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5話
しおりを挟むあ、まずい。また脳裏に蘇ってきそうだ。このまま密室にテオドールと2人きりなのは精神衛生上宜しくない。薬に関してはテオドールが報告するか、無かった事にするか決めるだろうしリゼットには関係がない。つまり執務室にいる理由はもうない。ギリギリまで残って調合していようと思ったが、そんな気分は失せてしまった。部屋に戻って頭から冷水を被って不埒な記憶を忘却の彼方に捨て去りたい。
「…では私はこれで、ここであったことは忘れますし他言は決して致しません。口は固いので、それではっ…!」
挨拶しながら立ち上がった時、体がふらついた。この時になるまで気づかなかったが、リゼットは相当に疲れていたらしい。通常勤務に加えて残業、そして慣れないことをした事による精神的な負荷。眩暈がして前のめりになる。
「っ!」
座っていたテオドールが慌てて立ち上がるとリゼットを抱き留めた。彼の胸板に飛び込んだ形になる。
「大丈夫か…まあ色々あったから疲れるのも無理はないが」
きまり悪そうに呟くテオドール。穏やかな声音に反して、リゼットはとんでもない事になっていた。まず男にこれほど密着したことがない、しかも相手は騎士。騎士服越しでも鍛え上げられた肉体、胸板の硬さが伝わってくるのだ。そして彼は何かいい匂いがする。香水の香りをプンプンさせている女性が苦手だと言っていた彼だ、そういう類のものは付けていないはず。これはテオドール自身の匂い。ちょっとした安らぎを覚えると同時に、煩いくらい心臓が鼓動を奏で始めた。不思議な事にそそり立ったモノを見た時より、照れ始める自分がいる。身体の奥から熱が灯り、カァっと顔が火照る。その時、この状況で一番思い出してはいけない事…薬のせいでテオドールの上気した頬に荒い息遣い、顔に不釣り合いなほど雄々しく勃ちあがった屹立のことが脳裏に蘇る。気づいた時には遅かった。
胎の奥が特に熱くなり、ブルリと身体が震えた。思わずテオドールの騎士服をギュッと握りしめた。無意識にロングスカートの中で太腿を擦り合わせる。自分の身体に起こった変化が受け入れられなくて、猛烈にテオドールに顔を見られたくなくて埋めた。
「?ノインツ嬢どうした、まさか具合が悪くな…っ」
見られたくないと思っていたのに、自分を気遣うテオドールの低い声が頭上から聞こえた途端顔を上げてしまった。彼のブルーサファイアの瞳と目が合う。形のいい眉毛がピクリと動き、不機嫌さの滲む声で言う。
「…その顔」
「…はい?」
「男と2人きりでそんな顔を見せるのは自殺行為だぞ…」
苦しそうに唇を噛んでいるテオドール。そんな顔とは。リゼットには自分の顔を見る事ができないのだから、分かるわけが。
…嘘だ、本当は今自分がどんな顔をしているのか察しがついている。顔は火照り、上目遣いで、強請っているような「女」の顔をしているのだ。リゼットは絶望した、よりにもよってしなだれかかり、媚を売るような顔をする女を何よりも嫌っているテオドールに、こんな醜態を晒してしまった。テオドールが自分と言葉を交わしていたのは、そういった面を見せないからに過ぎない。こうなってしまえば、彼は自らに群がる女性に対してと同じ冷たい目を向けるだけ。
けどそんな懸念とは裏腹にテオドールはリゼットを離さないし、微かに腰に回った腕の力が増した気がした。彼の蒼い瞳をじっと見つめていると、その奥にドロリとした熱が宿るのが見えた。その瞬間リゼットの身体はピクリとも動かなくなる。
宝石を思わせるサファイアの瞳、陽の光を浴びて輝く白銀の髪。自分の漆黒の髪と深い紫の瞳と違い「美しい」と密かに憧れていた。常に冷え冷えとし感情を読み取らせないサファイアには、男としての欲が見え隠れしていると経験のないリゼットにも分かった。
本当は、執務室に来てからずっと気づいていた。テオドールの瞳に熱が籠っていることも、薬だけのせいではないことも。気づかないフリをしていた、頑なに見ようとしなかった事実を受け入れることをリゼットは拒否したから。あからさまな言葉で分からせようとしていたテオドールに対して、鈍感なフリをしたのに。
何事もなかったと逃げようとした癖に、はしたないほど女としての本能を露わにしつつあるリゼットをテオドールは拒絶しなかったし、その事実に歓喜する自分の存在をやっと認めた。
ここで何か行動を起こさないとどうなるのか、想像が付く。それでもリゼットは動かない、寧ろ胸元に縋りついた。それが合図だった、テオドールの端正な顔が目の前に迫ってくる。彼は唇をリゼットの唇に押し当ててきた。
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