
視線は、そこからまっすぐに知花を眺めている。
「……っ」
知花の喉から、小さな悲鳴が漏れた。
その瞬間。
「なにか」は消えた。
すうっと、知花に向けられていた視線はなくなった。
知花は、へたへたとその場に座り込んだ。
「な、なんなの……?」
がくがくと震える自分の脚を見ながら、知花はぼんやりと声にだして言ってみた。
そして、母が仕事を終えて帰ってくるまで、ずっとその場に座り込んでいた。
後で思い出せば、これがすべての始まりだったのだ。
そのことを、あの日の知花は、知らなかった。
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