琥珀の夢は甘く香る ~アンバーの魔女と瞳に眠る妖魔の物語~

遥彼方

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依頼2ー無気力の蔓延る科学国家マギリウヌ国

ラナイガの爪

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 ちらりとコハクは隣の青年を見上げる。元々白い肌を蒼白にしたポルクスは、唇を引き結んでアウリムと少女を見ていた。

「まだ僕の質問の答えを貰ってません。この子に何をしたんですか」
 アウリムは、自分の思考と白い板へ書き込むことに夢中で、青年の言葉など耳に入っていない様子だった。

「長官、アウリム科学技術長官。質問されていますよ」
 白い板を持ってきた中年の科学者がアウリムの肩を叩いた。

「うん? ああ、質問かなあ?」
「この子に何をしたのかお聞きしたいんです」
 ポルクスはもう一度辛抱強く質問を繰り返す。完全に無視されたことで、逆に冷静さを少し取り戻した。そうだ、この人は良くも悪くも自分に素直なだけだ。そう割りきって対応すればいい。

「何をした? ああ、実験の内容かなあ? 罪が認識される。それは自分が罪を犯したと認識した時、他人がこいつは悪いと認識した時だ」
 白い板からペンを離し、アウリムはぐるりと少女の方を向いた。

「この少女は自分の母親を刺し殺した。父親も刺し殺させたらどうなるだろう?しかし罪を犯してもいない父親を実験には使えないそうだ。なんと残念なことだろうねえ」

  心底残念そうに首を振るアウリムは、自分の言っていることが分かっているのだろうか。多分、本当の意味では分かっていないのだろうとポルクスは思う。

「仕方がないから再生能力の実験をしてみた。従来の小銃で体のあらゆる箇所を撃ってみたり、直接頭蓋を開いてみたんだがね。どれも人間にはない再生能力だったよ。しかしそれだけでは今までのデータと大して変わらない。つまらない結果だよお。ああ、ちなみに頭蓋を開けると、宿主と普通の人間に面白い違いがあるのだけれどねえ」

「僕が彼女と妖魔を分離させるまで、その実験はやらないで下さい。分離してしまえば彼女は普通の人間ですよね? 家に帰してあげて下さい」

 放っておくと際限がなさそうなアウリムの言葉を遮って、ポルクスは自分の要求を言った。きょとんとこちらを見る青緑の目を、挑むように見返す。

「へえええ」
 にたりとアウリムが満面の笑みになった。興味の対象がこちらに移ったのだ。

 この人と渡り合わなくてはならないのかと、ポルクスは汗をかいた手のひらをぎゅっと握る。心を落ち着けようと深呼吸すると共に、ラナイガとの会話を思い出した。


「いいですか、ポルクス君」
 マギリウヌ国への旅路の最中、鉄道を使っての車内で何故か常にラナイガと同席だった。

 国の最高権力者と同席など、ポルクスにとって罰ゲームでしかない。流石にナナガ国国王は別の車両を貸し切っていたのと、ラナイガ本人は人当たりのいい好好爺なのが救いだった。前後の席を埋める警備の第一部隊の存在がどうにも落ち着かなかったけれど、こればかりは仕方がない。

「戦いだろうとスポーツだろうと、交渉事だろうと基本は同じ。自分の出来ること、出来ないこと、持っている武器、自分自身を知り限りなく生かす。これに尽きるんですねえ。ええ」
「自分の持っている武器、ですか?」
 そう言われてポルクスは困った。別に口が上手いわけでも頭が回る訳でもない。特技と云えるものもなし、だ。

「強みとも言いますね。ええ。君の場合、まずは擬似的とはいえ妖魔を使役し、『石』へと変えられる。これは間違いなく武器の一つでしょう。それとね、もっと大きな武器がある」
 何だろうと身構えて背筋を正したポルクスの目の前で、ラナイガは急に苦しそうに胸を押さえた。

「あたたたたっ」
「大丈夫ですかっ!」
 慌ててポルクスは座席から腰を上げ、ラナイガの側にひざまづいて顔を覗き込んだ。元気そうに思っていたがラナイガは高齢だ。持病の一つでもあったのかもしれない。

「胸が苦しいんですか!?」
 心配で胸が縮み上がった心地のポルクスの首筋に、ひたりと冷たい感覚が走った。

「油断しましたねえ」
 首に当てられた小振りだが切れ味の良さそうなナイフと、まぶたとしわに埋没した灰色の目が笑いの形をしているのが現実感を何処かへやる。

「あ、あの。……どういうことでしょうか?」
 どっと出てくる冷や汗を自覚しながら、ポルクスは恐る恐るラナイガに真意を問うた。ラナイガはほっほっと笑い、ナイフを引いて座席に座り直した。

「どういうことだと思いますか?」
「さっぱり分かりません」
 本当にさっぱり分からない。というよりも目の前のラナイガが急に怖くなった。やっぱり罰ゲームだ。出来ることなら車内の端っこで一人で座っていたい。

「正直で宜しい。それも君の強みの一つでしょうねえ。ええ」
 青くなったポルクスを見て、ラナイガは愉快そうにほっほっと笑う。

「私は見ての通りお爺さんで、別に格闘技も何も出来やしません。普通にナイフで君を刺そうとしたら難しいと思いませんか?」
「はあ」
「しかし、この見た目ですからね。ちょいと演技をすればさっきの通り。ええ、ええ。油断してくれる訳ですねえ」
 好好爺の笑みの中、片目だけがきらりと光を放ってポルクスは身震いをした。本気で帰りたくなってきて、どうしようと思う。

「老人という一見不利な要素を利点に変える。これが私の強みですねえ。ええ、ええ。これを踏まえて君の強みは何でしょう?」
 そう言われてポルクスは考え込んだが、思い当たらない。

「すみません、分かりません」
 情けなく眉と目尻を垂れさせて、ポルクスはありのままを答えた。

「ほっほっほっ、そういう所が君の弱点であり、強みだということですよ」
 そう言われてもよく分からなくて首を捻るばかりだ。なぜ弱点が強みになるのだろうかと、百戦錬磨の小さな老人を見つめるが、答えなど書かれていない。

「君は馬鹿正直だ。だからこそ、信用されるんですねえ。妖魔が君の説得で『石』になるのもそう、今君の懐にいる彼女も、君の純粋さに惹かれてそこにいる。人の信頼を勝ち取るということは、実はとても難しいことなのですよ」

「信頼を勝ち取る……僕がですか?」
「ええ、ええ。どうやら自覚なしのようですねえ。ま、君はその方がいいでしょうね」

 ラナイガは優しい笑みをポルクスに向けているが、もう騙されないぞと背筋を張った。

「そんなに気を張らなくても大丈夫ですよ。君はそのままの方が切り札となり得る。ええ、ええ。私からのちょっとした助言として心の隅に留めておきなさい」

 またほっほっと笑ったラナイガは、それからは普通の好好爺だった。聞き上手、話し上手なラナイガによって穏やかな世間話が進み、気が付くとポルクスの緊張も解けていた。

 もう一度同じような手に引っ掛かって、ラナイガに面白がられたのは余談だ。
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