人間不信気味のイケメン作家の担当になりましたが、意外と上手くやれています(でも好かれるのは予想外)

水無月瑠璃

文字の大きさ
51 / 83
第二部

17話

しおりを挟む




近くのコンビニに必要最低限のものを買いに行こうとする静香に櫻井は付いて来ようとした。

「マンションから数分くらいの距離ですし大丈夫ですよ」

が、櫻井は食い下がる。

「暗いし遅いから、1人じゃ危ないよ」

それはそうだが、静香は酔っ払いに絡まれても対処できる。そこまで心配されなくても問題はないのだが、それはそれとして心配してくれているのは素直に嬉しい。突っぱねることもせず「じゃあお願いします」と頼んだ。

結局アイスやら何やらを買い込んで、部屋に戻ったのは15分後だった。


その後、2人の間に再び攻防戦が復活した。場所は初めて足を踏み入れた寝室。シックなデザインで大きな本棚が目を引く。中央の壁側には大きなベッド。そして収納スペースから出した来客用の布団が2人の前に置かれている

「颯真さんがベッドを使ってください、私が布団で寝ます」

「いやいや、君に布団を使わせるわけにはいかないよ、俺が使う」

「家主を布団で寝かせるわけには」

「そもそもあの布団、何度も来る新條用に適当に買ったもので寝心地悪いよ」

「…」

新條は何度もここに泊まりに来ているらしい。あれだけ友人じゃないと言い張っていたのに、それこそソファーに寝かせても良かったはずだ。なのにわざわざ来客用の布団を購入したということは。

(新條先生のこと物凄く好きでは?)

それを言ったら櫻井が不機嫌になるのは目に見えている。素直じゃない人だから。ふふ、と笑う静香に櫻井は訝しげな視線を向ける。

「え、何急に」

「何でもないです」

誤魔化したが、結局どっちがベッドを使うかについては決まっていない。このやり取りを始めて10分近く経っている。この感じだと櫻井は静香がベッドを使うと言うまで引き下がらないだろうし、静香も家主を床に寝かせるのは抵抗がある。

…ここで1つ、思いついた。どちらの願いも叶えることが出来る妙案が。

「いっそ2人でベッドを使います?」

冗談めかして言うと櫻井がカチン、と全身を硬直させた。それからじわじわと耳を赤くし始める。

「…急に何言い出してるんだよ…」

やけに不機嫌な声が聞こえてくる。櫻井は右手で口元を覆い顔を伏せていた。顔色は窺えないが、どうやら怒っているらしい。2人で寝ようが気に障ったのかもしれない。そこまで怒る理由が分からない。

「言っていい冗談と悪い冗談が」

「え、冗談じゃないですけど」

「…」

目を見開いた櫻井はやがて呆れたように大きなため息を吐いた。

「自分の言ったこと分かってる?」

「分かってますけど」

「…絶対分かってないだろ、一緒のベッドで寝るって襲われても文句言えない」

「?別にいいですけど、襲っても」

そりゃ付き合ってない者同士が同じ布団で寝るのは問題だし、何か起きても一方的に責めづらい状況になるだろう。しかし自分達は交際しているし、櫻井が言う通り「襲われた」として問題はない。相手の意見を聞かずに事を進めるのは好ましくないが、静香は拒む気はなかった。つまり2人で寝たとして気にすることは何もないのである。

なのに静香の返答が予想外だったのか、また固まってしまい、次に片手で目を覆い天を仰いだ。

「…無自覚に煽るの勘弁してくれ…」

低い声で呻いている。よく分からないが彼の中で何かと何かが葛藤しているようだ。フラットな態度で赤裸々に「誘った」静香に吹っ切れたのか、やけに真剣な顔でこちらを見下ろした。

「正直に言えば今この瞬間も、彼女と寝室で2人きりなので理性がヤバいです。猿の方がまだ自制心あるレベル」

真面目なトーンで明け透けに本音を明かし始めのでどう反応すべきか迷い、迷った末頷くだけに留めた。正直恥ずかしいというか居た堪れない。

「静香は気にしないって言ってくれるけど、俺は自分のやったことが許せない。だから自分への戒めで暫く君に手は出さないことに決めた。身勝手で申し訳ないけど」

何となく気づいてはいた。自宅に誘った際断った時の態度が不自然だったから。「そういう雰囲気」になるのを意図的に避けているのかもしれない、と。櫻井は静香に対しずっと罪悪感を抱き続けていることにも薄っすらと。こうすると決めたら恐らく自分の意見を変えない。それも分かっていた、だから静香は。

「分かりました、私も今すぐやりたいわけでも性欲強いわけでもないので」

「…」

何故だろう、急に櫻井は険しい表情に。

「君の口から性欲とかやりたい、とか聞きたくなかった…」

絶望した声で嘆いた。そう思うに至った理由を聞くと「清楚な雰囲気だから性的な単語が似合わない」らしい。清楚云々はよく分からないが、静香は割とそういうことも言うので慣れて欲しい。物凄く落ち込むのでとりあえず謝り、背中を擦った。暫くしたら「これはこれで興奮する」とよく分からないことを口走り今度は青くなっていたけど。

その後、興味本位で「暫く」はどれくらいなのか聞いてみると「3カ月」と返って来たので「思ったより短いですね」と返すと。

「それ以上は無理、我慢しすぎて気が狂う。好きな子に手出せないとか拷問だから」

そう言った櫻井の瞳に微かに熱が宿っており、何故か背筋が寒くなった。自らの本心をぶちまけ、変なスイッチが入ったのか「手は出さないけど、それ以外はする」とまた唇を塞がれ舌まで差し込まれ、好き勝手されてしまう結果になった。ドンドンキスを深くし、酸欠寸前に陥った挙句にベッドに押し倒した櫻井を静香が力一杯押しのけたのはもう少し後の事。


「…俺は我慢という言葉を知らない畜生以下の獣…」

「誰もそんなこと言ってないんですけど」

案の定、自らの行為に酷く落ち込んだ櫻井を静香が慰めにかかる。しかし櫻井は自分の事が信用ならないらしく、風呂上りに自分の服(サイズブカブカで屈むと胸元が見える)を着た静香の姿を凝視した後、物理的に距離を取り始めた。その上結局折れてベッドを使うことを承諾した静香に鍵をかける様に念を押す。そこで寝室のみならず全ての部屋のドアに鍵が付いていることに気づいた。この部屋絶対家族向けだと思う。

寝室に入った後は直ぐ眠りについた。ベッドに入ると、当然ながら自分のベッドからはしない匂いがする。櫻井の匂いだろう。無意識に枕に鼻を擦りつける。他人の匂いなんて心底どうでも良かったし寧ろ忌避していたのに。

(何か落ち着く…)

櫻井に抱き締められている感覚だ。少々物足りないけれど、徐々にリラックスしてきた静香の瞼はドンドン重くなり、微睡みの中意識を手放した。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【一話完結】極秘任務で使いたいから自白剤を作ってくれと言った近衛騎士団長が自分語りをしてくる件について

紬あおい
恋愛
近衛騎士団長直々の依頼で自白剤を作ることになったリンネ。 極秘任務の筈が騎士団長は、切々と自分語りを始め、おかしなことに…?

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

俺様御曹司は十二歳年上妻に生涯の愛を誓う

ラヴ KAZU
恋愛
藤城美希 三十八歳独身 大学卒業後入社した鏑木建設会社で16年間経理部にて勤めている。 会社では若い女性社員に囲まれて、お局様状態。 彼氏も、結婚を予定している相手もいない。 そんな美希の前に現れたのが、俺様御曹司鏑木蓮 「明日から俺の秘書な、よろしく」 経理部の美希は蓮の秘書を命じられた。     鏑木 蓮 二十六歳独身 鏑木建設会社社長 バイク事故を起こし美希に命を救われる。 親の脛をかじって生きてきた蓮はこの出来事で人生が大きく動き出す。 社長と秘書の関係のはずが、蓮は事あるごとに愛を囁き溺愛が始まる。 蓮の言うことが信じられなかった美希の気持ちに変化が......     望月 楓 二十六歳独身 蓮とは大学の時からの付き合いで、かれこれ八年になる。 密かに美希に惚れていた。 蓮と違い、奨学金で大学へ行き、実家は農家をしており苦労して育った。 蓮を忘れさせる為に麗子に近づいた。 「麗子、俺を好きになれ」 美希への気持ちが冷めぬまま麗子と結婚したが、徐々に麗子への気持ちに変化が現れる。 面倒見の良い頼れる存在である。 藤城美希は三十八歳独身。大学卒業後、入社した会社で十六年間経理部で働いている。 彼氏も、結婚を予定している相手もいない。 そんな時、俺様御曹司鏑木蓮二十六歳が現れた。 社長就任挨拶の日、美希に「明日から俺の秘書なよろしく」と告げた。 社長と秘書の関係のはずが、蓮は美希に愛を囁く 実は蓮と美希は初対面ではない、その事実に美希は気づかなかった。 そして蓮は美希に驚きの事を言う、それは......

鬼隊長は元お隣女子には敵わない~猪はひよこを愛でる~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「ひなちゃん。 俺と結婚、しよ?」 兄の結婚式で昔、お隣に住んでいた憧れのお兄ちゃん・猪狩に再会した雛乃。 昔話をしているうちに結婚を迫られ、冗談だと思ったものの。 それから猪狩の猛追撃が!? 相変わらず格好いい猪狩に次第に惹かれていく雛乃。 でも、彼のとある事情で結婚には踏み切れない。 そんな折り、雛乃の勤めている銀行で事件が……。 愛川雛乃 あいかわひなの 26 ごく普通の地方銀行員 某着せ替え人形のような見た目で可愛い おかげで女性からは恨みを買いがちなのが悩み 真面目で努力家なのに、 なぜかよくない噂を立てられる苦労人 × 岡藤猪狩 おかふじいかり 36 警察官でSIT所属のエリート 泣く子も黙る突入部隊の鬼隊長 でも、雛乃には……?

暴君幼なじみは逃がしてくれない~囚われ愛は深く濃く

なかな悠桃
恋愛
暴君な溺愛幼なじみに振り回される女の子のお話。 ※誤字脱字はご了承くださいm(__)m

絶体絶命!!天敵天才外科医と一夜限りの過ち犯したら猛烈求愛されちゃいました

鳴宮鶉子
恋愛
絶体絶命!!天敵天才外科医と一夜限りの過ち犯したら猛烈求愛されちゃいました

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

貧乏大家族の私が御曹司と偽装結婚⁈

玖羽 望月
恋愛
朝木 与織子(あさぎ よりこ) 22歳 大学を卒業し、やっと憧れの都会での生活が始まった!と思いきや、突然降って湧いたお見合い話。 でも、これはただのお見合いではないらしい。 初出はエブリスタ様にて。 また番外編を追加する予定です。 シリーズ作品「恋をするのに理由はいらない」公開中です。 表紙は、「かんたん表紙メーカー」様https://sscard.monokakitools.net/covermaker.htmlで作成しました。

処理中です...