人間不信気味のイケメン作家の担当になりましたが、意外と上手くやれています(でも好かれるのは予想外)

水無月瑠璃

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第二部

16話

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全てを話し終えるまでに櫻井は何度も何度も言葉を詰まらせた。途中気分が悪くなったのか、顔面蒼白になり口元を抑え出したので慌てて自分のカバンに突っ込んでいたビニール袋を取り出した。さあどうぞ、と準備万端な静香に気が紛れたのか吐きはしなかったが。


静香は苦し気に表情を歪ませながら自らの傷を曝け出す櫻井の手をずっと握っていた。呼吸が乱れ、手の震えが収まらなくなった時は何も言わず抱きしめた。それしか出来なかった、の痛みを共有し理解することは家族との不仲や周囲との軋轢とも無縁だった、平穏な人生を送ってきた静香には出来ない。ただこうして寄り添うことしか出来ない自分が心底歯がゆいと思った。

辛かったですね、等と軽々しく言おうものなら分かった気になるなと思われるかもしれない。何か言葉をかけたかったが、結局何も思いつかず口を開けたり閉じたりを繰り返した。…話を聞いていくうちに櫻井の両親、親戚、そして殊更櫻井の心をズタズタにした兄に対し言いようのない怒りの感情を抱く。両親は櫻井を一度も褒めることもせず、冷遇し兄と比べ続けた。そして、そんな環境で過ごしてきた櫻井が自分に縋るように仕向け、周囲の称賛を得るためだけに櫻井を利用し影ではずっと疎んでいたという兄。

人1人をここまで追い詰めておいて、何の責任も罪悪感もなく今もどこかでのうのうと暮らしていることが許しがたかった。しかし、当の本人が怒ることもなく…いや怒るほどの気力が残っていない程に絶望し傷つけられたといった方が適切か。それなのに、他人の自分が櫻井の家族に怒りの感情をぶつけていいものか悩んだ。自分にとっては縁を切ったに等しい存在だとしても、他人に好き勝手言われれば良い気分にはならないだろう、と。

「…ごめん」

「っ…」

「ずっと何も言わずに聞いてくれたから、結局余計なことまで話した。本当にごめん、迷惑だよね、やっぱり今の忘れて」

櫻井はまた謝った、何1つ悪くないのに。そして、ぎこちなく無理矢理にでも笑おうとする櫻井が酷く痛々しく…見ていられなかった。思わず「そんなことないです!」と大声を出していた。櫻井は驚き、こちらを凝視している。そういえば櫻井と居る時に声を荒げたことはなかったかもしれない。それ以前に怒ることがあまりないし、怒っても淡々と相手を追い詰めることが殆どだった。

それほどに今の自分が殊の外怒っていることに、やっと気づく。櫻井のぎこちない笑顔を見た瞬間、そうさせるに至った全ての人々に対しての怒りは普段の「真面目で大それた行為なんて絶対にしない」静香の仮面を脱ぎ捨てさせた。同時に、やはり自分は「冷酷」な人間なのだと思い知ったが、あれほど悩んだのに既にどうでも良かった。櫻井颯真が自分を受け入れてくれるのなら、赤の他人にどう言われようと心底どうでもいい。

冷酷だろうが何と言われようが、今の静香の頭の中には櫻井を傷つけた人間に対しての「行動」を起こし、そのための準備を始めることしかなかった。

「迷惑だなんて思ってません、話して貰えて嬉しいです」

とりあえず櫻井を安心させる言葉をかけると、カバンからスマホを取り出す。櫻井は静香の行動に戸惑っていた、無理もない。

「…颯真さん、ご家族全員の名前とご実家の住所教えていただけますか」

「え、な、何で…?というか、怒ってる…?」

静香の発する圧に押されつつも怒っていることに気づいたらしい、友人からは怒っているのか分かりづらいと言われることが多いのだが…。

何も言わずにニッコリ(目が据わっている状態)と微笑んだ静香に櫻井は肩を震わせ、後ずさる。何を考えているのか分からず困惑している様子で、櫻井を不安にさせるのは本意ではないので安心させるために口を開いた。

「…そうですね怒ってはいます…大丈夫です、ご家族に対し…暴力に訴えた行為しません」

その瞬間、櫻井の顔が引きつる。静香の口からそんな物騒な言葉が出るとは思わなかったのだろう。そして暴力行為以外なら何でもやりかねない気迫を感じ取り慌てだす。頻りに顔を覗き込み、心配している。

「ね、ねえ落ち着いて?」

「?私は落ち着いていますが?」

「落ち着いている人間はそんな据わった目しないんだよ!…一応聞くけどそのスマホでどこに電話するつもり?」

「興信所を経営している母方の叔父です。結構大手で評判もいいんですよ」

淡々と説明する静香と対照的に、櫻井の顔はドンドン青ざめる。住所、名前、興信所、静香の目的に思い至ったのだろう。それでも恐る恐る訊ねた。

「…何の用で?」

「大したことではありません、ご両親とお兄様の過去から最近に至るまでの行動を調べ上げて弱みを見つけ、じわじわと真綿で首を絞めるように、いつかバレるのではないかという恐怖で怯えていただこうかと。あ、料金の事はご心配なく身内割引が効くと思うので…まあ弱みがなければ別の手段を」

「本当に落ち着いて」

すかさず櫻井はスマホを持つ静香の手を抑えにかかる。それ脅迫だし思い切り犯罪だ、辞めてくれ、と。次に櫻井の表情が驚愕に染まる。

「力強くない?え、これ岩?」

酷い言われようだが、びくともしない静香の握力に慄く。とは言っても櫻井も女子、しかも恋人に本気の力を出すわけにもいかないので手加減しているのだが。それを抜きにしても静香の力は女子のそれではなかった。

「…あー私高校の頃の握力検査で48とかだったんですよ、空手やってたからですかね」

呑気にとんでもないことを口にする静香に櫻井は驚く他なかったようで口をあんぐりと開ける。あまりに必死に櫻井が宥めるので静香は一旦連絡するのを辞めた。

「…仮に調べ上げても家族に弱みとかなかったらどうする気だった?」

「それは…まあ直接張り倒しに行くくらいはするかもしれませんね」

もう取り繕うこともしなくなった静香に櫻井は耐えきれなくなったのか噴き出し、腹を抱えて笑う。攻防戦は呆気なく終わりを告げる。

「張り倒すって本当物騒…っ!というかさっき暴力行為はしないって…でも冗談でもそこまで言ってくれるのは」

「あれ、冗談に聞こえました?」

「…え」

笑い転げていた櫻井が真顔に戻る。静香の声色に不穏なものを感じ取り、向き直った。

「まあ普通ならそんなことしようとも思いませんけど、父方の伯父が警視正で以前『小競り合い程度なら揉み消せる』と言ってたので、数人ボコボコにするくらい頼めばなかったことにしてくれるかと、あ、脅迫してももみ消してくれるかも」

楽しそうに語る様子に、その時、櫻井はやっと静香が最初から最後まで本気だったのだと気づいたようだ。彼は兎に角自分の話を聞いて欲しいのか静香の手を握る。

「いいよ、そんなことしなくて。そんな手を煩わせる価値もないよ、あんな奴ら」

櫻井が実の家族を「あんな奴ら」と言い切ったことに少々驚いた様子だが、それでも食い下がる。

「でも」

「いいんだ、それに…静香が俺の事で自分の事みたいに怒ってくれるのが凄く嬉しい」

「…」

怒りで冷え冷えとしていた静香の瞳に少しずつ温かさが戻り始める。

「今までずっと家族の事はしこりみたいに残ってたし、もしかしたらずっとそのままかもしれないって思ってた。けど、君が隣に居て怒ってくれるのを見て、当時怒ることも泣くことも出来なかった自分が救われた気がする。…すぐ割り切るのは難しいけどこれから、少しずつ前を向ける、と思う。ありがとう」

櫻井は笑った、さっきまでのぎこちなさはなく、自然な笑顔だった。静香の奥にはまだ、怒りの炎が燻ぶっていたが吹っ切れたような櫻井の顔を見ると、それも徐々に鎮火していった。もう必要はないとスマホをカバンに仕舞った。


「…気が変わったら言ってください、すぐやるので」

櫻井は苦笑した。そのやるはまさか「殺る」ほうではないか、という疑問が喉元まで出かかったが、ぐっと飲み込んだ。

「あはは、その時は頼むかも」

冗談めかして言いながら、櫻井は視線を時計に移した。あ、と声を漏らすのを静香は聞き逃さなかった。

「どうかしました」

「いや、時間…」

静香はカバンに仕舞ったスマホで時間を確認する。23時半を回りそうだった。走れば終電には間に合うだろうが、明日は休みだし正直帰るのが面倒という気持ちが勝る。微妙な顔をした静香の心情を察したのか「…泊まっていく?」とおずおずと訊ねられる。
静香はその申し出を二つ返事で受け入れた。



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