14 / 36
どうして不機嫌なのかな
しおりを挟む
井上先輩は時々私にアドバイスをくれるようになった。サーブの時の姿勢や、ためて打つこと。ラケットの面の向きとか後衛のゲームコントロールの仕方など。
顧問の先生はテニス経験者じゃないから先輩のアドバイスはすごくためになる。だからこういう時はどうなのか、ここが上手くいかないんだとか、私からも聞きにいくようになった。
ソフトテニスは基本ダブルスだ。前衛と後衛にポジションをわけることが多いけれど、最近はダブル後衛も増えてきている。
私は彩菜と組んでいて、私が後衛、彩菜が前衛だ。前衛はネット近くにきた球をボレーするのが主体で攻撃の要だ。彩菜は背が高いし反射神経がいいから前衛向き。気も強いしね。
後衛は相手が攻めにくいよう、深い球を打つ。もしくはゆるく高い球。跳ねない短いショットが決めれたらかっこいいんだけど、苦手なんだ。
今日は水曜日で部活のない日。だから私も君も、いつもより早い時間に制服で帰っている。
「最近、井上先輩とよく話してんのな」
無言で歩いていた君がぽつりと口火を切った。
彩菜たち女友達とならおしゃべりが途切れることなんてないけど、君との帰り道は無言なことも多い。でも君と私の空気には無言が苦痛じゃない。
「ん? 話すっていうか、色々教えてもらってるだけだけどね」
君の背はまた伸びて、見上げないといけないことにもすっかり慣れた。ぶかぶかだった制服もぴったりになっている。
ううん、少し小さいくらいかも?
ズボンの裾は一度直してもらったらしく、少し余裕があるけれど上着は来年着れるのかなって感じ。
そういう私の背丈もそれなりに伸びた。セーラー服もすっかり違和感がなくなったし、サイズもぴったりになっている。
「ふーん」
気のない相槌を打つ君。
「先輩、徹のことも筋がいいって言ってたよ。時々ひやっとする球を打つようになったから、うかうかしてられないって」
私から見ても君の打つ球はすごいけど、井上先輩もそんな風に思うという事実が誇らしかった。
「俺に直接言えっての」
けれど君はあまり嬉しくなさそうに唇を尖らせている。
「こら、先輩にそんな口きかないの」
手を伸ばしておでこを指で弾いてやろうとしたら、ひょいとよけられた。
む。ちょっと腹立つ。
「ばーか。先輩には、んなこと言わねぇよ。お前にだから言うんだっての」
君はべーっと舌を出した。
「どうだか」
私は疑いを込めた半眼で君を眺めた。
「たりめぇだろ。井上先輩は俺からみてもすげぇし」
私の目が気に入らなかったのか、君は唇をへの字にする。
「そうよね。井上先輩はすごいもん。やっぱり経験者は違うよね」
「あー。俺も一年やって少しは上手くなったけどよ。だから余計に敵わねぇって思うわ」
そう言って君は、ラケットを持っていない空の手で一回だけ素振りをした。私は瞬きをして、素直に先輩を褒める君を見上げる。
「あんだよ」
じっと見上げる私に、君が片目をすがめた。
「ううん。先輩のこと尊敬してるんだな、と思って」
敵わないって思うくらい先輩のことを認めてる。なのに、なんで褒められて嬉しそうにしないんだろう。普通は認めてる人に褒められたら嬉しくない? 男の子の意地ってやつかな。
「尊敬してるのは当り前。俺が気に入らないのは、なんでお前にやたら教えたり俺のこと話たりしてるんだよってとこ」
「んん? 同じ部なんだから徹も先輩に教えてもらってるじゃない。徹に直接言わないで私に話したことが気に入らないの?」
「……」
何も言わないけど、ぶすっとした君の表情が肯定してる。君のことを先輩が私に話しているのが気に入らないらしい。
なあんだ、先輩から褒めてほしかったのか。
「ふうん。意外。もっと先輩に構ってほしいタイプだったとは」
意外な一面だなあ。君って褒めると照れて口数少なくなったり、ふいっとあっちを向いちゃったりするじゃない。
君は立ち止まって私をまじまじと見つめた。何事かと私も足をとめ首を傾げる。君はちょっと真面目くさった表情だけど、目だけが怒りの色を含んできらめいている。
あれ? この顔は私が見当違いなことを言っているときの顔だぞ。なんで?
はてなマークで頭がいっぱいな私に、君の眉間へしわがよった。
「違ぇよ、ばーか」
思い切り馬鹿にしたようにそういうと、君はまた歩き出した。その歩みは少し速くて、私は小走りでついて行った。
歩幅が大股で、肩が少し上がっていて、足音が乱暴だ。怒ってる。
「何怒ってんの」
「知らねぇ」
声も尖ってる。
なんなの。意味わかんない。
子供の頃からずっと一緒。君の事ならたくさん知っている。けれど知らないこともある。分からないこともある。
分からないことがあると、少し不安になる。私は視線を落として、さっさと歩く君を追いかけた。
そんな風に下を向いていた私の視界に、君の足が入ってきた。
あれ、もう追いついた? 目線を上げると君の歩く速度が緩んでいる。私が追いつくのを待ってくれたみたい。
君がちらりと肩越しに振り返って、また戻る。その顔はまだ少し怒っていたけど、歩く速度も足音も穏やかになっていた。
そのことに泣きたくなるくらい安心して、私は君の横に並んだ。また無言の帰り道。すぐに君の家に着いたけど、君は素通りした。
今日も送ってくれるんだ。
君いわく「お袋に言われてるから」だそうだけど、今日は怒らせちゃったからそのまま帰るかな、と思ってた。
喧嘩をしたとき、君はいつもこうやって何も言わないで私に歩み寄る。
本日もいつもと同じ、君と一緒の帰り道。無言の空気が心地よかった。
顧問の先生はテニス経験者じゃないから先輩のアドバイスはすごくためになる。だからこういう時はどうなのか、ここが上手くいかないんだとか、私からも聞きにいくようになった。
ソフトテニスは基本ダブルスだ。前衛と後衛にポジションをわけることが多いけれど、最近はダブル後衛も増えてきている。
私は彩菜と組んでいて、私が後衛、彩菜が前衛だ。前衛はネット近くにきた球をボレーするのが主体で攻撃の要だ。彩菜は背が高いし反射神経がいいから前衛向き。気も強いしね。
後衛は相手が攻めにくいよう、深い球を打つ。もしくはゆるく高い球。跳ねない短いショットが決めれたらかっこいいんだけど、苦手なんだ。
今日は水曜日で部活のない日。だから私も君も、いつもより早い時間に制服で帰っている。
「最近、井上先輩とよく話してんのな」
無言で歩いていた君がぽつりと口火を切った。
彩菜たち女友達とならおしゃべりが途切れることなんてないけど、君との帰り道は無言なことも多い。でも君と私の空気には無言が苦痛じゃない。
「ん? 話すっていうか、色々教えてもらってるだけだけどね」
君の背はまた伸びて、見上げないといけないことにもすっかり慣れた。ぶかぶかだった制服もぴったりになっている。
ううん、少し小さいくらいかも?
ズボンの裾は一度直してもらったらしく、少し余裕があるけれど上着は来年着れるのかなって感じ。
そういう私の背丈もそれなりに伸びた。セーラー服もすっかり違和感がなくなったし、サイズもぴったりになっている。
「ふーん」
気のない相槌を打つ君。
「先輩、徹のことも筋がいいって言ってたよ。時々ひやっとする球を打つようになったから、うかうかしてられないって」
私から見ても君の打つ球はすごいけど、井上先輩もそんな風に思うという事実が誇らしかった。
「俺に直接言えっての」
けれど君はあまり嬉しくなさそうに唇を尖らせている。
「こら、先輩にそんな口きかないの」
手を伸ばしておでこを指で弾いてやろうとしたら、ひょいとよけられた。
む。ちょっと腹立つ。
「ばーか。先輩には、んなこと言わねぇよ。お前にだから言うんだっての」
君はべーっと舌を出した。
「どうだか」
私は疑いを込めた半眼で君を眺めた。
「たりめぇだろ。井上先輩は俺からみてもすげぇし」
私の目が気に入らなかったのか、君は唇をへの字にする。
「そうよね。井上先輩はすごいもん。やっぱり経験者は違うよね」
「あー。俺も一年やって少しは上手くなったけどよ。だから余計に敵わねぇって思うわ」
そう言って君は、ラケットを持っていない空の手で一回だけ素振りをした。私は瞬きをして、素直に先輩を褒める君を見上げる。
「あんだよ」
じっと見上げる私に、君が片目をすがめた。
「ううん。先輩のこと尊敬してるんだな、と思って」
敵わないって思うくらい先輩のことを認めてる。なのに、なんで褒められて嬉しそうにしないんだろう。普通は認めてる人に褒められたら嬉しくない? 男の子の意地ってやつかな。
「尊敬してるのは当り前。俺が気に入らないのは、なんでお前にやたら教えたり俺のこと話たりしてるんだよってとこ」
「んん? 同じ部なんだから徹も先輩に教えてもらってるじゃない。徹に直接言わないで私に話したことが気に入らないの?」
「……」
何も言わないけど、ぶすっとした君の表情が肯定してる。君のことを先輩が私に話しているのが気に入らないらしい。
なあんだ、先輩から褒めてほしかったのか。
「ふうん。意外。もっと先輩に構ってほしいタイプだったとは」
意外な一面だなあ。君って褒めると照れて口数少なくなったり、ふいっとあっちを向いちゃったりするじゃない。
君は立ち止まって私をまじまじと見つめた。何事かと私も足をとめ首を傾げる。君はちょっと真面目くさった表情だけど、目だけが怒りの色を含んできらめいている。
あれ? この顔は私が見当違いなことを言っているときの顔だぞ。なんで?
はてなマークで頭がいっぱいな私に、君の眉間へしわがよった。
「違ぇよ、ばーか」
思い切り馬鹿にしたようにそういうと、君はまた歩き出した。その歩みは少し速くて、私は小走りでついて行った。
歩幅が大股で、肩が少し上がっていて、足音が乱暴だ。怒ってる。
「何怒ってんの」
「知らねぇ」
声も尖ってる。
なんなの。意味わかんない。
子供の頃からずっと一緒。君の事ならたくさん知っている。けれど知らないこともある。分からないこともある。
分からないことがあると、少し不安になる。私は視線を落として、さっさと歩く君を追いかけた。
そんな風に下を向いていた私の視界に、君の足が入ってきた。
あれ、もう追いついた? 目線を上げると君の歩く速度が緩んでいる。私が追いつくのを待ってくれたみたい。
君がちらりと肩越しに振り返って、また戻る。その顔はまだ少し怒っていたけど、歩く速度も足音も穏やかになっていた。
そのことに泣きたくなるくらい安心して、私は君の横に並んだ。また無言の帰り道。すぐに君の家に着いたけど、君は素通りした。
今日も送ってくれるんだ。
君いわく「お袋に言われてるから」だそうだけど、今日は怒らせちゃったからそのまま帰るかな、と思ってた。
喧嘩をしたとき、君はいつもこうやって何も言わないで私に歩み寄る。
本日もいつもと同じ、君と一緒の帰り道。無言の空気が心地よかった。
0
あなたにおすすめの小説
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。
これって政略結婚じゃないんですか? ー彼が指輪をしている理由ー
小田恒子
恋愛
この度、幼馴染とお見合いを経て政略結婚する事になりました。
でも、その彼の左手薬指には、指輪が輝いてます。
もしかして、これは本当に形だけの結婚でしょうか……?
表紙はぱくたそ様のフリー素材、フォントは簡単表紙メーカー様のものを使用しております。
全年齢作品です。
ベリーズカフェ公開日 2022/09/21
アルファポリス公開日 2025/06/19
作品の無断転載はご遠慮ください。
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
仮面王の花嫁
松雪
恋愛
婚約者を腹違いの妹に奪われ、新しい相手も見つからず修道院に行く覚悟を決めたルチア。修道女となるため髪を切った日の夜、王城から「国王がルチアを妻に望んでいる」という書簡を持った使者がやって来た。
しかし、従兄弟であり恋仲だったニールが国王のせいで死に至った過去を持つルチアは、国王からの求婚を喜べずーー。
今宵、薔薇の園で
天海月
恋愛
早世した母の代わりに妹たちの世話に励み、婚期を逃しかけていた伯爵家の長女・シャーロットは、これが最後のチャンスだと思い、唐突に持ち込まれた気の進まない婚約話を承諾する。
しかし、一か月も経たないうちに、その話は先方からの一方的な申し出によって破談になってしまう。
彼女は藁にもすがる思いで、幼馴染の公爵アルバート・グレアムに相談を持ち掛けるが、新たな婚約者候補として紹介されたのは彼の弟のキースだった。
キースは長年、シャーロットに思いを寄せていたが、遠慮して距離を縮めることが出来ないでいた。
そんな弟を見かねた兄が一計を図ったのだった。
彼女はキースのことを弟のようにしか思っていなかったが、次第に彼の情熱に絆されていく・・・。
さようなら、お別れしましょう
椿蛍
恋愛
「紹介しよう。新しい妻だ」――夫が『新しい妻』を連れてきた。
妻に新しいも古いもありますか?
愛人を通り越して、突然、夫が連れてきたのは『妻』!?
私に興味のない夫は、邪魔な私を遠ざけた。
――つまり、別居。
夫と父に命を握られた【契約】で縛られた政略結婚。
――あなたにお礼を言いますわ。
【契約】を無効にする方法を探し出し、夫と父から自由になってみせる!
※他サイトにも掲載しております。
※表紙はお借りしたものです。
処刑を望んだ悪役令嬢ですが、幼なじみの騎士が手放してくれません
藤原遊
恋愛
「私は処刑される運命の悪役令嬢――そう信じて、死を望んでいた。
けれど、幼なじみの騎士は『この命に代えても守る』と離してくれなくて……?」
侯爵令嬢アメリアは、幼い頃から「悪役令嬢」として囁かれてきた。
その冷たい視線と噂の中で、彼女は静かに己の役目を受け入れていた――。
けれど、すべてを遠ざけようとする彼女の前に現れたのは、まっすぐに想いを示す幼なじみの騎士。
揺らぐ心と、重ねてきた日々。
運命に逆らえないはずの未来に、ほんの少しの希望が灯る。
切なく、温かく、甘やかに紡がれる悪役令嬢物語。
最後まで見届けていただければ幸いです。
※ 攻略対象の叔母である悪役令嬢に転生したけれど、なぜか攻略対象の甥に激重に愛されてます
にて、親世代の恋愛模様を描いてます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる