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依頼1ー熱気と闇を孕む商業国ナナガ
餅は餅屋で専門家
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「おい、しっかりしろや」
ダグスはチェルシーへ銃を構えたまま、壁に寄りかかって茫然としているアルフレッドへにじり寄った。カーズも時折小銃を撃ちつつ付いてくる。
「ダグスさん、対妖魔銃の提供は感謝しますがね。後は我々に任せて退場願えますか? あんまり余裕がないんですよ、我が部隊も」
カーズと二人の隊員がダグスとアルフレッドを守る為に取り囲んだ。
治安維持警備隊へ渡された対妖魔銃の試作品は一つ。驚くことにアングレイ商会は三つも手中に入れていた。
「ああ、餅は餅屋ってな。あんたらに任すさ。俺は不本意ながら、婿候補を助けに来ただけだからな」
ダグスは煙を吐きながらにっと笑い、アルフレッドの傷口に布をあてて思い切り縛った。鋭い痛みにアルフレッドは呻き声を上げる。きつい止血のお陰で傷口は痺れるような感覚に変わった。
「どうして……」
「ああ!? どうしてってのは俺の方が聞きてえや。ったくリルの奴は寄りによって俺と似たような男を選びやがって」
忌々しく毒づき、ダグスはアルフレッドの脇へ肩を入れて支える。こんな風にズタボロになってでも譲れないものの為に必死になった過去も、手に入れたものに有頂天になってやらかした失敗も、覚えが無いわけじゃなかった。
「下っ端だろうが商会の門戸を叩いた奴は身内の一人よ。ガントの奴が心配してたぞ、明日からの仕事はどうすんだってよ」
ガントはアルフレッドが頼み込んで働いていた商会の支部長の名前だった。門前払いをくらっても諦めず食い下がった彼を雇ってくれたのもガントだ。
「あの堅物が珍しく誉めてやがったからな。全部終わったら、取り敢えず仕事ぶりで示してみろや。婿に相応しいかどうかはその後見てやらあ」
不覚にもぐっと熱いものが胸を込み上げて、アルフレッドは唇を噛み締める。必死に打ち込んだ仕事と努力は無駄ではなかった。それを初めて誰かに認めて貰えたことに、目頭が熱くなる。
このまま助けられて棄てるつもりだった命を拾い、商会で真面目に働いてリルの横へ立てたならどんなにいいだろうと思った。アルフレッドは浮かんだ誘惑を頭を振って追い払う。
「それじゃ駄目なんだ。それが出来るなら俺はこんなところにいない」
出血で力の入らない体を捩り、ダグスの手を振り払おうとしたが、ぐいと掴み直された。
「へっ。心配すんなや」
リルと同じ緑の目が悪戯な光を灯し、くわえた煙草からゆっくりと煙が闇夜へくゆる。
「餅は餅屋っつったろう。そういうのは専門家に任せときゃあいいんでい」
歯を見せたダグスが顎で示した先から、低いエンジン音を響かせて新たな乱入者を迎えた。
二人乗りのオートバイと少女を背負った男だ。
「ミズホ国の妖魔狩り『珠玉』のコハク。専門家の中の専門家よお」
赤髪と黒衣を翻らせ、二人の人物が音もなく躍り出る。黒髪、黒衣に赤い帯、闇に浮かぶ白い相貌の中には黄褐色の瞳が燃えている。
赤髪の男から降り立つ少女は、思いの外小柄だった。
「やれやれ、やっとお出ましですか。ハヤミさんは?」
カーズはほっと息を吐いてコハクへ話しかけた。
この若い『珠玉』とは初顔合わせだが、妖魔狩りが来るまでの足止めに『デンキ』のハヤミと共闘することも度々ある。第二部隊にとっては世間一般の幻の宝石商よりも、依頼の仲介者兼妖魔狩りの『デンキ』として馴染み深いのだ。
「ハヤミは後から合流するわ。それよりも」
コハクは黄褐色に光る眼でざっと状況を確認する。コハクの瞳は現実の光景と共に、妖魔が能力使う際に発する妖気が視える。今も宿主の少女の五指から伸びる無数の糸が発する妖気により、闇に白く浮かび上がって視えていた。
空中に張り巡らされた糸は所々切れている。地面に転がる二人分の死体、断面は滑らかだ。
「随分と切れ味のいい糸ね。チェルシー、だったかしら?」
「だから何?」
問題は宿主の状態か。それにしても、とコハクは思う。妖魔の厄介さは身体能力もあるが、能力そのものだ。瞳の力でコハクにははっきりと視えているが、普通の人間には夜間な事もあり糸は不可視な筈。それにもかかわらず糸を断ち切った跡があること、死人の少なさに驚嘆する。
「敵いませんね、妖魔狩りには」
こちとら情報やら経験やらをフル動員して答えを導きだしたってのに、一目で看破するのかよ、とカーズは内心で毒づいた。
「なんにせよ、これで私らはお役御免ですか。やれやれ」
まあこれもいつもの事だ。高位妖魔の宿主相手に死人も怪我人も出なかったのだからめっけものだろう。第一部隊の連中は自業自得だ。
三年前は十一人もの部下がやられた。その前の時は十四人。民間の死傷者をいれれば四桁を越え、そこまで被害を出したというのに三年前などは取り逃がした。
「手伝いはいりますか?」
「必要ないわ」
「それは重畳」
カーズとコハクの身も蓋もない短いやり取りに、若い隊員が憤慨する。
「ちょっ! いいんすか、隊長!妖魔狩りだかなんだか知らねえっすけど、美味しいとこ横取りじゃないっすか!」
「だからお前はまだまだなんだよ」
隣の隊員が鼻息の荒い後輩の頭を片手で鷲掴みにして宥める。
「いつも隊員が言ってんだろ。手柄だの名誉だのちんけなプライドなんざ俺たちには要らねえ」
ぐしゃぐしゃと乱暴に頭を撫でて、次々と隊員たちが言葉を引き継いでいく。
「俺たちゃナナガ国の嫌われ第二部隊、ハナからそんなもん貰おうと思うな、だろ」
「耳タコ、耳タコ」
「そんなもんくれるくらいなら、危険手当弾めってもんよお」
違いないと笑う隊員たちの目は笑っておらず、油断なく少女の動向を注視していた。
「んなしょうもないもんの為に命を張るな。最終的に自分と隣の命一つくらい拾えりゃいいんだよってな!」
部下たちのやり取りに、全くこいつらには敵わないとカーズは思う。これだから一人の命も落とせないのだ。
正直、市民の安全だとか高位妖魔の被害だとかはカーズにとってどうでもよかった。カーズにとって重要なのは、任務を遂行し無事に隊員たちを家に帰すこと。その為にはあらゆる手段を講じるし、市民の誹謗中傷も甘んじて受け入れる。
「撤収だ、お前ら! 最後まで気を抜くなよ! 『珠玉』殿の邪魔にならない位置まで下がって援護と一般人が入り込まないように封鎖の二手に別れろ!」
「それも必要ないわ。カーズ隊長。一般人には踏み込ませないし、妖魔は逃がさない」
瞳の中の破片は先程から目まぐるしく乱舞していた。瞳の中の妖魔たちが、宿主の少女に潜む妖魔の気配を感じ取って落ち着かないのだ。
「第二部隊の皆様に敬意を」
コハクはカーズたちへ一礼してから瞳へ意識を割く。
「ここからは私の仕事。おいでチヅル」
『任しといて。といて』
コハクの瞳の破片が姿を変えて飛び出し、白く四角い紙が乱舞する。くるりと筒状になったそれは連結し、四つの棒となった。
白い棒は宿主の少女を囲む。当然のようにチェルシーは指を動かすが弾かれた。今度は集中して硬度を上げた糸を繰り出そうとするが、もう遅い。
棒は少女を起点に四方に広がり、チヅルの結界が完成した。
ダグスはチェルシーへ銃を構えたまま、壁に寄りかかって茫然としているアルフレッドへにじり寄った。カーズも時折小銃を撃ちつつ付いてくる。
「ダグスさん、対妖魔銃の提供は感謝しますがね。後は我々に任せて退場願えますか? あんまり余裕がないんですよ、我が部隊も」
カーズと二人の隊員がダグスとアルフレッドを守る為に取り囲んだ。
治安維持警備隊へ渡された対妖魔銃の試作品は一つ。驚くことにアングレイ商会は三つも手中に入れていた。
「ああ、餅は餅屋ってな。あんたらに任すさ。俺は不本意ながら、婿候補を助けに来ただけだからな」
ダグスは煙を吐きながらにっと笑い、アルフレッドの傷口に布をあてて思い切り縛った。鋭い痛みにアルフレッドは呻き声を上げる。きつい止血のお陰で傷口は痺れるような感覚に変わった。
「どうして……」
「ああ!? どうしてってのは俺の方が聞きてえや。ったくリルの奴は寄りによって俺と似たような男を選びやがって」
忌々しく毒づき、ダグスはアルフレッドの脇へ肩を入れて支える。こんな風にズタボロになってでも譲れないものの為に必死になった過去も、手に入れたものに有頂天になってやらかした失敗も、覚えが無いわけじゃなかった。
「下っ端だろうが商会の門戸を叩いた奴は身内の一人よ。ガントの奴が心配してたぞ、明日からの仕事はどうすんだってよ」
ガントはアルフレッドが頼み込んで働いていた商会の支部長の名前だった。門前払いをくらっても諦めず食い下がった彼を雇ってくれたのもガントだ。
「あの堅物が珍しく誉めてやがったからな。全部終わったら、取り敢えず仕事ぶりで示してみろや。婿に相応しいかどうかはその後見てやらあ」
不覚にもぐっと熱いものが胸を込み上げて、アルフレッドは唇を噛み締める。必死に打ち込んだ仕事と努力は無駄ではなかった。それを初めて誰かに認めて貰えたことに、目頭が熱くなる。
このまま助けられて棄てるつもりだった命を拾い、商会で真面目に働いてリルの横へ立てたならどんなにいいだろうと思った。アルフレッドは浮かんだ誘惑を頭を振って追い払う。
「それじゃ駄目なんだ。それが出来るなら俺はこんなところにいない」
出血で力の入らない体を捩り、ダグスの手を振り払おうとしたが、ぐいと掴み直された。
「へっ。心配すんなや」
リルと同じ緑の目が悪戯な光を灯し、くわえた煙草からゆっくりと煙が闇夜へくゆる。
「餅は餅屋っつったろう。そういうのは専門家に任せときゃあいいんでい」
歯を見せたダグスが顎で示した先から、低いエンジン音を響かせて新たな乱入者を迎えた。
二人乗りのオートバイと少女を背負った男だ。
「ミズホ国の妖魔狩り『珠玉』のコハク。専門家の中の専門家よお」
赤髪と黒衣を翻らせ、二人の人物が音もなく躍り出る。黒髪、黒衣に赤い帯、闇に浮かぶ白い相貌の中には黄褐色の瞳が燃えている。
赤髪の男から降り立つ少女は、思いの外小柄だった。
「やれやれ、やっとお出ましですか。ハヤミさんは?」
カーズはほっと息を吐いてコハクへ話しかけた。
この若い『珠玉』とは初顔合わせだが、妖魔狩りが来るまでの足止めに『デンキ』のハヤミと共闘することも度々ある。第二部隊にとっては世間一般の幻の宝石商よりも、依頼の仲介者兼妖魔狩りの『デンキ』として馴染み深いのだ。
「ハヤミは後から合流するわ。それよりも」
コハクは黄褐色に光る眼でざっと状況を確認する。コハクの瞳は現実の光景と共に、妖魔が能力使う際に発する妖気が視える。今も宿主の少女の五指から伸びる無数の糸が発する妖気により、闇に白く浮かび上がって視えていた。
空中に張り巡らされた糸は所々切れている。地面に転がる二人分の死体、断面は滑らかだ。
「随分と切れ味のいい糸ね。チェルシー、だったかしら?」
「だから何?」
問題は宿主の状態か。それにしても、とコハクは思う。妖魔の厄介さは身体能力もあるが、能力そのものだ。瞳の力でコハクにははっきりと視えているが、普通の人間には夜間な事もあり糸は不可視な筈。それにもかかわらず糸を断ち切った跡があること、死人の少なさに驚嘆する。
「敵いませんね、妖魔狩りには」
こちとら情報やら経験やらをフル動員して答えを導きだしたってのに、一目で看破するのかよ、とカーズは内心で毒づいた。
「なんにせよ、これで私らはお役御免ですか。やれやれ」
まあこれもいつもの事だ。高位妖魔の宿主相手に死人も怪我人も出なかったのだからめっけものだろう。第一部隊の連中は自業自得だ。
三年前は十一人もの部下がやられた。その前の時は十四人。民間の死傷者をいれれば四桁を越え、そこまで被害を出したというのに三年前などは取り逃がした。
「手伝いはいりますか?」
「必要ないわ」
「それは重畳」
カーズとコハクの身も蓋もない短いやり取りに、若い隊員が憤慨する。
「ちょっ! いいんすか、隊長!妖魔狩りだかなんだか知らねえっすけど、美味しいとこ横取りじゃないっすか!」
「だからお前はまだまだなんだよ」
隣の隊員が鼻息の荒い後輩の頭を片手で鷲掴みにして宥める。
「いつも隊員が言ってんだろ。手柄だの名誉だのちんけなプライドなんざ俺たちには要らねえ」
ぐしゃぐしゃと乱暴に頭を撫でて、次々と隊員たちが言葉を引き継いでいく。
「俺たちゃナナガ国の嫌われ第二部隊、ハナからそんなもん貰おうと思うな、だろ」
「耳タコ、耳タコ」
「そんなもんくれるくらいなら、危険手当弾めってもんよお」
違いないと笑う隊員たちの目は笑っておらず、油断なく少女の動向を注視していた。
「んなしょうもないもんの為に命を張るな。最終的に自分と隣の命一つくらい拾えりゃいいんだよってな!」
部下たちのやり取りに、全くこいつらには敵わないとカーズは思う。これだから一人の命も落とせないのだ。
正直、市民の安全だとか高位妖魔の被害だとかはカーズにとってどうでもよかった。カーズにとって重要なのは、任務を遂行し無事に隊員たちを家に帰すこと。その為にはあらゆる手段を講じるし、市民の誹謗中傷も甘んじて受け入れる。
「撤収だ、お前ら! 最後まで気を抜くなよ! 『珠玉』殿の邪魔にならない位置まで下がって援護と一般人が入り込まないように封鎖の二手に別れろ!」
「それも必要ないわ。カーズ隊長。一般人には踏み込ませないし、妖魔は逃がさない」
瞳の中の破片は先程から目まぐるしく乱舞していた。瞳の中の妖魔たちが、宿主の少女に潜む妖魔の気配を感じ取って落ち着かないのだ。
「第二部隊の皆様に敬意を」
コハクはカーズたちへ一礼してから瞳へ意識を割く。
「ここからは私の仕事。おいでチヅル」
『任しといて。といて』
コハクの瞳の破片が姿を変えて飛び出し、白く四角い紙が乱舞する。くるりと筒状になったそれは連結し、四つの棒となった。
白い棒は宿主の少女を囲む。当然のようにチェルシーは指を動かすが弾かれた。今度は集中して硬度を上げた糸を繰り出そうとするが、もう遅い。
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