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第一章:リスタート

終わりと始まり 4

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 麗子の声が届いたのか、ぴくり、とセスの指先が動いた。ぐぐっとぎこちなく体を起こす。

「逃げ……て、下さい、お嬢様」

 撃たれたのに。死が迫っているのに。セスはそう言って、微笑んだ。
 いつものように、優しい顔で。

 ――こんな時でも、麗子を気遣って。

 突然、セスが飛びあがるように立ち上がった。麗子の目が自分の前に割り込むセスを追いかける。大きく手を広げて立つセスの背中。その向こうには銃を構える貴族の男。

 ガウン。二度目の銃声が鳴った。セスの体が大きく跳ねて、どさりと倒れる。

「あ……あ、ああ、ああああああああっ」

 麗子の中の何かが切れた。

「いやぁぁあああっ、セス、祐助っ、セスッセスッ、ゆうすけぇぇっ」

 狂ったように名を呼び、ずりずりと這って近付く。もはやセスなのか祐助なのかも、混ざってしまっている。目の前に倒れているのは、麗子の為に命を賭けてくれた男。麗子を愛してくれた男。

 唯一の、人。

「返事、しなさいよ。してよ、馬鹿。お願いよぉ」

 麗子の懇願に男は答えない。顔色は蒼白く、瞳は虚ろだ。ガラスのような男の瞳に、地面を這いながら顔をくしゃくしゃにして泣きじゃくる女が映りこんでいた。

 どうして自分は、今になって。

 もっと優しくすれば良かった。信じれば良かった。どんなに我儘を言っても、冷たい言葉を吐きかけても、裏切らなかったのに。

 馬鹿だ。本当に馬鹿だ。失ってから気づくなんて。貴方がこんなにもかけがえのない人だったって、大切な人だったって。

 這いずっていた麗子の手が男に届く。自分の体を男に寄せながら、麗子は男の体を宝物のように抱いた。

「本当に馬鹿なのは、私、ね」

 震える両手で男の頭を持ち上げて、膝に乗せる。
 光のない虚ろな瞳に映りこむ、麗子の顔。それを見ているうちに顔はどんどん大きくなっていき、はっと気が付いたときには、近づきすぎた彼の頬に涙が一滴落ちた。

 それがどうしようもなく悲しくて、愛しくて。
 麗子はそっと涙を拭うと、まだ温かい唇に自分の唇を重ねる。

 彼と初めてするキスは、涙と血と死の味だった。

「この、雌犬めが。薄汚い犬をたぶらかしおって、来い!」

 ぐいっと乱暴に腕を掴まれ、引っ張り上げられた。

「薄汚いのは、お前だ! よくもっ」

 愛しい人を殺したこの男を、許さない。
 愛しい人以外が自分に触れるのを許さない。

 膝に乗せていた男の体をしっかりと掴んで放さず、麗子は貴族の男の腕に思い切り噛みついた。

「がぁっ」

 たまらず貴族の男が麗子を突き飛ばす。
 貴族の男にまとわりつく影が濃くなった。ザザザザッというノイズも大きくなる。

「このっ、クソ女がぁ、死ねェッ」

 貴族の男が唾を飛ばして叫び、麗子に銃口を向ける。

 ダガン。

 銃声が響き血飛沫が散った。胸に灼熱が走った。
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