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「今はわたしが具体案を書かないと話し合う事も出来ないから、今日は帰ってもらったの。
桐生君も帰っていいわよ、今日はわたしひとりでやる事だから」


そう言って視線を桐生珪から資料の方に移した。
まさかわたしのマニフェストが校則化するとは思わなかったから、何の具体案も立ててなかった。
なるべく早く終わらせないと、他のメンバーだけじゃない全校生徒にも迷惑かかっちゃうもんね。


「そっか。
じゃあもうここには、誰も来ないんだな?」

「え…まぁ…多分…」

桐生珪はわたしの横の定位置に座った。
そして資料を見ながらガサガサと案を殴り書いているわたしを、頬杖をついて見ている。

「…何?
何かおかしい所あったら言ってくれてもいいけど」

わたしのやる事にいちゃもんつけるつもりなのかしら。
自分の案を引っ込めた代わりに、わたしのお手並みを拝見って事?


「手紙の返事してきた。
悪いけどオレ、断ったよ」

_ドキッ

てっきりわたしの事を言ってくるのだと思ってたから、急にそんな話をされて驚いた。
てゆーか、何でそんな話をわたしにしてくるのよっ

だから、

「…そう」

としか返せない。

別に桐生珪が誰から告白されようがどう返事をしようが、わたしには関係ない事だもんね。

「結局恋愛禁止のままになっちゃったんだから、仕方ないわよね。
桐生君もわたしの案なんか発表しなきゃ良かったんじゃない?」


どうせその自慢の容姿で女子たちにモテたかったから、恋愛の自由を唱えたんでしょうにね。


「やっぱり、恋愛は自由にしない方がいいって思ったんだ。
だってここなら、どうせバレやしないだろ?」

「ここならって…
え…?」


資料に向けていた視線を、わたしはもう一度桐生珪に向けた。


「この生徒会室には執行部以外の生徒はもちろん、先生たちも来ることはない」

桐生珪は立ち上がってドアの方へ向かった。

「その執行部の3人も、もう帰ったんだ。
今日はもう誰もここには来ない。
オレたちふたりだけだ」


ドアの方から聞こえたカチャという小さな音。
え、その音って…まさかカギを…


「この空間だけは何の校則も通用しないし、どんな違反もバレやしない。
何でも本音が言える、特別な空間だよ」

「桐生…君…?」

振り返った桐生珪の顔は、怖いくらい真面目だった。
校則や違反を気にしてまで、何の本音を胸の内に秘めているってのよ。

「ほら、榊も自分の偽物の皮なんか被ってないで、みんな脱いじゃえば?」

胸の内に秘めてるは、わたしの心配?
そんなの、余計なお世話だってのにっ


「…別にわたしは本音なんか…」

今更コイツに何を言うって事もない。
わたしはとにかくこの生徒会の仕事をしっかりこなして勉強もちゃんとして、まともに進学すればそれでいい。
…それだけなんだからっ


「じゃあさ、何で泣いたんだよ。
何であの時、泣いたんだ?」

「そ、それは…っ」

「榊はオレに、自分の持ってないものオレはみんな持ってるって言ったよな」

「…だって、そうじゃない?
生徒からの人気も、学年の順位も、みんなわたしより上をいって。
優越感感じてるんでしょ?
わたしの事、心の中では笑ってるんでしょっ」

思い出してみると、また胸の内が熱くなってきた。

ダメだ。
コイツと一緒にいると、ペースが乱れちゃう…っ


「オレだってな、手に入れてないものあるんだよ。
榊だって色々悩んでる事あるんだろうけど、それはオレだって同じだ」

「………………っ」

桐生珪にも悩んでる事…?
そんな事、考えもしなかった。

勉強もできて生徒からの人気もあって容姿も良くって…。そんな桐生珪にも悩みなんてあるの?


「榊も言えよ。
ツラい事あるなら、オレに話せよ。
ここなら…」

「誰にも見られないし、誰にも聞かれないってんでしょっ」

「あぁ!」

桐生珪は今まで見せなかった、とびきりの笑顔を見せた。


「………………っ」

もともと整った顔立ち。
いつもわたしに見せるのは、意地悪な笑みばかり。

だけど…
今の笑顔だけは、異性として胸がキュッと締めつけられたような感覚を覚えた。

これが、特別な空間である生徒会室だけで見せる桐生珪の顔なんだ…!
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