京都守護大学オカルト研究会 : キャンパスでの冥婚のおまじないは禁止ですっ!

木村 真理

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「悪化……?」

 自分を睨んでいると思った伊月が、自分ではなくその少し後ろを睨んでいることに気づいた知花は、ぎょっとして背後を振り返った。

 そこには、なにもない。
ただ夏山が、切れ長の目をぱちくりと瞬きしているだけだ。

「うん? あぁ、確かにちょっとややこしいことになっているな」

 伊月の言葉に、梶がうなずいた。
だが、梶はおもむろに伊月と手をつなぎ、知花の背後を見て、もう一度うなずく。

「けど、まぁ。この程度なら、すぐに動かなくてもだいじょうぶじゃねーの? とりあえず、全員座ろっか」

 梶は席を取るためにおいていた荷物を片付け、四人分の席を開けて促した。

「あざーっす」

「ありがとうございます」

 知花と夏山は同時に礼を言って、開けてもらった席に座る。
続いて、瑠奈とハルが座った。

 伊月の隣にハル、その隣が瑠奈。
伊月の前が梶、その隣に知花、夏山の並びだ。

 お昼時の学食は混んでいるので、6人分の席が並んでとれたのはラッキーなほうだ。
だから文句なんてないけれど、この並びは知花には緊張する並び方だった。

(瑠奈ぁ……。瑠奈が遠いよー!!)

 瑠奈と自分以外は全員男子なので仕方ないとは言え、まわりを男子に囲まれているようで、居心地が悪い。
せめて前か隣に瑠奈が座って欲しかった、と知花は心の中でこっそり泣く。
 けれど瑠奈は特に気にした様子もなく、ひらひらと知花に手をふって笑う。

「ま。とりあえず、食おうか」

 梶が言うと、「おう」と男子たちは言って、手を合わせた。
つられて知花も手をあわせると、瑠奈もにこにこ笑いながら手をあわせている。

「いただきまーす!」

 大声で、ハルが言う。

(う。恥ずかしい……)

 ハルの大声に驚いて、近くの女子たちが振り返る。
そして声をひそめて「え、かっこよくない?」と言っているのが、知花の耳にも入った。

(あ。やっぱりこの四人、かっこいいんだよね……)

 大人の色気がある梶、中性的な美形の伊月、若侍のような清冽な迫力のある夏山、アイドルのようなハル。
印象はバラバラだが、彼らが全員、整った顔とスタイルをしていることは、知花も気づいていた。
 けれど頭の中の大部分が謎の赤い封筒に占められていて、認識が薄らいでいたのだと思う。

(瑠奈もおしゃれだし、かわいいし、目立つよね……)

 周囲の言葉で、彼らと自分との差を感じた知花は、うつむいた。
自分だけが地味で平凡なので、はたから見ると浮いているように見えるだろう。
気のせいか、周囲の女子たちの視線が痛いようだ。

 知花は、うつむきがちにヤンチョムチキンに手を伸ばした。
甘辛いソースが絡んだチキンは、まちがいなく美味しい。
白米やキャベツの千切りと一緒にもぐもぐと食べていると、へこんだ心もすこし立ち直る。

(安くて美味しいA地下の学食は神……)

 現実逃避気味に、知花は考える。

 もちろん先ほど伊月が言った「悪化している」という言葉は、気になって仕方ない。
だが、肝心の伊月は梶とラーメンを食べるのに忙しいらしく、視線はまっすぐ器に向いている。
ふたりとも猫舌なのか、はふはふと息を吐きながらも、いそいで食べている様子で、声をかけずらかった。

 こういった不思議な出来事に慣れているらしい彼らが、まだだいじょうぶだと判断したのだ。
だいじょうぶなのだろうと信じて、自分もいまはごはんに集中しよう、と知花は思う。

 そして最後のヤンニョムチキンを口に入れた時、かつ丼を豪快にたべていたハルがひょいっと顔を上げ、眉を寄せた。

「あ、来る……」

「あ……っ」

 なにが来るんだろうと思う間もなく、知花のトレーの上に、あの赤い封筒が現れた。
それはヤンニョムチキンとキャベツの千切りが載った平皿とごはんのお椀の横に、落ちた。
トレーとぶつかり、かつんと小さな音がする。

「嘘……、まださっき出たばっかりなのに……! こんなにはやく、また出てくるなんて……っ」

 さっきまでの落ち着いた気分は、霧散した。
知花はすっかり狼狽して、震えあがる。

 一週間前、知花が初めてこの封筒を見た日は、一日に一通しか手紙は現れなかった。
けれどそれは徐々に回数を増やし、昨日にはかなり頻繁に出ていたと思う。
それでも数時間は間が空いていた。

 けれど、今日はさっきも手紙が現れた。
あれからまだ20分も立っていないだろう。

 知花は持っていたお箸も落としてしまい、震える手をぎゅっと自分で押さえ、目の前の封筒をにらみつける。
だがそんな知花とは対照的に、男たちはのんびりとした態度のまま、とつぜん現れた赤い封筒に目をやった。

「あぁ、これか。さっきハルが言っていた久保さんの怪異って」

「たしかに、急に出てきたな」

「これ! これがさっきの講義の後にも出てきたんですよ!」

 ハルが、梶たちに説明する。
梶たちは、なるほどとうなずいた。

「ん? この封筒がどうかしたんっすか? 久保さんに絡んでるんっすか?」

 ひとりだけなにも聞かされていなかった夏山が、怪訝そうにまゆをひそめた。

「そうなんだよ! さっきも、急に妙な気配がしたからどこかなって思っていたらさ。久保さんの机の上に、それとそっくりな赤い封筒が急に現れたんだよな」

 ハルに視線でうながされて、知花もおずおずとうなずいた。

「この一週間ぐらい、ずっとなんです。私のまわりに、急に赤い封筒が出てくるのは……。しばらくしたら消えるから、消えるのを毎回待っていたんですけど、どんどん回数が増えてきて。でも……」

 ハルの説明に言葉を添えながら、知花はみんなの視線をさぐった。
ハルは、トレーの上と知花の顔を。伊月と梶、夏山はトレーの上だけを見ている。
瑠奈だけはみんなの視線と知花の顔を怪訝そうに見ているが、他の人たちには知花のトレーの上に現れた赤い封筒が見えているのはまちがいないようだ。

 知花は、みんなの視線の先を確認すると、はぁっと息をはいた。

「……みなさん、見えている、んですよね。よかった……。初めてこの封筒を見つけた時、母に聞いたんです。この封筒、なにって。あの時も、家のリビングの机に急に赤い封筒が現れて……。母が置いていたのに気づいていなかったのかな、なんて思って。で、母にこの封筒どうしたの?って聞いたら、封筒なんてないって母に言われて……。父や、妹にも見えないって。今日みたいに、外で出てきても、他の人には見えないみたいで。瑠奈も、見えないんだよね?」

 知花が瑠奈に視線を合わせて尋ねると、瑠奈は緊張した顔でうなずいた。

「うん。トレーの上にあるのは、知花の食べかけのご飯がのったお皿だけに見える。……赤い封筒があるはずなんだよね。ごめん、ぜんぜん見えない」

 瑠奈はトレーの上を凝視した後、はーっと深い息をついた。

「やっば。ごめん、知花。知花の気持ち、ちょっとわかったかも。誰も見えない封筒が見えるとか、地味に怖いよね。つーか、私、いまちょっと怖いもん。私だけ、封筒が見えてないっぽいの……」

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