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依頼1ー熱気と闇を孕む商業国ナナガ
想いのままに
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紙の棒が世界を隔て、チヅルの許可なき者を排除する。結界の中にはコハクとホムラ、アルフレッドとリル、そしてチェルシーだけとなった。
「アルフレッド!」
肩を支えていたダグスが消えて、崩れ落ちそうになるアルフレッドをリルが支えようとする。しかし成人男性の重みを受け止めきれずに二人してずるずると座り込んだ。
宿主の少女は攻撃もせずに、目を細めて二人を微笑ましそうに見ている。コハクは少女と少女の関係者である二人を黙って見守った。
「リル……」
アルフレッドはリルにまた会えたことが嬉しく、こんな情けない姿を晒すことが耐えがたくもあった。ついさっきまで命を捨てる覚悟でいたのに、予期していなかった色んな所から助けの手が伸びてくる。諦めていたあらゆることへの欲と希望が、また生まれて育ち始めたことへアルフレッドは戸惑った。
アルフレッドを支えたリルは、血に染まる彼の姿を見て息を飲む。
「酷い怪我を……」
「こんなものはどうってことない。それよりもどうしてここに」
リルのいつも綺麗に巻いている金髪は乱れ、あちこちに流れていた。ブラウスにはしわが目立ち、泣いたのか目元がほんのり赤く腫れている。常に身なりに気を使っていた彼女らしくない姿が、逆に可愛らしく感じてアルフレッドの心臓が波打った。
怪我をしたアルフレッドを支えるため、リルは彼に抱きついて体を密着させている。彼女の細く柔らかい体と体温、香りにどうしようもなく脳が沸騰する。今すぐ抱き締めて愛を告げてしまいたくなる。
同時に自分の血で赤く染まっていく彼女の服を見て、冷水を浴びせられた気分になった。お前は汚れている、一緒に居れば彼女も汚してしまうんだと言われている気がした。
だから何でもないと笑顔を作り、リルから離れようとそっと彼女の体を押した。
「俺は大丈夫だから。服が汚れてしまう」
「どうってことなんてないでしょう!服が汚れるなんてどうでもいいですわ!それと、どうしてここにって言うなら貴方が心配だったからです」
こんな時ですら自分のことを度外視するアルフレッドにリルは胸が締め付けられた。思えば彼はいつでもそうだった。いつも他人や先ばかり見て、自分自身や足下を見ていない。 彼の足下に転がる、彼女にはない宝物に気付いてほしくて、自分を大切にしてほしくて、リルはいつも取り繕うアルフレッドを否定してまわった。
「私に離れてほしいなら、そんな理由じゃ駄目です。私の事が嫌いで見るのも触られるのも嫌だというのなら、離れて差し上げます」
今も離そうとする彼を無視していっそう擦り寄った。我ながら可愛くない女だと思う。いちいち彼の言葉や態度に反発して逆の態度を取ってしまう。
「貴方がお金目当てに私を騙していることは知っていましたわ。他に女が沢山いることも。アングレイ商会の娘である私を見ていたことも分かっていますの」
嫌いだと拒絶されるのが怖い。お前なんか沢山の金づるの一人、あの優しさも全部嘘で、好きでも何でもないと言われるのが怖い。怖くて怖くて、アルフレッドの顔が見れなくて、リルは彼の胸に顔を押し付けた。吸い込んだ彼の匂いに胸が一杯になって泣きそうになる。
どくどくと早鐘を打つ彼の心音は、怪我のせいだろうか、少しはリルを意識してくれているのだろうか。
何度もデートを重ねたが、アルフレッドは一度もリルへ触れたことはなかった。せいぜい手を繋ぐ程度、それも人混みではぐれないようにだった。もしかするとリルを完全に子供扱いしていて、恋愛対象として見てもいないのかもしれない。
「それでも……それでも、私は貴方に『私』を見て欲しいんですの。アングレイ商会の娘じゃない、ただのリルとして、見て欲しいんです」
アルフレッドは自分の胸に顔を擦り寄せるリルに激しく動揺していた。今まで関係を持った女たちとは勝手が全く違う。こんなに切羽詰まった気持ちになどならなかったし、激しい感情に振り回されもしなかった。
「俺はずっと沢山の女に自分を切り売りして生きてきた汚い奴だ。俺は君を汚してしまうかもしれない。そればかりか、妹二人すら幸せに出来なかった男だ。地位も名誉も財力もない。君に相応しい男とはお世辞にも言えない」
触れてしまったら後戻りが出来なくなるからと、アルフレッドは彼女に触れないようにしていた。
こんな風にリルの方から触れてきたら逃げるに逃げられない。彼女の傍らにいてもいいのだろうか。幸せになってもいいのだろうかと思ってしまう。
駄目だ、チェルシーはどうなる。人の道を踏み外した妹たちに何もしてやれなかったアルフレッドだけが幸せを掴むのか。
この期に及んで迷いを見せるアルフレッドへ、コハクは溜め息を吐いた。仕方なしに会話へ割り込む。
「妹と妖魔は私に任せておきなさい。この私の矜持にかけて、どんな形であれチェルシーと妖魔は分離させる。貴方に出来ることはもうないのだから、貴方は貴方の問題を片付ければいいのよ」
それだけ言ってコハクは口をへの字に曲げ、黙りこんだ。瞳の中でスズを始めとする、人の恋路にやたらと首を突っ込みたがる妖魔たちが煩い。もうちょっと優しく励ましてあげようよとか、あらあらそんなだからいい人の一人もいないのよとか、勝手な事を言っている。
『いい加減にしないと怒るわよ』
コハクが内心で不機嫌に唸ると、ピタリとお喋りは止んで静かになった。他にどう言えばよかったと言うのだ。色恋沙汰などコハクにとって専門外もいいところなのだから、事実そのままを言ったまで。いい人がいないだどうのとは、余計なお世話だと思う。
コハクは頬を膨らませ八つ当たり気味にアルフレッドを睨んだ。
少女の激励だかプレッシャーだかを受けて、アルフレッドは腹を括る。
雰囲気が変わった事を感じて、リルは押し付けていた胸から顔を離しアルフレッドを見上げた。彼の熱のこもった眼差しにリルの頬が熱くなる。
「アルフレッド……」
「待て」
言いかけたリルの言葉を、アルフレッドは彼女の唇に人差し指をあてて遮る。
「その先は俺から言う」
散々色んな女から愛を囁かれたが、リルにだけは自分から言いたかった。
「俺は君を愛している。例え君を汚しても、相応しくなくても、もっと相応しい誰かがいるとしても、そいつには譲ってやらない。過去は変えられないが、君に相応しい男になってみせる」
右腕は痺れて動かないから、アルフレッドは片手で思い切り華奢な体を掻き抱く。
「今アングレイ商会の支部で働いている。下っ端の下っ端だがいつか必ず君に釣り合う所まで登ってみせると誓う。だから、俺の側にいてくれないか」
「はい。例え貴方が今日みたいに何処かへ行こうとしても追いかけて離しません」
リルは精一杯、背中へ回した腕に力を込めた。
「アルフレッド!」
肩を支えていたダグスが消えて、崩れ落ちそうになるアルフレッドをリルが支えようとする。しかし成人男性の重みを受け止めきれずに二人してずるずると座り込んだ。
宿主の少女は攻撃もせずに、目を細めて二人を微笑ましそうに見ている。コハクは少女と少女の関係者である二人を黙って見守った。
「リル……」
アルフレッドはリルにまた会えたことが嬉しく、こんな情けない姿を晒すことが耐えがたくもあった。ついさっきまで命を捨てる覚悟でいたのに、予期していなかった色んな所から助けの手が伸びてくる。諦めていたあらゆることへの欲と希望が、また生まれて育ち始めたことへアルフレッドは戸惑った。
アルフレッドを支えたリルは、血に染まる彼の姿を見て息を飲む。
「酷い怪我を……」
「こんなものはどうってことない。それよりもどうしてここに」
リルのいつも綺麗に巻いている金髪は乱れ、あちこちに流れていた。ブラウスにはしわが目立ち、泣いたのか目元がほんのり赤く腫れている。常に身なりに気を使っていた彼女らしくない姿が、逆に可愛らしく感じてアルフレッドの心臓が波打った。
怪我をしたアルフレッドを支えるため、リルは彼に抱きついて体を密着させている。彼女の細く柔らかい体と体温、香りにどうしようもなく脳が沸騰する。今すぐ抱き締めて愛を告げてしまいたくなる。
同時に自分の血で赤く染まっていく彼女の服を見て、冷水を浴びせられた気分になった。お前は汚れている、一緒に居れば彼女も汚してしまうんだと言われている気がした。
だから何でもないと笑顔を作り、リルから離れようとそっと彼女の体を押した。
「俺は大丈夫だから。服が汚れてしまう」
「どうってことなんてないでしょう!服が汚れるなんてどうでもいいですわ!それと、どうしてここにって言うなら貴方が心配だったからです」
こんな時ですら自分のことを度外視するアルフレッドにリルは胸が締め付けられた。思えば彼はいつでもそうだった。いつも他人や先ばかり見て、自分自身や足下を見ていない。 彼の足下に転がる、彼女にはない宝物に気付いてほしくて、自分を大切にしてほしくて、リルはいつも取り繕うアルフレッドを否定してまわった。
「私に離れてほしいなら、そんな理由じゃ駄目です。私の事が嫌いで見るのも触られるのも嫌だというのなら、離れて差し上げます」
今も離そうとする彼を無視していっそう擦り寄った。我ながら可愛くない女だと思う。いちいち彼の言葉や態度に反発して逆の態度を取ってしまう。
「貴方がお金目当てに私を騙していることは知っていましたわ。他に女が沢山いることも。アングレイ商会の娘である私を見ていたことも分かっていますの」
嫌いだと拒絶されるのが怖い。お前なんか沢山の金づるの一人、あの優しさも全部嘘で、好きでも何でもないと言われるのが怖い。怖くて怖くて、アルフレッドの顔が見れなくて、リルは彼の胸に顔を押し付けた。吸い込んだ彼の匂いに胸が一杯になって泣きそうになる。
どくどくと早鐘を打つ彼の心音は、怪我のせいだろうか、少しはリルを意識してくれているのだろうか。
何度もデートを重ねたが、アルフレッドは一度もリルへ触れたことはなかった。せいぜい手を繋ぐ程度、それも人混みではぐれないようにだった。もしかするとリルを完全に子供扱いしていて、恋愛対象として見てもいないのかもしれない。
「それでも……それでも、私は貴方に『私』を見て欲しいんですの。アングレイ商会の娘じゃない、ただのリルとして、見て欲しいんです」
アルフレッドは自分の胸に顔を擦り寄せるリルに激しく動揺していた。今まで関係を持った女たちとは勝手が全く違う。こんなに切羽詰まった気持ちになどならなかったし、激しい感情に振り回されもしなかった。
「俺はずっと沢山の女に自分を切り売りして生きてきた汚い奴だ。俺は君を汚してしまうかもしれない。そればかりか、妹二人すら幸せに出来なかった男だ。地位も名誉も財力もない。君に相応しい男とはお世辞にも言えない」
触れてしまったら後戻りが出来なくなるからと、アルフレッドは彼女に触れないようにしていた。
こんな風にリルの方から触れてきたら逃げるに逃げられない。彼女の傍らにいてもいいのだろうか。幸せになってもいいのだろうかと思ってしまう。
駄目だ、チェルシーはどうなる。人の道を踏み外した妹たちに何もしてやれなかったアルフレッドだけが幸せを掴むのか。
この期に及んで迷いを見せるアルフレッドへ、コハクは溜め息を吐いた。仕方なしに会話へ割り込む。
「妹と妖魔は私に任せておきなさい。この私の矜持にかけて、どんな形であれチェルシーと妖魔は分離させる。貴方に出来ることはもうないのだから、貴方は貴方の問題を片付ければいいのよ」
それだけ言ってコハクは口をへの字に曲げ、黙りこんだ。瞳の中でスズを始めとする、人の恋路にやたらと首を突っ込みたがる妖魔たちが煩い。もうちょっと優しく励ましてあげようよとか、あらあらそんなだからいい人の一人もいないのよとか、勝手な事を言っている。
『いい加減にしないと怒るわよ』
コハクが内心で不機嫌に唸ると、ピタリとお喋りは止んで静かになった。他にどう言えばよかったと言うのだ。色恋沙汰などコハクにとって専門外もいいところなのだから、事実そのままを言ったまで。いい人がいないだどうのとは、余計なお世話だと思う。
コハクは頬を膨らませ八つ当たり気味にアルフレッドを睨んだ。
少女の激励だかプレッシャーだかを受けて、アルフレッドは腹を括る。
雰囲気が変わった事を感じて、リルは押し付けていた胸から顔を離しアルフレッドを見上げた。彼の熱のこもった眼差しにリルの頬が熱くなる。
「アルフレッド……」
「待て」
言いかけたリルの言葉を、アルフレッドは彼女の唇に人差し指をあてて遮る。
「その先は俺から言う」
散々色んな女から愛を囁かれたが、リルにだけは自分から言いたかった。
「俺は君を愛している。例え君を汚しても、相応しくなくても、もっと相応しい誰かがいるとしても、そいつには譲ってやらない。過去は変えられないが、君に相応しい男になってみせる」
右腕は痺れて動かないから、アルフレッドは片手で思い切り華奢な体を掻き抱く。
「今アングレイ商会の支部で働いている。下っ端の下っ端だがいつか必ず君に釣り合う所まで登ってみせると誓う。だから、俺の側にいてくれないか」
「はい。例え貴方が今日みたいに何処かへ行こうとしても追いかけて離しません」
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