京都守護大学オカルト研究会 : キャンパスでの冥婚のおまじないは禁止ですっ!

木村 真理

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「知花? 授業、終わってるよー」

 ふにっと肩をつつかれて、目を覚ました。
隣の席に座っている瑠奈は、そんな知花を見て笑った。

「マジで寝てたの? 真面目な知花にしては、珍しいじゃん」

「瑠奈……、ごめん。本気で寝てたわ」

 知花は、まばたきしながら応えた。
思いがけず深く眠っていたのだろう。
まだ頭がはんぶん眠っているようで、ぼんやりする。

 コンタクトレンズをはめた目が、乾いてパシパシする。
まばたきを繰り返しながら、知花はのろのろとノートを片付けた。
それを見た瑠奈は、すこし心配そうに知花の顔を見る。

「なんかさぁ。知花、最近疲れてない? ぼんやりしていることとか多いし」

 瑠奈が首をかしげると、金色に染めた長い髪も、さらさらと揺れた。
それをぼんやりと見ながら、知花は首を横に振る。

「べつに。なんでもないよ」

「そ? なら、いいけど。なんかあったら言ってよね。……ってかさぁ、気晴らしに平野神社にでも行く? そろそろ桜を見に来る人も減っているだろうし、のんびり見られそうじゃない?」

 金色の長い髪と手の込んだメイク、すらりとした長い脚をショートパンツでさらしている瑠奈は、この京都守護大学では珍しい派手めな女の子だ。
服装は無難で目立たないのがいちばんだと思っている知花とは、見た目のタイプはぜんぜん違う。

 けれど知花と瑠奈は、大学に入学してすぐ、一気に仲良くなった。
ふたりとも小学生のころから、寺社仏閣を擬人化したゲームアプリ「寺社仏閣奇譚」にハマり続けているという共通点があったからだ。

 知花がつけていた「寺社仏閣奇譚」コラボの腕時計にめざとく気づいた瑠奈が入学式で声をかけてくれたのが、仲良くなったきっかけだ。
 話してみればふたりとも、お金と時間に余裕ができる大学生になったら、京都の寺社仏閣めぐりを本格的にしようと思っていたのも一緒で、入学式の帰り道にさっそく大学最寄りの平野神社と北野天満宮で盛り上がり、それからずっと一緒に行動している。

 知花は中学校と高校は別の女子校に通っていたが、瑠奈はこの京都守護大学附属の中学校と高校の内部進学者で、友達も多い。
 瑠奈と一緒にいると、いろいろな人から声をかけられるおかげで、知花にも友達は増えた。

 けれど知花ばかりが瑠奈を独占しているのは申し訳ない気もしていたのだが、瑠奈は笑って知花の不安を吹き飛ばしてくれた。
「もともと大学の間は、寺社仏閣めぐりに重点置くつもりで、サークルとかも入らないつもりだったし。知花と仲良くなれて、ふたりでいろいろ行けるの楽しいからいいんだよ」って。

 その気持ちは、知花も一緒だ。
だから、ふだんなら大喜びで、瑠奈の提案に賛成して、平野神社に行ったと思う。
けれど。

「ごめん、ちょっとここのところ寝不足で……」

 頭が重くて、体がだるい。
 最近、知花は眠れていなかった。
昨日なんて、二時間も眠れたかどうか。

 ふだんから本を読んだりゲームをしたりで、睡眠時間が数時間になってしまうことはある。
けれど楽しい時間を体力の限界まで楽しんでの寝不足と、今日の寝不足は種類が違い、体のダメージも大きかった。

 寝不足の原因は、あの赤い封筒だ。

 はじめてあの赤い封筒が知花の前に現れたのが月曜日で、今日は木曜日。
夕方のリビングの机の上に現れた赤い封筒は、その後も知花の自室の勉強机の上やバッグの中、玄関に置いた靴の上など、知花のすぐ目の前に何度も現れた。

 赤い封筒が、知花の前にあるのは数秒だけだ。
現れたと思うと、すぐに消える。
そしてその後に、近くから知花をじっとりと眺める視線を感じるのも、毎回のことだった。

 一度の怪異は、数分にも満たない短い時間のことだ。
けれども、いつ現れるかわからない赤い封筒と気味の悪い視線を日に何度も感じるせいで、知花の神経は削られていた。

 そのうえ、この赤い封筒は、知花以外の誰にも見えないこともわかった。

 月曜日の夜、お風呂あがりの知花は、机の上に置いてある本に目を止めた。
それは母が楽しみに買って読んでいるミステリのシリーズものの新作小説で、母が読んだ後、知花もいつも借りている本だった。

「これ、読み終わったの? 借りていい?」

 知花は机の上の本を見ながら、カウンターでコーヒーを淹れていた母に声をかけた。
母はにんまり笑って、うなずいた。

「もちろん。今回も、すっごく面白かったわよ」

「そうなの……」

 この時、知花は夕方に見た赤い封筒のことは、だいぶん意識の奥に追いやっていた。
時間がたつにつれ、目の前にあったものが消えるなんて非現実的だし、視線を感じたというのも、気のせいかもしれない、と思うようになっていたのだ。
 父や母といつもどおりテレビを見ながら夕食を食べて話したりしていると、その気持ちは次第に強くなり、夕方の怪異は、知花の頭からほとんど追い出されていた。

 けれど、母が置いていたそのミステリ小説の上に、こつぜんとまた赤い封筒が現れた。
知花はひゅっと息をのんだ。

「お、お母さん……。この封筒って……」

 震える指で、その赤い封筒を指さして、母に尋ねた。
すると母は、コーヒーの入ったマグカップをふたつ、机に置きながら、知花の指したほうを見て、

「封筒って?」

 と首をかしげた。
不思議そうな母の顔を見て、知花は察した。
この封筒は、自分にしか見えないのだと。

「なんでもない……」

 言いながら、知花はまたあのじっとりとした視線を感じて、目をあげる。
視線は、さっき母がいたカウンターのあたりから、知花に向けられていた。
じぃっと上から下まで、舐めるように全身を見られている。
とっさに知花がパジャマの胸元を手で隠すように覆うと、母は怪訝そうに知花を見ていた。

「どうかした?」

「ううん、なんでもない。ちょっと冷えたのかも」

「あら。気をつけなさいよ。もうすぐゴールデンウイークなのに。友達と遊びに行く約束もしているんでしょ」

「うん。そうだね。今日は、もう寝るわ。この本、借りていくね」

 知花は本を胸に抱いて、リビングを後にした。
封筒も、視線も、その時にはもう消えていたけれど、知花はこれが終わりじゃないのかも、と漠然とした不安を感じていた。

 
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