強面で寡黙な騎士団長が実は婚約者です。

水無月瑠璃

文字の大きさ
8 / 8

最終話

しおりを挟む


「…はっきり申し上げます。イザーク様に対して人として好感を抱いていますが…恋愛感情かどうかは」

「それで構わない。互いのことを知るための半年間だからな」

優柔不断なマリアにイザークは不快な素振りを一つも見せない。安心させるように言葉を紡ぐ。

「…サディストは…体力が」

「っ!!さ、昨夜のあれはあなたに誘われて舞い上がってしまっただけだ、普段からあのようになるわけでは…ない…と思いたい」

マリアが加虐嗜好かつ絶倫には付き合えないと遠回しに告げると、否定したいのに自信がないのかイザークの言葉が後半尻すぼみになっていく。そもそも童貞であった彼に、次も同じようにマリアを啼かせて虐めないという確証が持てないのだろう。だが、マリアは断りたくてわざわざこの話題を出した訳ではない。

「…イザーク様、私が起きる前に薬用意してくれましたよね。驚きました…昨夜の様子から私が妊娠することを望んでいる気がしたので」

3回も中に出し、溢れた子種を執拗に中に戻そうとしていた。その行為に違和感を覚えていたが、イザークの気持ちを知った今、昨夜の彼は言葉は少なくともマリアに対する執着心を露わにしていたのだと分かる。イザークはマリアの指摘に狼狽え、バツが悪そうに答えた。

「…正直、孕ませればマリア嬢を自分のものに出来るのではと最低なことを考えた。だが無理矢理手に入れてもあなたは俺を憎むだけ、一生自分に気持ちを向けることはない…なら潔く正面から求婚しようと思ったんだ」

仄暗い目をして語るイザークに恐怖心を抱くことはなかった。孕ませて無理矢理結婚しようとしていたと白状されたのに、だ。

「イザーク様、そういうこと出来ませんでしたよ。きっと」

「あなたは男の醜い部分を知らないからそう言えるんだ」

「そうですね、私が知ってるのは…隠しても良いことを正直に全部言ってしまう不器用な目の前の男性だけです」

マリアはイザークを目を合わせ、意を決したように告げた。

「婚約の話お受けします。ひとまず半年間よろしくお願いぐえっ」

言い終わる前にイザークに抱き締められた。宿のシャンプーなのか、彼の匂いなのか良い匂いがする。

「…ありがとう、凄く嬉しい。あなたに好きになってもらえるよう努力する」

「あの…苦しい…」

「っ!すまない!」

疲労困憊のところに現役騎士に力一杯抱きしめられたので、胸が高鳴る以前にまた夢の世界に旅立つところだった。だが後悔はしていない。マリアはイザークと「恋」というものをしてみたくなったのである。半年後どうなっているかは未知数だが、イザークはマリアに誠実に向き会ってくれるだろう。だからマリアも彼と向き合うと決めた。打算がないといえば嘘になるがマリアはイザークとの未来が明るいものになる予感がしていた。


********


婚約の申し出を受け入れてもらった後のイザークの行動は早かった。ハーヴェイ伯爵夫妻にマリアと婚約する許可を取り、マリアの両親にも婚約を打診する手紙を送った。マリアの両親は結婚はしないと公言していた娘への打診に腰を抜かすほど驚き、何かの間違いではないかと疑われちょっとした言い争いになった。が、手紙にイザークが以前からマリアに好意を寄せていたと包み隠さず書かれていたことと、マリアも同じ気持ちだと心苦しくも嘘を吐いたことで安心した両親はあっさりと婚約を承諾。因みにハーヴェイ伯爵夫妻は一生独り身だと思っていた息子に婚約したい相手が出来たことで、本当に泣いて喜んだらしい。騙している罪悪感でこっちも泣きそうになった。婚約したことは暫く内々に留めると告げると当然ながら両親には理由を聞かれたが。

「騎士団長と婚約したなんて知られたら騒がれる。注目されるのは苦手だから半年ほど心の準備をしたい」

と如何にもな理由を話したら納得してくれた。イザークは良くも悪くも有名なので両親もマリアの懸念を理解してくれたのは助かった。イザークの方は伯爵夫妻にこう説明したらしい。

「お互いのことをまだ全部知ってる訳ではないから、互いのことを知る時間が欲しい。俺のことを知って今までのように愛想を尽かされないとも限らないから」

悉く縁談を断られていた息子を間近で見ていた伯爵夫妻は、イザークの実感の籠った説得に神妙な顔で頷く。とにかく女性に怖がられるイザーク。そんなイザークを好きだと言っているマリアも何かの拍子で「怖い、やっぱり一緒にやっていくのは無理」と婚約解消を申し出る可能性は十分ある、と。公表してから解消すると双方にダメージがあるが、内々に済ませておけばダメージはない、と承諾してくれた。

「…我が親ながら、あっさり納得されて少し複雑な気分になった」

マリアに愛想を尽かされる可能性を信じている両親に対し、不機嫌そうに呟くイザークにマリアはつい笑ってしまった。




イザークと婚約した最大の目的だったリリアナへの報告だが、こちらも拍子抜けするくらいあっさりと解決した。

「婚約!?あなたが???相手は…伯爵家の嫡男…ふーん、実家と同じ爵位の男と結婚したのね。マリアに上を狙うのは難しいでしょうし丁度良いお相手なのではないかしら。お相手の方、あなたと年がそう離れてないのでしょ?あの伯父様が年の離れた後妻にするなんて考えられないし…その年まで婚約者がいない方って言いたくはないけど、ねえ…?まあ精々可愛げがないと婚約解消されないよう気をつけなさい」

マリアが婚約が不本意であるという態度を取り、相手が伯爵家の人間だと知ったリリアナは同情しつつも優越感に浸った態度を隠さなかった。独身主義のマリアが嫌々婚約したと信じ込み、相手の爵位が伯爵家であることをあからさまに見下しただけではなく、今まで婚約者がいなかったことに対して遠回しに人間性に問題があるとまで言ったのだ。マリア相手だからまだ良いがそのうち社交の場でも結婚していない人間や身分が下の者を差別する発言をするのではないか、と心配になるが忠告するほどマリアは優しくない。今まで散々嫌味を言われ続けたのだから。他の誰かが忠告すれば良いだけの話だが、溺愛している彼女の夫が機嫌を損ねる危険を犯して指摘する可能性は低いだろう。リリアナの行く末が明るいものになるかは本人次第だ。

そして内々にすると言い出したはずのイザークが早々に外堀を埋めにかかり、半年後にはもう逃げられなくなっていることをマリアはまだ知らない。


しおりを挟む

この作品は感想を受け付けておりません。

あなたにおすすめの小説

下賜されまして ~戦場の餓鬼と呼ばれた軍人との甘い日々~

イシュタル
恋愛
王宮から突然嫁がされた18歳の少女・ソフィアは、冷たい風の吹く屋敷へと降り立つ。迎えたのは、無愛想で人嫌いな騎士爵グラッド・エルグレイム。金貨の袋を渡され「好きにしろ」と言われた彼女は、侍女も使用人もいない屋敷で孤独な生活を始める。 王宮での優雅な日々とは一転、自分の髪を切り、服を整え、料理を学びながら、ソフィアは少しずつ「夫人」としての自立を模索していく。だが、辻馬車での盗難事件や料理の失敗、そして過労による倒れ込みなど、試練は次々と彼女を襲う。 そんな中、無口なグラッドの態度にも少しずつ変化が現れ始める。謝罪とも言えない金貨の袋、静かな気遣い、そして彼女の倒れた姿に見せた焦り。距離のあった二人の間に、わずかな波紋が広がっていく。 これは、王宮の寵姫から孤独な夫人へと変わる少女が、自らの手で居場所を築いていく物語。冷たい屋敷に灯る、静かな希望の光。 ⚠️本作はAIとの共同製作です。

幼馴染の執着愛がこんなに重いなんて聞いてない

エヌ
恋愛
私は、幼馴染のキリアンに恋をしている。 でも聞いてしまった。 どうやら彼は、聖女様といい感じらしい。 私は身を引こうと思う。

黒騎士団の娼婦

イシュタル
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。 異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。 頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。 煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。 誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。 「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」 ※本作はAIとの共同制作作品です。 ※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。

顔も知らない旦那様に間違えて手紙を送ったら、溺愛が返ってきました

ラム猫
恋愛
 セシリアは、政略結婚でアシュレイ・ハンベルク侯爵に嫁いで三年になる。しかし夫であるアシュレイは稀代の軍略家として戦争で前線に立ち続けており、二人は一度も顔を合わせたことがなかった。セシリアは孤独な日々を送り、周囲からは「忘れられた花嫁」として扱われていた。  ある日、セシリアは親友宛てに夫への不満と愚痴を書き連ねた手紙を、誤ってアシュレイ侯爵本人宛てで送ってしまう。とんでもない過ちを犯したと震えるセシリアの元へ、数週間後、夫から返信が届いた。 ※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。 ※全部で四話になります。

うっかり結婚を承諾したら……。

翠月るるな
恋愛
「結婚しようよ」 なんて軽い言葉で誘われて、承諾することに。 相手は女避けにちょうどいいみたいだし、私は煩わしいことからの解放される。 白い結婚になるなら、思う存分魔導の勉強ができると喜んだものの……。 実際は思った感じではなくて──?

十年越しの幼馴染は今や冷徹な国王でした

柴田はつみ
恋愛
侯爵令嬢エラナは、父親の命令で突然、10歳年上の国王アレンと結婚することに。 幼馴染みだったものの、年の差と疎遠だった期間のせいですっかり他人行儀な二人の新婚生活は、どこかギクシャクしていました。エラナは国王の冷たい態度に心を閉ざし、離婚を決意します。 そんなある日、国王と聖女マリアが親密に話している姿を頻繁に目撃したエラナは、二人の関係を不審に思い始めます。 護衛騎士レオナルドの協力を得て真相を突き止めることにしますが、逆に国王からはレオナルドとの仲を疑われてしまい、事態は思わぬ方向に進んでいきます。

婚約解消されたら隣にいた男に攫われて、強請るまで抱かれたんですけど?〜暴君の暴君が暴君過ぎた話〜

紬あおい
恋愛
婚約解消された瞬間「俺が貰う」と連れ去られ、もっとしてと強請るまで抱き潰されたお話。 連れ去った強引な男は、実は一途で高貴な人だった。

初恋に見切りをつけたら「氷の騎士」が手ぐすね引いて待っていた~それは非常に重い愛でした~

ひとみん
恋愛
メイリフローラは初恋の相手ユアンが大好きだ。振り向いてほしくて会う度求婚するも、困った様にほほ笑まれ受け入れてもらえない。 それが十年続いた。 だから成人した事を機に勝負に出たが惨敗。そして彼女は初恋を捨てた。今までたった 一人しか見ていなかった視野を広げようと。 そう思っていたのに、巷で「氷の騎士」と言われているレイモンドと出会う。 好きな人を追いかけるだけだった令嬢が、両手いっぱいに重い愛を抱えた令息にあっという間に捕まってしまう、そんなお話です。 ツッコミどころ満載の5話完結です。

処理中です...