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5話
しおりを挟むキッチンに入ったセレナが一番に思ったことは「汚い」だ。テーブルの上にはパンやサンドイッチの包装紙や店で買った総菜が入っていた容器が放置されていた。水で洗ってるおかげでそれほど異臭はしない。床には飲み物の空きビンが転がっており、注意しないとビンを踏んで転ぶ危険がある。そして調理台回りは予想通り綺麗だった。ほぼ使わないのだろう。基本的に食事は買ってきたもので済ませているようだ。シンクにはカップやティーポットが水に付けられたまま放置されている。今日のか、昨日のものか分からない。使用済みの茶葉が捨ててあるので、紅茶は自分で淹れているらしい。彼は可哀想なくらいメイドに恵まれない。そんな経験をしているのに、セレナにはあっさりと食事の準備を頼んでいる。そのあたりが良く分からない。
(私がまともそうだからって、簡単に人を信用し過ぎだと思うけど。もしかしたら直感で危ない人間を見分けられるのかも)
そうでなければ今の状況の説明がつかない。自分で言うのもなんだがセレナは愛想がないため、親しみやすい印象が抱かれない。しかし気にかけてくれた婦人曰くセレナは放っておかない雰囲気があるらしい。セレナに全く自覚はない。まさかルークがセレナに庇護欲を抱いたわけはないだろう。こんなことを一人で考えていても答えは出ないし、本人に聞くことも出来ない。下手に尋ねようものなら「こいつは自分に気があるのか」と大いなる誤解をされる可能性もあった。人間不信気味な人は疑心暗鬼になりやすい。過去のセレナがそうだったから、勝手にルークもそんな気がしていた。だが、仕事部屋に籠るルークに尋ねる機会は訪れない。セレナは気持ちを切り替え、早速ゴミの分別を始めた。
キッチンに散乱していたゴミを纏めると次は食器棚にほんの少しだが積もっている埃を掃う。落ちた埃とまとめて床を箒で掃き、最後は雑巾で拭き上げる。あまり使った形跡のない調理台も拭くと雑巾が茶色くなっていた。セレナは慣れた手付きでキッチンの掃除を終わらせると、仕事部屋以外の部屋を順に回り掃除を進めていった。
洗面所にはこんもりと洗濯物が溜まっていた。恐らく着るものがなくなってから洗濯をするタイプなのだろう。そういう人は多いが、季節によっては洗濯物が中々乾かず着る物がなくて困るという状況に陥りやすい。セレナはテキパキと服を外に持ち出して、要呂よく服を洗い物干しに干していく。綺麗になったシャツやズボンがズラリと干されている様は見ていて気持ちが良い。
洗濯の次は買い物と料理だ。今日の分と明日の分を作る予定で、幸いこの邸のキッチンの床下に冷蔵室が備わっていたので保存の効きづらい料理も作り置きしておける。冷蔵室のない家の方が多い。保存の効くメニューを考えるのは中々大変なので助かった。セレナが作るのはサンドウィッチだ。片手でで食べながらもう片方の手で仕事を続けられる。書類仕事を主に担当する文官を中心に人気のメニューで、最近はおしゃれなサンドウィッチを提供するカフェも増えている。セレナは店で出すような見た目が華やかなものは作らない、味重視であった。ルークは食べられれば何でと良いというスタンスだが、半端なものを出すのはプライドが許さない。買い物予算は出来るだけ安く抑えるのが普通だ。その中でいかに栄養のあるものを作れるかが腕の見せ所である。見せたからといって何かが変わるわけではなく、感謝されたいわけでもない。完全な自己満足だ。
セレナは街に向かい頭の中で組み立てたメニューに必要な材料を、店を何店舗か回って買う。二年前から派遣所のお仕着せを着て通うセレナは店の人々にとって顔見知りだ。値段を安くしてくれる親切な人もいる。仕事中だけではなく、プライベートの買い物の時にも同じようにしてくれるので非常に助かっている。「細いからもっと食べなさい」と毎回言われるのは少々困ってしまうが。
順調に買い物を終えたセレナは綺麗にしたばかりのキッチンに向かい、早速調理に取り掛かる。初回は定番の胡椒を効かせたBLTサンドとミルクのスープ、夜はフッシュフライのサンドでパンと具を挟むだけで良いよう準備をした。明日のメニュー以降も同様に手間がかからないようにする。これなら家事が苦手でも大丈夫だろう。というかこれすら出来なかったら本気で心配になる。暫くは仕事中でも食べられるメニューを中心に提供し、折を見てメインとサラダ、スープというメニュー構成も取り入れるつもりだ。まずはルークにセレナの料理を食べてもらい、自分の料理を安心して食べてもらえるようになるのが良い。準備を終えたセレナは手持ちのメモ帳から一枚破り、メニューについての説明を書き記す。キッチンのテーブルにメモを置き、買い物のお釣りも置いておく。カートに乗せたサンドウィッチとスープの上に、食材を買う途中で買ったフードカバーを被せた。すぐにルークが食べるとは限らないので埃除けだ。
カートを引いて黒い扉の前、立ち入り禁止を言い渡された仕事部屋の前で立ち止まり扉をノックする。
「旦那様、お食事の準備が出来ました」
ノックした音が響くだけで中から声は帰ってこない。試しにもう何度かノックするが、反応はない。
(無視ではないわよね、本当にノックの音に気付かないってあるのね)
セレナにはそれほどの集中力は備わっていないので、少しだけ羨ましい。これ以上は無駄だと判断したセレナは早々にキッチンに戻り、メモにノックをしたが反応がなかったので帰ること、昼食のメニューの説明とキッチンに置いた別のメモに関しても記しておく。
ルークとの契約は半日なので、そろそろ次の現場に向かわなければいけない。セレナは伝え残したことはないかと確認をするとカバンを持ち、まっすぐ玄関に向かいルークの邸を後にした。
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