琥珀の夢は甘く香る ~アンバーの魔女と瞳に眠る妖魔の物語~

遥彼方

文字の大きさ
27 / 90
依頼1ー熱気と闇を孕む商業国ナナガ

気炎を上げる女

しおりを挟む
「私のリルに何かあったらただじゃおかないわよ、この化け物ども!」
 リリアーヌがコハクへ向けている銃には見覚えがあった。
 治安維持警備隊、第一部隊隊長ライズが見せたマギリウヌ国の新しい対妖魔武器。

「その銃はもう量産体制に入っているの?」
 銃を向けられていることには全く動じずに、コハクは普段通りの口調で尋ねた。コハクの後ろで、ポルクスは子猫を抱いたまま固まっている。

「まさか! マギリウヌ国との取引なら、うちの商会も負けてはいないのよ。妖魔絡みの切り札として手に入れるのは当然でしょう?そんなことよりも、うちの娘は無事なんでしょうね!?」

 リリアーヌは苛々と眉を吊り上げ、気炎を上げる。その剣幕にコハクの後ろでたじろぐ気配がする。先程まで妖魔を相手に一歩も引かなかった青年が、何を怖がっているのかとコハクは小さく息を吐いた。

「……いい加減にしろ、女」
 ずいと一歩前に出てきたのは、長く癖のない赤髪の男。ホムラは冷然とリリアーヌを見据え低い声を出した。

「あら、いい男だこと。魔女の仲間なのが残念ね。いいから、うちの娘から離れなさい!」
 チリッと心なしか気温が上がった気がして、ポルクスは額の汗を手で拭う。いや、気のせいではない。明らかに周囲の温度が上がっている。

 ゆらりとホムラの髪が揺れる。彼の衣服も同じように揺れたと思ったら、大きな踏み込みの音と共に一気に距離を潰した。

「ホムラ!」
 コハクの制止の声と、宙に舞う銃、何の反応も出来ずにいるリリアーヌへ迫るホムラを、ポルクスは辛うじて視認できた。

「おおっと、其処まで!」
 ホムラの刀がピタリと止まる。

 ホムラが銃を左手で叩き落とし、リリアーヌへ刀を振るおうとした所へ、間一髪で体を滑り込ませた男は飄々と続けた。

「頼みますよ、ホムラ様。刀を納めて下せェや。アタシの寿命が縮みまさァな」

 ホムラの底冷えのする目を向けられた闖入者は、黒髪に不思議な色合いの瞳を持つ男だった。

 男の瞳は外側が緑で内側が桃色の、二色が黒の瞳孔を内包している。年の頃は壮年と思われるが、おうとつの少ない顔立ちと常に湛えられた笑みが、年齢不詳の印象を与えた。やはりミズホ国独特の衣服に身を包み、袖から腕を抜いて懐に突っ込んでいる。

 武器を構えるでもなく防御の姿勢を取る訳でもなく、無防備きわまりない格好で笑みを湛えたまま、ホムラへ提案する。

「依頼主の奥方に何かあっちゃァ、『デンキ』の立場ァねェや。ここは一つ、アタシの顔に免じて堪えて下さいやせんか」

「免じられるような顔か」
 ホムラは刀へ纏わせている温度を上げる。触れれば火傷を通り超して熔ける程、触れずに今刀を突き付けているだけで軽い火傷を負う程度だ。

「はっはっはっ。相変わらず手厳しいですなァ。しかし、このまま奥方を殺すのが得策ではないことくらい、ご存知でしょうや」

 男は相変わらず笑顔を崩さず、灼熱の空気に額に汗を滲ませた。はだけた胸元は軽く火傷を負い、赤くなっている。
 ホムラに対して挑むなど無謀、防御は無意味、ならば無抵抗で身を晒せばいい。この妖魔が、コハクの不利になるような行動を取らぬことは知っている。

「ちっ」
 案の定、ホムラは舌打ち一つで刀を焔へ返した。異様な熱が消えて、肌をひりつかせる空気とひやりとした夜の空気が入れ替わる。
  ホムラとしては元々脅し程度のつもりだ。見れば女はガタガタと震え蒼白な顔で両肩を抱いている。少し物足りないが、これで溜飲は下げてやる事とした。

 それに、とホムラは思い、ちらりと視線をコハクと、コハクの後ろで相も変わらず怖じけて腰を引かせた青年へ向ける。この手の事が苦手な自分よりも適任はあちらにいる。

「ぅんん……?あれ?私」
 小さな声を上げてリルが目を覚ました。地面から半身を起こしてぼうっとしている。

「リル!」
「お母様?」
 幾度か瞬きを繰り返し、意識がはっきりしてきたようだ。母親の姿を認めて、驚きの声を出した。

「お嬢様は無事よ。妖魔との分離も滞りなく済んだわ。側へ行ってあげたら?」
 彼女はコハクへ鋭い眼差しをくれてから銃を拾い、太股のホルスターへ納めて娘へ駆け寄る。

「リル! どこかおかしいところはない? ああ、あんな奴らに貴女を任せるしかなかったなんて!」
 リリアーヌは娘の体に傷がないかとあちこち触って確かめた後、コハクを睨んだ。

「東邦の魔女。リルに異常は無いんでしょうね!?」
「無いわ。体も精神も無事よ」
 あれだけホムラの殺意を受けて、まだこちらへ敵意を向ける根性に、コハクは肩を竦める。

「そう、良かったわ。綺麗で可愛い私のリルに傷が残っては大変だもの」

 リルは母親の言葉にギクリと顔を強張らせた。ぎこちなく美しい母の顔を見る。

 もしも、綺麗で可愛い・・・・・・・・・・・・私の体に醜い傷痕でも付けば、この母はどうするのだろうか。嘆き、落胆して捨てるのだろうか。流行りが廃れた洋服のように、飽きてしまった装飾品のように。

「違うでしょう?」
 コハクの背後から、普段よりも低く少し震えた声がした。胸に子猫を抱いたポルクスだ。

「母親が娘に傷がないか、心配するのは分かります。でも一番大事なのはそこじゃないでしょう?」

「……何を言ってるの?」
 ポルクスの苦手とする、射殺されそうな視線を向けられたが、今さら後には引けない。一緒にぶつかろうと言ったのだから。

「リルさんは、綺麗で可愛い貴女のお人形じゃなくて、愛しくて大事な貴女の娘でしょう!」
 ミソラが緑の目を不安の色に染めてポルクスを見上げていた。大丈夫だと伝えたくて、腕の中の子猫を撫でる。自分の言葉が、この二人の背中を押す切っ掛けになればいい、そう思う。

「この2つは、全っ然違います! 娘の心配をするなら、まず無事を喜ぶ! 抱き締めるなり涙を流すなり、何でもいいから愛情を示してやって下さい!僕からはここまで。後はリルさん、ミソラ!」

 続けて出そうになる台詞を、ポルクスはぐっと飲み込んで我慢した。

 そう、一緒にぶつかろうと言った。だからここまでだ。ポルクス一人が全部言ってしまっても、この母親の気持ちを変えられるかもしれない。リルの寂しさも虚しさも和らぐかもしれない。
 でも、それでは駄目だ。リル自身も本音でぶつからないといけない。でないと例え今解決したとしても、また同じ寂しさと虚しさに直面する時が来る。その度にポルクスが代弁するわけにもいかないし、出来ないのだ。

 新米隊員が弛めた腕から、真っ黒な子猫が軽やかに地面に降りた。尻尾と髭をピンと立て、優雅にリルの元へ歩いていく。リルの隣で同じようにリリアーヌへ体を向けて座り、小さな前足をそっとリルの手に添えた。

  何故この若い隊員が、自分の言いたかった事の一部を言ってくれたのか、リルには理解出来なかった。明るい金髪に澄んだ青の垂れ目、穴の開くほど青年の顔を見詰めても、知っている顔ではない。彼はリルの視線を受け止めて、大丈夫だと頷いた。

 知り合いでも何でもない人なのに、何故か妙に勇気を与えられて、リルは母を見る。

「……お母様、もしも私が綺麗で可愛くなかったら、何の価値も無いの?」

 ずっと聞きたかった事、言いたかった事を言うのだ。
 否定されるのが怖くて温度をなくした指先へ、小さくて柔らかい体温を感じた。綺麗な毛並みの子猫が、リルの指へ体を擦りつけて一声にゃあと鳴く。

 また少し勇気が湧いて、母の目へ視線を固定した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

処理中です...