紫に抱かれたくて

むらさ樹

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あたしは強く抱き寄せられた煌の腕を、ポンポンと叩いた。

まだ未経験だった煌に、女を教えたのはあたし。
ぎこちないんだけど、スゴく初々しくて楽しかった。

だけど数を重ねる度にあたしを気持ちよくしようとしてくれてるのは、よく伝わってるわよ。


「……………………」

「…………………?」

あたしを抱き寄せる煌の動きがピタリと止まった。
離すわけでもない、ただそのまま、じっと。


「…おれじゃ、ダメって事?」

「煌………?」

意外な言葉に、ちょっと驚いた。

そういえば煌との情交中に紫苑の名前を出したり、煌の計らいで紫苑との時間を得たりしたんだ。

煌は、あたしから用ナシって言われたと思ったんだろうな…。

「ダメって言うか、別にただ今夜は…」

「もうおれなんか、必要ない?」

あまりにもストレートな言葉に、ドキッとする。
まさか、そんな風に言ってくるとは思わなかったもの。

…もしかしたら、あたしが思ってる以上に煌は傷付いてるのかもしれない。
これまで散々、紫苑への想いを煌で満たそうとしたり、嘘をついてまで協力してくれたりしたんだから…っ


「必要ないだなんて、そんな事…」

「じゃあ、してもいい?
おれは愛さんに、気持ちよくなってほしいんだ」


止まっていた煌の手が動き出し、服の中であたしの身体を愛撫し始めた。

「ぁ………」

感じさせようとしてくれてるようだけど。
でもやっぱり、紫苑の時と比較してしまう。


煌の熱い息づかいが首筋に伝わる。
身体を愛撫する手つきは、まだまだ荒々しい。

煌は、紫苑じゃないっ
紫苑のような優しさや丁寧な感じは、全然ないんだ。


「ま、待って、煌。
あのね。出張に来てもらったわけなんだけど、必ずしも抱かなきゃいけないわけじゃないのよ?」

最初にそういう風に教えてしまったのはあたしだけど。
でも、紫苑との思い出が強すぎて、もう煌とじゃ満たせない。


「煌と一緒にお酒飲みながら話すのも、楽しいもの。
ね、今夜はそうしない?」

「…じゃあ…」

「うん」

「じゃあ今日は、おれが愛さんを買う」

「え?」

煌はジャケットのポケットに手を突っ込むと、何かを取り出しあたしの手に握らせた。


「おれは、愛さんが欲しい。
これで、足りる?」

煌があたしに握らせたのは、初めてあたしが煌を買った時に渡したのと同じ5万円だった。

あたしが初めて煌を買った5万円。
実際は5千って言ってたんだけどね。

ただ、いつも同じスーツにウイッグじゃあ様にならないだろうからと思って、お小遣いのつもりで渡したのだ。

だけどなかなかスーツは新調しないし、若いんだもの遊びにでも使ったのかなと思っていたら…。


「煌、何言って…」

「ごめん、これくらいじゃ安すぎるよね。
いくらかな」

「煌っ
もう、冗談ばっかり言わな…」

クルリと振り返り、あたしは煌の方に向き直った。
ふざけて笑い合った事は今までたくさんあったわけだし。

こんな事言うなんて、きっと煌なりの冗談だと…


「…………………っ」

振り向いて見上げて見た煌の顔は、ちっとも笑っていなかった。

ただまっすぐあたしの方を見ているその表情は真剣で、冗談なんかじゃないのは間違いなかった。


「愛さんが…好きなんだ。
おれ、愛さんが欲しい」
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