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第一章:リスタート
終わりと始まり 5
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「ああ……」
赤く染まりゆく思考が勝手にぐるぐると回る。
こんな筈ではなかったのに。自分と違い、貴方はもっと幸せになるべき人だったのに。
神様、仏様。なんでもいい。どんな存在でもいいから、この人だけは助けてやって。自分の命ならくれてやるから。お願い。
麗子は死んだ愛しい男の上に突っ伏した。男が流した血と、麗子から流れた血が混ざっていく。
祈っても奇跡は起きない。
男はもう死んでいる。死を覆すなど、神でも出来ないだろう。してはいけないだろう。
こんな自分の祈りなんて神に届かない。届いたことなんてない。
麗子は神に愛されるような人間じゃなかった。悪役令嬢のイザベラも同じ。
――いいえ。貴女は愛されていた――。
聞こえたのは都合のいい幻聴か。
なんておかしな幻聴だろう。愛されていたなら、こんなことにならなかった。
なによりも。彼をこんな形で死なせなかった。
――愛されてなどいるものか。祈りなど無意味。救いもなく、救えもせず、死ね――
ノイズが呪詛の形になって麗子の心に語りかける。貴族の男に重なる影はもはや完全に男を覆い隠し、それだけでは飽き足らないとばかりに広がり、麗子をも覆い尽くそうと迫った。
「死ね。絶望にまみれて。死ね。死ね、死ね、死ね、死ね!」
男の叫びは、ノイズが酷くて聞こえない。昔のテレビの砂嵐のような音が鳴り響き、黒い影が麗子の思考を侵していく。
――魔……呪……断ち切……ば……――
手足に感覚がなくなり、視界も暗い。ノイズが酷い。ノイズ、ノイズ、ノイズ、ノイズ。頬に当たる男の胸の感触もゆっくりと消えていく。赤が、黒に沈んでいく。
死は覆らない。
ふいに、ノイズが止んだ。
――もう一度、やり直すことを望みますか?――
刹那の間隙。
やり直す? やり直せるなら。次があるなら。次こそ。
麗子は祈った。
次こそ、あなたが幸せになりますように、と。
――愛し子よ。その祈り、必ず――。
それを最後に、麗子の何もかもが黒に没した。
※※※※
胸の真ん中で鼓動が波打っている。胸が上下している。手足があると認識し、体が温かいとぼんやりと感じる。
「……嬢様……イザベラお嬢様……」
誰かに呼ばれて、意識がすうっと上がっていく。心地よい、聞き覚えのある声だ。けれど、泣きたくなる。
黒に白が混ざり、少しずつ白が勝っていく。黒が極限まで薄まり、白銀に輝く。この色は、大切な人の色。
ああ、早く。目を覚まさなくては。
「お嬢様。良かった。目が覚めたのですね」
目を開けた麗子の視界に、ほっとしたように微笑む顔が飛び込んできた。血色のいい、直前の記憶よりも幼いセスの顔が。
「セスッ……ゆ、うすけっ」
ベッド脇にかがむ彼に手を伸ばした。彼の首に手を回し、ぎゅうっと抱きしめる。
温かい。……温かい。
溢れて止まらなくなった自分の涙も、温かかった。
「ど、どうなさいました、お嬢様」
おろおろとうろたえる彼の首元に顔を押し付けて、麗子は誓った。
今度こそ、この人を幸せにしてみせる、と。
赤く染まりゆく思考が勝手にぐるぐると回る。
こんな筈ではなかったのに。自分と違い、貴方はもっと幸せになるべき人だったのに。
神様、仏様。なんでもいい。どんな存在でもいいから、この人だけは助けてやって。自分の命ならくれてやるから。お願い。
麗子は死んだ愛しい男の上に突っ伏した。男が流した血と、麗子から流れた血が混ざっていく。
祈っても奇跡は起きない。
男はもう死んでいる。死を覆すなど、神でも出来ないだろう。してはいけないだろう。
こんな自分の祈りなんて神に届かない。届いたことなんてない。
麗子は神に愛されるような人間じゃなかった。悪役令嬢のイザベラも同じ。
――いいえ。貴女は愛されていた――。
聞こえたのは都合のいい幻聴か。
なんておかしな幻聴だろう。愛されていたなら、こんなことにならなかった。
なによりも。彼をこんな形で死なせなかった。
――愛されてなどいるものか。祈りなど無意味。救いもなく、救えもせず、死ね――
ノイズが呪詛の形になって麗子の心に語りかける。貴族の男に重なる影はもはや完全に男を覆い隠し、それだけでは飽き足らないとばかりに広がり、麗子をも覆い尽くそうと迫った。
「死ね。絶望にまみれて。死ね。死ね、死ね、死ね、死ね!」
男の叫びは、ノイズが酷くて聞こえない。昔のテレビの砂嵐のような音が鳴り響き、黒い影が麗子の思考を侵していく。
――魔……呪……断ち切……ば……――
手足に感覚がなくなり、視界も暗い。ノイズが酷い。ノイズ、ノイズ、ノイズ、ノイズ。頬に当たる男の胸の感触もゆっくりと消えていく。赤が、黒に沈んでいく。
死は覆らない。
ふいに、ノイズが止んだ。
――もう一度、やり直すことを望みますか?――
刹那の間隙。
やり直す? やり直せるなら。次があるなら。次こそ。
麗子は祈った。
次こそ、あなたが幸せになりますように、と。
――愛し子よ。その祈り、必ず――。
それを最後に、麗子の何もかもが黒に没した。
※※※※
胸の真ん中で鼓動が波打っている。胸が上下している。手足があると認識し、体が温かいとぼんやりと感じる。
「……嬢様……イザベラお嬢様……」
誰かに呼ばれて、意識がすうっと上がっていく。心地よい、聞き覚えのある声だ。けれど、泣きたくなる。
黒に白が混ざり、少しずつ白が勝っていく。黒が極限まで薄まり、白銀に輝く。この色は、大切な人の色。
ああ、早く。目を覚まさなくては。
「お嬢様。良かった。目が覚めたのですね」
目を開けた麗子の視界に、ほっとしたように微笑む顔が飛び込んできた。血色のいい、直前の記憶よりも幼いセスの顔が。
「セスッ……ゆ、うすけっ」
ベッド脇にかがむ彼に手を伸ばした。彼の首に手を回し、ぎゅうっと抱きしめる。
温かい。……温かい。
溢れて止まらなくなった自分の涙も、温かかった。
「ど、どうなさいました、お嬢様」
おろおろとうろたえる彼の首元に顔を押し付けて、麗子は誓った。
今度こそ、この人を幸せにしてみせる、と。
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