君がいないと、息が出来ない

遥彼方

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ぽろぽろ涙は秋空の色

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 毛足の長いサーモンピンクのラグ、白いテーブル、木のベッドに落ち着いたベージュのシーツ。白の本棚に勉強机。カーテンも薄いピンクで、床に置かれた赤いクッションがアクセントだ。

「駄目、だった」

 すみれの部屋に通されるなり、彩菜から涙ととぎれとぎれの声がこぼれた。涙と声は最初小さくて、だんだん大きくなり、彩菜の体操服に包まれた体を濡らして震わせた。

「先輩、誰にも言って、いなかったけど、好きな人がいるんだって。私の、ことは、ただの後輩だって。ごめん、それだけなんだ、って」
「彩菜っ」

 ぎゅっと小さく身を震わせる彩菜の体を左右から私とすみれが抱いた。部屋の隅っこで私たち三人、団子になってる。

 その様子を棚の上ですみれが作ったウサギのぬいぐるみの、大きな黒いビーズの目が映していた。

「先輩、私に勇気をもらっ、たって。告白するって。私、そんなつもっりでっ、告白したんじゃ、なかったの、にっ」

 ぽろぽろと落ちる涙と彩菜の悲しい心。すみれがハンドタオルを彩菜に渡した。
 小さく「ありがと」と言った彩菜がタオルを顔に押し当てる。涙を吸ったタオルが色合いを濃くした。

 じわじわと涙色に染まるタオルから、彩菜の切なさと悲しさが私とすみれの心にも伝染してくる。
 きっと彩菜の中の感情は染まるなんて速度じゃない。爆発するみたいに一瞬で広がり、荒れ狂ってるんだろう。

「ううぅ、先輩の告白が上手くいかなかったらいいのにっ。振られたらいいのにっ。そしたら私が慰めてあげるからっ、もう一度告白するからっ、なんて思っちゃう。考えちゃうんだよぉ。すごく嫌だよぉ。どうしよう、私、嫌なやつだよぉ」

 ほんとだね。そんな風に思うのは嫌だね。
 だからって、先輩に好きな人がいました。はい、そうですかってすぐ切り替えられないよね。

 もしも振られたら、こっちを向いてくれないかなって期待してしまう。そんな自分が嫌いになってしまう。
 どろどろと粘っこくて汚いものだって、恋の一部だ。
 素敵なことばっかりじゃ、ないんだよね。

「先輩なんて振られちゃったらいいんだよ。こんな可愛い子泣かすんだから」

 すみれの声がちょっと怒ってる。

「そんな風に言わないで。先輩は悪くないもん!」

 すみれの言葉に、彩菜がぱっとタオルから少し顔を離した。彩菜の目と鼻の頭は真っ赤になっている。

「もう、この。彩菜ったら」

 すみれが笑って彩菜の額を人差し指で軽く小突いた。すみれの目の端には涙が光っていて、泣き笑いみないな顔だ。

 ああ、彩菜。私もすみれと同じように思うよ。

 今こんなに苦しくて、悲しいって泣いてるけど、やっぱり先輩のことが好きなんだね。悪くないって思ってるんだね。そんな彩菜は嫌なやつじゃない。

「彩菜は嫌なやつじゃないよ。嫌なやつは、そんな風に思わないって」

 ぐすんと一つ大きく鼻をすすってから、私は彩菜の背中をぽんぽんと叩いた。私の顔もすみれと同じようなものだろう。
「すみれぇ。千尋ぉ」

 彩菜の目にみるみる涙がたまる。くしゃくしゃと顔が歪んでいく。一呼吸置いてから、うわああん、と大声で泣きだした。

「よしよし。泣けるだけ泣いちゃえ」

 悲しい時は思い切り泣いた方がきっといい。

「先輩が好きだよぉ、まだ一緒に練習してたかったよぉ。好きになってもらいたかったよぉ」

 うわあ、切ないなあ。
 またもらい泣きして、鼻をすすった。

「うんうん」とすみれが頷く。

「こんなに可愛い子をふるなんて、先輩の馬鹿ぁ!」
「「ほんとだよぉ!」」

 彩菜が叫んだら、私とすみれも叫んだ。

 そうして存分に泣く彩菜にもらい泣きしたり、慰めたりした。30分もしたら彩菜の涙も落ち着いて、また他愛もない話になった。いつも以上にはしゃいでおしゃべりに花を咲かせ、顔を洗った彩菜の目元は少し赤くて腫れていたけど、表情は元に戻っていた。

「今日はありがとう」

 笑う彩菜へすみれが自分の胸を叩く。

「ううん、いつでも胸を貸してあげるからね」
「また明日ね」

 手を振って別れた。


 数日後、彩菜は鈴木先輩に呼び出された。

「先輩、告白成功したんだって。付き合うことになったんだって」

 戻ってきた彩菜の表情は、秋の空と同じくらい透明だった。

「振られたのはすごく辛かったし、悲しかった。先輩の好きな人には嫉妬した。先輩にはこんな気持ちになってほしくないなって、そう思ってたから、上手くいって良かった」

 彩菜がちょっと照れくさそうに鼻の頭をかく。

「いっぱい泣いて、いっぱい愚痴言えたから。どっちに転んでも受け止めようって思えたの。ありがと。すみれ、千尋」

 そう言ってふふっと笑った。

 こんなことを言ってるけど、部活中の彩菜の目はやっぱり先輩を追っている。そんな時の彩菜の目の色は前みたいに桃色じゃなくて、透き通った涙の色みたいな視線に感じる。
 偶然、先輩とすれ違っても目を合わさずに歩くスピードを速める。離れるとほっと息を吐いて、先輩がいた方向をみつめる。
 そうして先輩を見つめる彩菜の目は、水ですうっと伸ばした絵の具みたいな、あの透明な蒼になる。

「そっか。彩菜はすごいね」
「ふふふ。うやまいなさい!」

 両手を腰に当てて、彩菜が大きく育ちつつある胸を張る。

「ははーっ」

 私とすみれが顔を伏せて机の上に両手を着いた。

「ぷっ」

 三人ともしばらくそうして固まっていたけど、こらえきれずに彩菜が吹きだした。机に突っ伏した私とすみれも、顔を上げて体が揺れ始める。

「「「あっはっはははは!」」」

 三人の陽気な笑い声が重なった。

 恋をしている彩菜は可愛くて、幸せそうで、小さなことが嬉しそうで生き生きしてた。
 ふられた彩菜は顔をくしゃくしゃにして、すごく泣いて、切なそうで、嫉妬に苦しんでた。

 私はなんとはなしに、ふと窓の外を見た。青い空へ、ひこうき雲が真っ直ぐに伸びていた。
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