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第二部
最終話
しおりを挟む「…見たことないくらい顔真っ赤」
「…油断している時にあんなこと言われるとこうなりますよ…」
「あんな?…愛してるとか?あ、また赤くなった」
普段静香の言動に一喜一憂する癖に、好きだとかそういう言葉は平然と言い放つ。多分自分は気が緩んでいる時に真正面からぶつかって来られると、思考力も動きも鈍る。何故かは分からない、自分でも整理が付いていないから。櫻井もそれに気づいている。もうここまで来たら意地だ、絶対目を合わせないぞという気概を持って明後日の方向を向く。右頬に目の前の男の熱い視線をヒシヒシと感じるので、どっちにしろ落ち着かないが。
「重いって思われると不安だったから言うつもりなかったけど…そんな可愛い顔してくれるなら今度から頻繁に」
「辞めて、心臓が持たない死ぬ」
「ここでその言葉使うんだ…じゃあしない」
思いもよらないタイミングで「されると嫌な事」が判明しやや困惑している。表情は見れないが落胆しているのは気配で分かった。何となくむやみやたらに連発するのは思いとどまってくれるみたいだ。心臓がドキドキしすぎて死ぬという、家族友人から笑い話として語り継がれる死は回避できた。そのことに安堵したのも束の間。思い切り逸らしていた顔を両手で挟まれたと思ったら、強引に正面を向かされる。あ、と声を発する暇もなく唇に温かいものが触れる。触れたそれが離れた、と思ったらまた触れて。強引さは一切ないのに、それは静香の身体から抵抗する意思を奪うのには十分過ぎた。自然と背中に腕を回す。
今度は「されると嫌な事」ではないと判断した櫻井は、触れるだけだった動作を深いものに変えていく。ゆっくりと静香の口内で好きに動き、力を奪う。段々息苦しくなって来たが、さっきよりは余裕あるので教えられた通りに鼻呼吸を繰り返す。それでも時々力んでしまうため、その時だけは唇が解放されフッと小さく笑われる。それが癪で背中に回した手でドン、と叩くと「いってぇ」と顔をしかめる。
「相変わらず馬鹿力、ゴリラ?」
「誰がゴリラ?…その馬鹿力使わせているのはどこの誰ですか」
「さっき君の事2回抱いた彼氏?」
「…馬鹿じゃないですか、チッ」
「え、今舌打ちするの?しかも馬鹿って…さっき可愛かったのに、今可愛くない」
「その可愛くない相手に愛してると言ったのは、どこのどなたでしたっけ?」
「っ…ほんとムカつくな。…ああでも」
唇が触れるか触れないかの距離で喋っていた櫻井はわざとらしく言葉を切ると、全面降伏を認めた、そんな風に笑った。
「…そんな静香が可愛くて大事にしたくて絶対に手放したくないと思ってる俺は大概馬鹿なんだろうな」
また背中にドッと汗を掻いた。真摯な光を宿した瞳は自分を射抜いている。至近距離からそんな目で見つめられると身体を動かすことはあろか、視線を逸らす事も出来ない。
今更だけど、櫻井の端正な顔は見慣れることはない。初めの頃は空虚にすら感じられた瞳には、本来の力とでもいうのだろうか。目力が割とあることに気づいている。時々目を逸らしたくなるけど、逸らすと悲しそうな顔をされる。静香は櫻井のそういう顔を見ると良く分からない気持ちになる、だから出来るだけさせたくない。彼は、自分は静香に勝てないと言っていたけれど。
(私も勝てる気しないな、一生)
さぞ変な顔になっているであろう静香を櫻井は覗き込んだ。
「何その顔?どういう感情?」
「…そう言われて嬉しいと思っている私も大概馬鹿なんだろうなと思ったっ…!」
最後まで言い終わることは出来なかった。その前に唇に噛み付かれたから。余程嬉しかったのか、煽り過ぎたのか。ソファーに静香を押し倒し両手を縫い付け、無我夢中で、それでいて反応を確かめながら唇を貪った。合間合間に切羽詰まった声で「可愛い…」と囁くものだから、こっちもこっちでいっぱいいっぱいで。静香の手を自らの手で握り締めると、指も絡ませる。こうしていれば簡単には離れられないと2人とも知っている。最中もこうしていたな、と何処かに意識をやっていないとどうにも無理だ。時々櫻井が息を整えるために唇を離した隙にしか安らぎが訪れない。欲情した瞳に薄っすらと映る自分の顔は抱かれている時よりマシとはいえ、やはり直視出来たものではない。というか自分がキスをされて感じている顔なんて見たくないのだ。櫻井はこの顔を見ると興奮するらしいがイマイチピンと来ていない。
結局静止の声も耳に入らず、ぐったりするまで好き勝手口付けていた櫻井が我に返ったのは約5分後。「死ぬかと思った」「大袈裟だよ」「は?」とまた言い合いを再開させた。櫻井は一々謝ることもしなくなった、本来なら良いことなのだろうが釈然としない。
「…このままここで寝たい…」
「風邪ひくから駄目」
「タオルケットかければ大丈夫ですよ」
「…」
急に不服そうに眉間に皺を寄せられた。少しの間静香を凝視した後、当の本人が不機嫌な理由が思い至らないことにしびれを切らした。顔を逸らし、やけ気味に言い捨てる。
「…一緒に眠りたかったんだよ…一々言わせんな」
「…」
心臓が、変な音を立てた。こう言うと本人は不貞腐れるけれど、静香はあまり櫻井の人柄そのものを「格好いい」と思ったことはない。だからといって「格好悪い」とも思わない。
「可愛い」のだ、この人は。天邪鬼でツンツンしていて、その実繊細な本性を知られないように、傷つかないために人を試す言動と言う名の鎧で覆い隠していた。それでもふとした時に素の不器用な優しさが垣間見えた。それがきっかけで徐々に関心を抱き始めたのだから、自分は割と単純な人間で。
単純な人間だから、こうして拗ねる櫻井が可愛くて仕方ないなと思ってしまう。やはり自分は馬鹿になっている、けど今は馬鹿のままで居たい。
所在なさげに頬を掻いている櫻井にすっと近づくと、手招きをする。彼は不審に思ったらしいが何も言わず、警戒することもなく静香に近づいた。ニコニコ笑いながら右手を彼の頭に乗せるとしっとりとした黒髪を撫で始める。思いもよらぬ静香の行動にピクリと身体を震わせたが、手を振り払ったりはしない。まんざらでもないのだ。けど納得はしていない、目を細めて静香を見下ろす。不機嫌さと、仄かな嬉しさの滲んだ声でポツリ。
「…何急に」
「いや、可愛いなって」
「は?26の男に可愛いってなんだよ」
「嬉しい癖に」
「嬉しくないから、変な事言わないでよ」
喧嘩とは言えない、じゃれ合いが続いたのち櫻井に些か強引にベッドに連れ込まれたが、色っぽい流れになることもなく。静香が寝落ちる寸前まで話して。規則正しい寝息を立て始めた静香の寝顔を愛おしいものを見る目で眺めていた櫻井は、隣に横たわる。起こさないように細心の注意を払いながら、宝物を扱う仕草でそっと抱きしめる。腕の中にすっぽりと納まった静香にそっと囁いた。
「おやすみ」
2人にとって忘れられない夜は、ゆっくりと更けていった。
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