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7話
「目?」
ポツリと呟かれたイザークの言葉をマリアは繰り返す。
「大体の女性は俺と話す時目を逸らすか、あからさまでないにしろ目線を外す。けどあなたは真っ直ぐ目を見て話すし怯える素振りも見せなかった。いつからかは分からないが、仕事であなたと話すのが楽しみになっていたんだ」
かといって告白も求婚もする勇気はなく、その上偶々マリアが「恋愛する気も結婚願望もない」と友人と話している場面を目撃してしまったことからショックを受け、気持ちを伝えるつもりは全く無くなったらしい。縁談もマリアへの思いを断ち切るために受けていたと明かされた時は、何とも言えない気持ちになった。
「…あの団長さん…言いづらいのですが…惚れっぽくないですか?目を見て話しただけで好きになるって。私が手練手管に長けている女だったらとっくに騙されてますよ」
恋愛ごとに慣れていない男を餌に金を貢がせるタチの悪い女は多い。そんな女にとってイザークは格好の鴨である。いや鴨がネギを背負っているようなものだ。
「…あなたになら騙されても後悔はしなかったと思う」
だがイザークは迷いなく、キッパリと言い切ったのでマリアは不覚にもドキッとしてしまう。身体を重ねてしまったからだろうか。無骨で不器用な男という印象が強く話す時も緊張しなかったのに、マリアは今イザークを直視することも照れ臭い。言葉を選ばずに言えば格好良く見えるのだ。
「騙しませんけどね!お気持ちはありがたいのですが、やはり私には分不相応ですのでお断り」
「さっきも言ったが、俺は妻のやりたいことを制限しない。伯爵夫人としての仕事は必要最低限…夜会やパーティーに出席するくらいだ。俺の母は趣味の刺繍が高じて店を立ち上げて、好きに暮らしているし社交界にはほぼ顔を出さない。父もまだまだ壮健だから俺が跡を継ぐのは先だ。堅苦しい生活にはならないと思う。あなたの『理想の結婚相手』に俺は丁度良いのではないか」
マリアの言葉を遮ったイザークは普段の寡黙さを投げ捨てて、己を選ぶメリットを並べて説得しにかかった。その勢いにマリアは押され気味である。
「…団長さんは私を美化しているだけですよ。私結構はっきり言う性格ですし、父や兄以外の男性からは勉強が出来ることをひけらかして可愛げがないと散々言われて」
「あ?目が腐ってるのではないかその男共は」
急に地を這うような声を出し、全身から殺気を放つ険しい顔のイザークにマリアは自分に向けられたものでないと分かっても、恐怖で身が竦む。マリアが怯えたのを察したイザークは一瞬で殺気を消す。
「すまない、あなたに心無い言葉をぶつけた人間に怒りが」
言われた張本人のマリアが気にしていないのに、赤の他人のイザークがマリアより憤りを覚えている。本当に彼は正義感が強いのだろう。かといって恩着せがましい訳でもない。気にしていないというより慣れてしまった、という方が正しい。当時はそれなりに傷付いていたが一々気にしていたら職業婦人はやっていけない、と心に鎧を纏ったのだ。父が当然心無い言葉をかける親戚に怒ってはくれたが、家族以外で怒ってくれたのはイザークだけだ。傷付いていた当時のマリアが少しだけ慰められた気がした。
「ありがとうございます、もう気にしてないので大丈夫です」
マリアが微笑むとイザークはホッとしたように口元を緩ませた。が、絆されかけていると気付いたマリアは気を取り直した。
「…それはそれとして。やはり結婚はお断りします。私達互いのこと良く知りませんし安易に結婚して、思っていたのと違ったと失望されるのが目に見えます」
「…互いのことを知らないというのは一理あるな。だが身体の相性は良いだろう。性の不一致が原因で険悪になる夫婦恋人は多いと聞くから、その点は心配する必要はないな」
昨夜のことを突然持ち出され、マリアは目に見えて動揺し顔が赤くなった。
「か、身体って!!」
「?事実ではないか。昨夜はあんなに乱れ喘ぎまくっていただろう。あなたの性格上誰彼構わずあんな反応をするとは思えないので、多少は期待している」
イザークはマリアが恥ずかしがることをわざわざ指摘してくる。マリアは昨夜の痴態は出来れば忘れたかった。処女のくせにあんなに気持ち良さそうに感じてしまい、己が淫乱だったのかとショックを受けたほどだ。しかし、イザークの言う通り身体の相性と…彼に対し悪感情を抱いてないからあんなにも乱れてしまったのだろう。イザークは羞恥で固まったマリアに嬉しそうな雰囲気を出し始め、こんな提案をしてきた。
「…いきなり結婚というのも気が重いだろうから、まずは婚約から始めてくれないか。期間を決めて、半年経っても俺のことを結婚対象として見られなかったら解消し、問題なければ方々にお披露目をする。互いの両親と職場の上司にだけ伝えて、内々という形にしておけば解消してもあなたの経歴に傷は付かない。両親や上司には俺の我儘だと報告しておけば問題ない」
問題大ありだ。身内と上司だけとはいえ、自分勝手な理由で婚約解消をしたという不名誉な事実がイザークに残ってしまうのは看過できない。いやそれは…と難色を示すマリアにイザークは話を続ける。
「あなたも従妹殿に結婚を急かされて迷惑しているんだろう。婚約したと言えば余計なおせっかいを焼かれることも無くなるのではないか。これは俺の推測だが従妹殿はランドール嬢に嫌がらせをしたい、その上で次期侯爵夫人という肩書をひけらかして、あなたに対して優位に立ちたいだけだと思うぞ」
「…当たってますね、絶対。あの子叔母様から私には絶対負けるなって圧をかけられてましたから。叔母様勉学に勤しむ令嬢を見下しておいて、下手な成績を取ると怒るんですから理不尽ですよね」
淑女らしく男より上に立とうとするな、でも賢しらぶる令嬢に勉学でも引けを取るな、完璧であれ。叔母がリリアナに求めたものは多かった。折り合いがあまり良くない父の娘であるマリアに決して負けたくないという一心だったのかもしれないが、真相は不明だ。叔母のプライドの問題に巻き込まれたリリアナを不憫に思わないでもないが、とばっちりを受けているマリアからしたら同情する気にはなれない。
「あまり他所の家庭に関して口を出したくないが、あなたの叔母上は少々面倒な性質なようだ。もしかしたら従妹殿は母親から比べられた鬱憤が今になって爆発しているのかもな。従妹殿には仕方なく婚約した、自分は乗り気ではないという雰囲気を出しておけば気が済むのではないか」
リリアナはマリアが結婚願望がないとある意味一番理解している。そんなマリアが突然婚約したと言い出したら「やむを得ない事情で婚約することになったのね、可哀想!」と都合良く解釈し勝手に同情するのが目に見えていた。
「でもあの子、どこの誰と婚約したのか絶対知りたがりますよ」
「その時は伯爵家の嫡男とだけ言っておけば良い。次期侯爵夫人の自分より爵位が下の人間と婚約したのだと、その時点で満足すると思うが」
「…容易に想像出来ます」
相手の身分によって態度をガラリと変える人間は好きではないが、自分の従妹がまさにその人間であることに複雑な気持ちになった。身分も結婚する相手を選ぶ上で重要な要素だが、やはりその人の為人や相性が大事なのではとマリアは思う。そういう意味では目の前の男は…。
「っ…!私にはメリットがありますが団長さ」
「イザーク」
「はい?」
「出来れば名前で呼んで欲しい」
またもイザークはマリアの発言を遮り、マリアに名前で呼んで欲しいと突然頼んできた。ニュアンスからはマリアを尊重する意図が伝わるのだが拒否することは許さない、という圧を感じる。これから求婚を断ろうという相手を名前で呼ぶのは逆に失礼ではないか、と不安になるがイザークが「呼べ」と無言で催促をしてくるので根負けしてしまった。
「わ、分かりました…イザーク様と呼ばせていただきます…話を戻しますね、私にメリットはありますけどイザーク様にはメリットないですよね」
「あなたに…マリア嬢に自分を知ってもらえるチャンスがあり婚約まで出来るんだ。これ以上のメリットはない…ついでに両親が泣いて喜ぶ」
サラリと名前で呼んでいることに関して触れる余裕はない。
「ついでの方がとても重要に思えますが」
すかさずマリアが突っ込むもイザークは淡々とした態度を崩さない。しかし、マリアを見つめる目には熱がこもっているのでどうにもむず痒い。恋をしている男の目だと、経験皆無のマリアにも分かる。
「両親は俺の結婚を諦めているからな。今は親戚から養子を迎える話を進めているから喜ぶだろう。勘違いしないで欲しいがあなたと結婚したいというのは紛れもない俺の意思だ、両親のことは関係ない」
イザークは真っ直ぐに気持ちを伝えてくるから、マリアには眩しい。ここまで言ってくれているのに断り続けるのも悪い気がしてきた。しかし自分の気持ちがはっきりしないうちに婚約を受け入れても良いのか、と葛藤する。
「イザーク様、口下手とおっしゃってますが結構喋ってますよね」
「父に似たのだろう。父も口下手だが母を口説く時だけは流暢に話していたらしい」
好きな相手には饒舌に話せるとは、逆に緊張してしまう人からは羨ましがられそうだ。マリアは他愛もない話をしながらじっくり考えた。
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