琥珀の夢は甘く香る ~アンバーの魔女と瞳に眠る妖魔の物語~

遥彼方

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依頼2ー無気力の蔓延る科学国家マギリウヌ国

科学技術長官

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 昨日のことを思うと少し気が重い。
 コハクはドアをノックすることをほんの少し躊躇い、深呼吸してから二度叩いた。「はい」といういらえがあってから、数秒後に扉が開く。

「おはようございます。今日はよろしくお願いします」
「おはよう」
 少し固い表情で礼儀正しく頭を下げる青年に、コハクはやはり素っ気ない一言しか返せなかった。

 今日はハルは瞳の中で、代わりにいるのは可憐な笑顔を振り撒くシオリだった。本当はハルと一緒に行こうとしたのだが、「気まずいのは懲り懲りだよっ!勘弁して」と断られてしまったのだ。

「おはようございます。ポルクスさん。お久しぶりね」
 シオリは結った銀髪と飾り紐を揺らして会釈をした。ふふふっと軽やかに笑って小首を傾げる。

「あ、はい。ええと、シオリさん、お久しぶりです」
 青年は少し戸惑ったように挨拶をする。ハルとホムラという見慣れた者がいないことに違和感があるのだろう。ホムラは念の為にトラメの護衛へ回ってもらったのだ。

「では、いきましょうか」
 白衣を着た中年女性に案内され、建物の外に出て入口に待機していた車に乗り込む。ナナガ国では見ない大きな自動車の後部座席には、既にアウリム科学技術長官がつまらなさそうに座っていた。艶のない少し癖のある白髪、緑がかかった青色の瞳のアウリムは、コハクとポルクスを見ると目を輝かせた。

「へええ、君がポルクス・キングスかあ」
 問答無用でポルクスの腕を引いて自分の側に引っ張り込む。そのままぺたぺたとあちこちを触られてポルクスは鳥肌を立てた。距離を取ろうとするけれど、狭い車内では叶わない。胸元のミソラに伸びた手だけは阻止しようと、アウリムの枯れ木のような手を掴むが、老人の癖に思いの外力が強くて焦る。

「アウリムさん、ちょ、ちょっとストップ!」
 慌てたポルクスは思わずため口でアウリムを止めてしまった。ポルクスの立場からだと、それではいけないのだが気持ち悪いものは仕方がない。それにラナイガからは、子供のまま老人になったような人物と聞いているから、恐らく言葉遣いなど気にしない筈だ。

 予想通りアウリムはポルクスの言葉遣いなど気にしていない様子、いやそもそも制止の言葉そのものを聞いていないようだった。全く力を弛めることなくポルクスの手をぐいぐい押してくる。

『いい加減にっ……』
「その辺にしておきましょ?」

 ミソラが怒気を込めた声を上げるのと同時にシオリがたしなめ、アウリムの手がくいっと後ろに引かれた。

「ほうほう、これはこれは」
 アウリムの青緑の目が、自分の手に向けられる。押したり引いたりを試した後、シオリを見て嬉しそうに笑った。

「成る程、成る程。手が引っ張られたねえ。目には見えないが……推測するに糸かなあ?」
「そうよ、おじいさん」
「素晴らしい!」
 アウリムは新しい興味の対象に目を爛々とさせて、今度はシオリへにじり寄ろうとしたが、糸のせいで動けない。

「糸の強度は? どこから出す? 範囲は?」
 糸の拘束など頓着していないようで、矢継ぎ早に質問しながら身を乗り出すアウリムに、シオリは嫌悪の表情を浮かべた。

「コハク、このおじいさん気持ち悪いわ。ばらばらにしてもいいかしら」
「それは駄目よ」
 シオリに駄目だと言うコハクの顔も渋面だ。

 結局、アウリム科学技術長官は白衣を着た中年の科学者から、研究所に着くまでは大人しくしていようと宥められて、なんとか後部座席に納まった。


 研究所は素気ない建物だった。無機質で四角い壁に飾り気のない外観、窓は機能性重視で、扉はほとんどが自動だった。最初に通されていた官邸でも自動の扉はあり、通る度にポルクスは驚いていたのだがやはり慣れない。
「マギリウヌ国の扉はこれが普通よ」
 毎回驚きに目を丸くして扉を眺める新米隊員に、コハクは見かねて声をかけた。

「う、そうですよね。慣れる努力はします」
 ばつの悪そうな表情で頷く青年の普段と変わらない態度に、コハクは内心でほっとする。昨日の問答で青年に線を引かれ、以前と同じように接することが出来るか不安だったのだ。
 とはいえ根本的な問題は解決していないし、コハクの中でも打開策など浮かんでいない。五日間の滞在期間の中で見つかるといいのだけれど、とコハクは思う。

 通されたのはかなり広い部屋だった。金属製の棚にびっしりと詰め込まれた本やファイル、同じく金属製の机が幾つも並んでいる。机の上には本や書類が散乱していて、四角い機械も何台か置いてあった。壁には大きくて白い板が据え付けられ、びっしりと数式やらなにやらが書かれている。
 アウリムは部屋を横切り奥の扉を開く。その扉は手動のものだった。

「実験の為に捕まえた宿主だよお」
 自慢の玩具を見せる子供の笑顔で、アウリムがコハクたちを振り返った。
 扉の向こうは三つの檻があり、その中の一つに一人の少女が蹲っていた。

 手足を鎖に繋がれ、檻の隅に膝を抱いて蹲る少女は、扉が開いたことでのろのろと顔を上げる。アウリムを見ると恐怖を顔に貼り付けた。

「やだ、今度は何をするの?」
  がちゃがちゃと鎖を鳴らして怯える少女の姿に、金髪の青年の鋭く息を吸った音が、コハクの耳にも届く。咄嗟にコハクは青年の前に手をかざした。檻に駆け寄ろうとした青年の動きが止まる。

「この子に何をしたんですか」
 ポルクスは怒りに震える声を絞り出した。
「うん? 決まってるだろお。どうすれば妖魔の力が高まるかの実験だねえ」
 青年の怒りなど目に入っていないアウリムは、よくぞ聞いてくれたと両手を広げた。

「この国は妖魔も宿主も少ないし、高位妖魔も何十年と出ていない。なら造るしかないと思ってねえ。しかしこれが中々上手くいかないんだよ。ミズホ国にはノウハウがあると聞いたけど、教えてくれないかなあ?」
「ミズホ国にあるのはノウハウなどではないわ。ただの先人の失敗よ。私には教えるつもりも権限もない」

 淡々としたコハクの答えに、アウリムは大袈裟に肩を落とした。しかし直ぐに顔を上げ、今の落胆など忘れたようにぶつぶつと説明、というよりも独り言を始める。

「どうすれば高位妖魔を造れるか。妖魔とは何か。それは人間の罪。罪が重ければ力を増す。重い罪、罪の重さ。罪、罪、罪、罪、罪とは何ぞや? 何が決める? 法か? いいや、それだと説明がつかない事例がある。認識だ! 認識! 人間の認識がなければ罪は生まれない!」

 白衣の科学者が、がらがらと白い板を持ってきた。アウリムは胸元からペンを引き抜き、そこへ殴り書いた。短い言葉の羅列と意味の分からない数式が白い板を混沌に染める。
 アウリムの取り止めがあるのかないのか分からない呟きと、ペンの走る音、少女の小さな唸り声が暫し場を支配した。
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