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パーカーの男子学生は、迷わず「赤い封筒」と言った。
それを聞いて、知花の目からはぽろぽろと涙がこぼれた。
「ち、知花……っ? どうしたの?」
瑠奈が慌てたように言う。
けれど知花は涙をとめられなかった。
とつぜん目の前に現れる赤い封筒。
それは、いままで知花以外の人には見えていなくて……。
「え……っ、って、久保さん……っ」
男子学生も慌てた様子で、知花の名字を呼んだ。
知花は手で目をこすって、涙をふきながら、すがるように彼に尋ねた。
「見える、の……? あなたにも、あの封筒が」
涙でうるんだ目で見つめられて、男子学生はわたわたと慌てながらうなずいた。
「えっ……、あぁ、見えるよ。見える。ばっちり見えてる! で、だいじょうぶだから! 俺は根本的な解決はできないけど、とりあえずの対処ならできるし。えっと、これ、消すね?」
男子学生は、知花のテキストの上に載っている赤い封筒を指さした。
(ほんとうに見えているんだ……)
彼がはっきりと封筒のほうを指で示したので、知花は半信半疑でうなずいた。
それを確認すると、男子学生は封筒のほうへ手をかざし、なにか呪文のようなものを小さくつぶやいた。
すると彼の手元がふわりと光り、封筒のほうへ伸びる。
そして光が封筒に触れたとたん、封筒は跡形もなく消えた。
「これで、よし、と」
男子学生は振り返り、知花と視線をあわせ、太陽のような笑顔をうかべる。
「めちゃくちゃ応急処置だけどさ。ひとまず、これでだいじょうぶだと思う」
「あ、ありがとう……」
封筒は、待っていればいつも数秒で消える。
今日も、そろそろ消える頃合いだったのかもしれない。
けれど「消える」のと「消された」のとでは、ぜんぜん違う。
なにもわからないまま突然巻き込まれた怪異。
なすすべもなかったのに、目の前の彼はあっさりと消してみせた。
それは怪異に対してどうしていいか皆目わからなかった知花にとって、はじめて見えた光明だった。
知花は泣きながら、男子学生に何度も頭を下げた。
男子学生は照れたように笑って、すぐに表情を改める。
「で。悪いんだけど、詳しい話を聞けるかな。このままだと、またあの赤い封筒が湧いて出て、危ないと思うから」
「ねー。さっきから、話が見えないんだけど。赤い封筒ってなに?」
知花の隣で、瑠奈が男子学生を警戒した目で睨みながら口を挟む。
「海野」
男子学生はちょっと後ずさって、瑠奈の名字を呼んだ。
「いたんだ」
「はー? さっきからずっといましたけど? わたしなんて、目に入ってないってわけ? そりゃ、知花はハルの好きそうなタイプだけどさ」
「お、お前、そういうことバラすの止めろよ! ……ってか、久保さん、違うから! いや、久保さんのことかわいいなーって見てたのはほんとだけど、さっき声かけたのは純粋に危ないって思ったからだけで、下心とかはないから!」
男子学生は顔を真っ赤にして、手を振った。
「瑠奈の、友達?」
知花が尋ねると、瑠奈は不服そうに唇をとがらせて「んー」とうなずいた。
「友達っていうか、知り合い? こいつも中学からの持ち上がり組だから、普通にはしゃべるけど」
「ごめん! 自己紹介もしてなかったよな。俺、新田晴。ハルでいいよ、みんなそう呼ぶし」
「久保、知花です」
そういえばハルと名乗ったこの人に名字を呼ばれたなと思いながら、知花はぺこりと頭を下げた。
英語の講義では、発言を求められることも多い。
この講義は人数も少ないから、ハルが自分の名前を覚えていたことも、知花はさほど気にしなかった。
知花はハルの名前まで覚えていなかったので、すこし気まずくはある。
けれど瑠奈もそうだが、附属中高からの持ち上がり組は、もともとの知り合いも多い。
必然的に、新しく知り合う外部生の顔を覚えるのもはやい。
前提条件が違うのだから仕方ないと割りきって、知花は「新田晴」という名前と顔を新たにインプットする。
ハルは、改めてきちんとみると、かなり整った顔立ちをしていた。
歌って踊る和製アイドルのグループにいそうな、健康的で爽やかなかわいい顔をしている。
けれど感情がすけてみえるような素直な表情のせいか、お散歩前のわんこのような雰囲気で、親しみやすさしかない。
女子校育ちのせいで男子は苦手な知花でも、不思議とハルには苦手意識がわかなかった。
そもそも今まで他の人には見えなかった赤い封筒が見えて消せるハルは、知花にとってそれだけで信用したくなる相手だった。
その上、瑠奈の知り合いだとわかって、急速にハルに親しみを感じていた。
この間からずっと気を張っていたせいもあるだろう。
知花はふにゃりと気の抜いた笑みを浮かべて、ハルに「よろしく」と言った。
ハルは、また顔を赤くして「よろしく」と笑う。
「ちょっと、ハル。あんたわかりやすすぎでしょ」
「ばか、そんなんじゃねーって。これは、ちょっと、久保さんがかわいすぎるから……っ」
「知花がかわいいのは完全に同意だけど。さっきから二人が話してる赤い封筒って、なんなの? 危ないって、どういうこと?」
目をつり上げて、瑠奈はハルに詰め寄る。
自分を心配してくれている瑠奈の姿を見て、知花はぎゅっと胸の前で両手を握りしめた。
知花は、瑠奈には赤い封筒の怪異について話していなかった。
自分以外の人には見えない封筒が見えるだなんて、仲良くなったばかりの瑠奈には知られたくなかったからだ。
そもそもあの封筒は自分の妄想ではないかとさえ疑っていた知花は、そんなことを言ったら瑠奈に嫌われるかもしれないと思って言えなかったのだ。
だけど、封筒が知花の身辺に現れるようになって、もうすぐ1週間。
眠れない日も続いて、精神的にも、肉体的にも限界だった。
「瑠奈……。あ、あのね……」
ハルにも同じものが見えているとわかって、知花は少し落ち着いた。
少なくともあれは、自分の妄想ではないのだと確信できた。
だから、瑠奈にもあの赤い封筒のことを打ち明けようと思った。
だけどいざ切り出そうとすると怖くなる。
知花が言いよどんでいると、ハルが「とりあえずさ」と言った。
「学食、行かね? ちょうどお昼だし、待ち合わせしてるやつらが、もっとちゃんと対応できるやつらだからさ」
それを聞いて、知花の目からはぽろぽろと涙がこぼれた。
「ち、知花……っ? どうしたの?」
瑠奈が慌てたように言う。
けれど知花は涙をとめられなかった。
とつぜん目の前に現れる赤い封筒。
それは、いままで知花以外の人には見えていなくて……。
「え……っ、って、久保さん……っ」
男子学生も慌てた様子で、知花の名字を呼んだ。
知花は手で目をこすって、涙をふきながら、すがるように彼に尋ねた。
「見える、の……? あなたにも、あの封筒が」
涙でうるんだ目で見つめられて、男子学生はわたわたと慌てながらうなずいた。
「えっ……、あぁ、見えるよ。見える。ばっちり見えてる! で、だいじょうぶだから! 俺は根本的な解決はできないけど、とりあえずの対処ならできるし。えっと、これ、消すね?」
男子学生は、知花のテキストの上に載っている赤い封筒を指さした。
(ほんとうに見えているんだ……)
彼がはっきりと封筒のほうを指で示したので、知花は半信半疑でうなずいた。
それを確認すると、男子学生は封筒のほうへ手をかざし、なにか呪文のようなものを小さくつぶやいた。
すると彼の手元がふわりと光り、封筒のほうへ伸びる。
そして光が封筒に触れたとたん、封筒は跡形もなく消えた。
「これで、よし、と」
男子学生は振り返り、知花と視線をあわせ、太陽のような笑顔をうかべる。
「めちゃくちゃ応急処置だけどさ。ひとまず、これでだいじょうぶだと思う」
「あ、ありがとう……」
封筒は、待っていればいつも数秒で消える。
今日も、そろそろ消える頃合いだったのかもしれない。
けれど「消える」のと「消された」のとでは、ぜんぜん違う。
なにもわからないまま突然巻き込まれた怪異。
なすすべもなかったのに、目の前の彼はあっさりと消してみせた。
それは怪異に対してどうしていいか皆目わからなかった知花にとって、はじめて見えた光明だった。
知花は泣きながら、男子学生に何度も頭を下げた。
男子学生は照れたように笑って、すぐに表情を改める。
「で。悪いんだけど、詳しい話を聞けるかな。このままだと、またあの赤い封筒が湧いて出て、危ないと思うから」
「ねー。さっきから、話が見えないんだけど。赤い封筒ってなに?」
知花の隣で、瑠奈が男子学生を警戒した目で睨みながら口を挟む。
「海野」
男子学生はちょっと後ずさって、瑠奈の名字を呼んだ。
「いたんだ」
「はー? さっきからずっといましたけど? わたしなんて、目に入ってないってわけ? そりゃ、知花はハルの好きそうなタイプだけどさ」
「お、お前、そういうことバラすの止めろよ! ……ってか、久保さん、違うから! いや、久保さんのことかわいいなーって見てたのはほんとだけど、さっき声かけたのは純粋に危ないって思ったからだけで、下心とかはないから!」
男子学生は顔を真っ赤にして、手を振った。
「瑠奈の、友達?」
知花が尋ねると、瑠奈は不服そうに唇をとがらせて「んー」とうなずいた。
「友達っていうか、知り合い? こいつも中学からの持ち上がり組だから、普通にはしゃべるけど」
「ごめん! 自己紹介もしてなかったよな。俺、新田晴。ハルでいいよ、みんなそう呼ぶし」
「久保、知花です」
そういえばハルと名乗ったこの人に名字を呼ばれたなと思いながら、知花はぺこりと頭を下げた。
英語の講義では、発言を求められることも多い。
この講義は人数も少ないから、ハルが自分の名前を覚えていたことも、知花はさほど気にしなかった。
知花はハルの名前まで覚えていなかったので、すこし気まずくはある。
けれど瑠奈もそうだが、附属中高からの持ち上がり組は、もともとの知り合いも多い。
必然的に、新しく知り合う外部生の顔を覚えるのもはやい。
前提条件が違うのだから仕方ないと割りきって、知花は「新田晴」という名前と顔を新たにインプットする。
ハルは、改めてきちんとみると、かなり整った顔立ちをしていた。
歌って踊る和製アイドルのグループにいそうな、健康的で爽やかなかわいい顔をしている。
けれど感情がすけてみえるような素直な表情のせいか、お散歩前のわんこのような雰囲気で、親しみやすさしかない。
女子校育ちのせいで男子は苦手な知花でも、不思議とハルには苦手意識がわかなかった。
そもそも今まで他の人には見えなかった赤い封筒が見えて消せるハルは、知花にとってそれだけで信用したくなる相手だった。
その上、瑠奈の知り合いだとわかって、急速にハルに親しみを感じていた。
この間からずっと気を張っていたせいもあるだろう。
知花はふにゃりと気の抜いた笑みを浮かべて、ハルに「よろしく」と言った。
ハルは、また顔を赤くして「よろしく」と笑う。
「ちょっと、ハル。あんたわかりやすすぎでしょ」
「ばか、そんなんじゃねーって。これは、ちょっと、久保さんがかわいすぎるから……っ」
「知花がかわいいのは完全に同意だけど。さっきから二人が話してる赤い封筒って、なんなの? 危ないって、どういうこと?」
目をつり上げて、瑠奈はハルに詰め寄る。
自分を心配してくれている瑠奈の姿を見て、知花はぎゅっと胸の前で両手を握りしめた。
知花は、瑠奈には赤い封筒の怪異について話していなかった。
自分以外の人には見えない封筒が見えるだなんて、仲良くなったばかりの瑠奈には知られたくなかったからだ。
そもそもあの封筒は自分の妄想ではないかとさえ疑っていた知花は、そんなことを言ったら瑠奈に嫌われるかもしれないと思って言えなかったのだ。
だけど、封筒が知花の身辺に現れるようになって、もうすぐ1週間。
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「瑠奈……。あ、あのね……」
ハルにも同じものが見えているとわかって、知花は少し落ち着いた。
少なくともあれは、自分の妄想ではないのだと確信できた。
だから、瑠奈にもあの赤い封筒のことを打ち明けようと思った。
だけどいざ切り出そうとすると怖くなる。
知花が言いよどんでいると、ハルが「とりあえずさ」と言った。
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