直角三角関係

むらさ樹

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空白の10年

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高校を卒業して、初めての夏____。





『妊娠!?
ちょっ、ユイ、 それ誰の………
……まさか、津田……?』


『うん………』




無事に地元の大学に受かり、キャンパスライフにバラ色の毎日を送っていた市ノ瀬の、青天の霹靂だった。



佐川は進学ではなく、近くの会社に就職したのだったが、市ノ瀬との友人関係は続いていて、休みの日はたまに会う事もあった。



だが最近の佐川の様子に違和感を感じ、最初はなかなか話そうとしなかったのだったが、市ノ瀬はとうとうその真実を佐川の口から聞き出したのだった。




__佐川と津田が、自分に隠れて付き合っているかもしれない……!



あの風邪で行けなかった花火大会の後から何となく気付いた市ノ瀬だったのだが、敢えて2人を問い詰めたりもせず、また自分もずっと気付かないフリをしていた。



それはこの3人の二等辺三角関係を、そんな理由で壊したくないと思ったからだ。





『……それで?
この事は、津田は知ってんのか?』



市ノ瀬の中では佐川の妊娠に、少なからず怒りに似た嫉妬心は感じていた。


だけど佐川がずっと何も言って来なかったのは、それを市ノ瀬に打ち明けて関係がこじれる事を恐れたからだ。



そして市ノ瀬もまたそれがわかっていたからこそ、ずっと黙っていた佐川を責める事はできなかった。



むしろ、こうやって話してくれたんだ。
今はそれを受け止めなくては……っ。




『……津田くんには、言えないよ。だって津田くんは、せっかくお医者さんになる為に医大生になったんだもん。
迷惑、かけらんない……』


『迷惑って!
ユイ、まさか1人で産む気じゃ!』



『あたし産みたい!
だって、あたしの赤ちゃんだよ!?』


『そりゃあ、そうだけどさ……っ』




この信じがたい現実と佐川の強い意志に、市ノ瀬は面食らった。




『……お父さんには反対されると思ってる。
でも、絶対に産みたい』




佐川は津田に黙ったまま、シングルマザーになるつもりだ。


せっかく就職して、仕事も軌道に乗った頃だろうに。いきなり妊娠してしまって、この先どうするってんだ?




『………………っ』




市ノ瀬もまだ、大学生活が始まったばかり。


まだ何の収入もない今、すぐに軽はずみな約束もできないのもまた事実だ。



どうすれば、ユイを助けてあげられる…?




『大丈夫だよ、市ノ瀬くん。あたし働きながらでも、絶対に赤ちゃんを育てて見せるから!』




決して明るいとは言えない未来しか見えないのに、どうして女ってのはそんな風に強く胸を張って言えるんだ?


俺は、何をしてやれるんだ?




『ユイ……っ』



市ノ瀬は、未来に目を輝かせた佐川をギュッと抱きしめた。


初めて腕の中に入れた佐川の身体は、見た目以上に華奢だ。



なのに心は、こんなにも強い…………っ!





















__佐川の妊娠がわかって、10年が経った。





『ユイ、これ』




娘のクルミを連れた佐川が市ノ瀬とファミレスでランチをしている時、突然市ノ瀬は小さな箱に入った指輪を差し出した。



両親の反対を押し切りながらも産んだ佐川の子は、クルミと名付けられた。



やはり高校を卒業したばかりの佐川に1人で子どもを育てる事なんて難しく、結局佐川の両親の協力を得てクルミはすくすくと育つ事ができた。



初めは反対していた佐川の両親も、いざ孫の顔を見ると可愛くて仕方がないようだ。





『市ノ瀬くん、これって……っ』


『あぁ、婚約指輪だ。俺もようやく自信を持って言えるようになったよ。
ユイ、俺と結婚しよう』




子ども1人を育てるには、いろんな人のたくさんの手が必要だった。



金銭面や生活面は殆ど佐川の両親に助けてもらっているが、佐川自身の心のケアには、市ノ瀬の存在は大きく必要だった。



婚姻関係でなくとも市ノ瀬はクルミを大事にしていたし、クルミもまた市ノ瀬をとても信頼していた。


それはまるで、父親と娘のように。


だから市ノ瀬のこのプロポーズも、佐川からすれば至極自然にも思えたかのかもしれない。




……ほんの少しの躊躇いさえなければ。




『でも市ノ瀬くん、あたしにはクルミが……』


『馬鹿。クルミの事も含めて、俺が食わしてやるって言ってんだよ!
だから、残りの人生は俺に安心して預けろよ』


『市ノ瀬くん……』





1ヵ月後、佐川と市ノ瀬は結婚した。


その1年後には、2人の新しい命も生まれる事になる____……。






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