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第一章:リスタート
リスタート
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突然の麗子の抱擁に、セスの体が固まる。体の横でうろうろとさまよっているセスの手が、視界の端に見え隠れした。
「あ、ああ、あの、イザベラお嬢様? 一体どうされたのですか? ユウスケ、とは誰です?」
よほど焦ったのか、耳元で響く声は上ずり、どもっている。声も記憶より高い。
――イザベラお嬢様――。
セスにそう呼ばれたことで意識が切り替わる。
今の麗子はイザベラだ。麗子の記憶を持った悪役令嬢のイザベラ。
そしてこの少年はセス。二人とも性格と行動は似ていたが、裕助とセスは別人だ。混同するなんてどうかしている。
「……どうもしていない。何でもないわ。寝ぼけていただけよ」
本当に何でもないのなら、セスの体を離せばいいのに。離すどころかイザベラの手に力がこもった。
離したくない。
抱きついているセスの肩幅も厚みも、背負われた時より一回りほど狭くて薄い。
そう、逃げるために、背負われた時よりも――。
脳裏に直前の記憶が蘇り、イザベラは震えた。勝手に涙があふれて止まらない。
血の気を失って蒼白くなっていた顔。
ガラス玉のようになっていた瞳。
温かさが残っているのに、動かない体。
――柔らかいのに、濃厚な死の味しかしなかった唇。
ただ事でないイザベラの様子を感じ取ったのだろう。セスが強引にイザベラの手を掴んで引き離した。
少し癖のある柔らかな銀髪の下から青い瞳がこちらを探る。イザベラの涙を確認して、男にしては線の細い顔立ちに心配そうな色が浮かんだ。
「お嬢様、顔色が真っ青です。とにかくお医者様を呼んでまいります」
「あっ」
するりとセスが体を引き、立ち上がった。
引き留めようと思わず伸ばしたイザベラの手は、空を切る。
「大丈夫です。すぐに戻ってまいりますから」
素早く一礼し、扉を開けると出て行ってしまった。
パタン、と軽い音を立てて扉が閉まると、イザベラはあげていた手を力なく下ろした。出ていったばかりなのに、今すぐ戻ってきてはくれないかと、扉を眺める。
セスが側にいない。たったそれだけのことが、なんだか酷く頼りなくて、心細かった。
下ろしていた腕を上げて、上半身を起こした姿勢で自身の体を抱く。自分自身の体の温もりにほっと息を吐いた。
「私……生きてる……? どうして……あれは、夢?」
自分自身の五感がなくなっていく、死の感覚。
決して夢などではない。
「あれが夢なんて、有り得ない。あんな、あんな感覚が夢だなんて、ない。なら、どうして生きているの?」
麗子……いや、イザベラは死んだはず。イザベラだけではない。セスも。
「あ、ああ、あの、イザベラお嬢様? 一体どうされたのですか? ユウスケ、とは誰です?」
よほど焦ったのか、耳元で響く声は上ずり、どもっている。声も記憶より高い。
――イザベラお嬢様――。
セスにそう呼ばれたことで意識が切り替わる。
今の麗子はイザベラだ。麗子の記憶を持った悪役令嬢のイザベラ。
そしてこの少年はセス。二人とも性格と行動は似ていたが、裕助とセスは別人だ。混同するなんてどうかしている。
「……どうもしていない。何でもないわ。寝ぼけていただけよ」
本当に何でもないのなら、セスの体を離せばいいのに。離すどころかイザベラの手に力がこもった。
離したくない。
抱きついているセスの肩幅も厚みも、背負われた時より一回りほど狭くて薄い。
そう、逃げるために、背負われた時よりも――。
脳裏に直前の記憶が蘇り、イザベラは震えた。勝手に涙があふれて止まらない。
血の気を失って蒼白くなっていた顔。
ガラス玉のようになっていた瞳。
温かさが残っているのに、動かない体。
――柔らかいのに、濃厚な死の味しかしなかった唇。
ただ事でないイザベラの様子を感じ取ったのだろう。セスが強引にイザベラの手を掴んで引き離した。
少し癖のある柔らかな銀髪の下から青い瞳がこちらを探る。イザベラの涙を確認して、男にしては線の細い顔立ちに心配そうな色が浮かんだ。
「お嬢様、顔色が真っ青です。とにかくお医者様を呼んでまいります」
「あっ」
するりとセスが体を引き、立ち上がった。
引き留めようと思わず伸ばしたイザベラの手は、空を切る。
「大丈夫です。すぐに戻ってまいりますから」
素早く一礼し、扉を開けると出て行ってしまった。
パタン、と軽い音を立てて扉が閉まると、イザベラはあげていた手を力なく下ろした。出ていったばかりなのに、今すぐ戻ってきてはくれないかと、扉を眺める。
セスが側にいない。たったそれだけのことが、なんだか酷く頼りなくて、心細かった。
下ろしていた腕を上げて、上半身を起こした姿勢で自身の体を抱く。自分自身の体の温もりにほっと息を吐いた。
「私……生きてる……? どうして……あれは、夢?」
自分自身の五感がなくなっていく、死の感覚。
決して夢などではない。
「あれが夢なんて、有り得ない。あんな、あんな感覚が夢だなんて、ない。なら、どうして生きているの?」
麗子……いや、イザベラは死んだはず。イザベラだけではない。セスも。
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