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第一章:リスタート

今はいつ?

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 ぶるりと大きく体を震わせ、死の手触りにざらつく気持ちを追い払った。過去に折り合いをつけ、無理矢理に意識を現在に向ける。
 あの時の感覚は、ずっと引きずるには恐ろしすぎる。いつまでも向けていられない。

「さっきのセスは、まだ少年だったわ」

 ぶつぶつと呟いて現状の整理をする。そうして今の自分の状況を推測していく。でないと、感情の波にさらわれそうだった。

 自分のいる部屋をイザベラは見渡した。
 部屋にはちゃんと見覚えがある。カーテンのかかった大きな窓、品のいい調度品。公爵家の自室ほどではないが、一人部屋としては十二分に大きな部屋。
 ここは王都にあるクラーク学園の寮。主に貴族の子息子女、中には王族も通う由緒ある学園だ。イザベラも12歳から三年間通い、卒業したはずの学園寮の部屋に今いる。

「これは、時間が巻き戻っている……?」

 ずっと寝ていたからか、声が酷くしゃがれていた。

「ゴホッゴホゴホ」

 痰の絡む湿った咳が出た。喉も痛い。頭痛はないが、少しクラクラとする。風邪の症状だ。

 そういえばイザベラは、学園の寮生活を始めてから半年ほどして、高熱を出して寝込んだことがある。

 この風邪は確か学園内でも爆発的に流行り、次々と生徒が体調を崩した。特に酷かった数人の生徒は生死を危ぶまれるほどの高熱で、イザベラもその重症者の一人だった。

 寮の自室で目覚めたこと、幼さの残るセスが側にいたこと、微熱の残る気だるい体からして、おそらく今はその時だろうと思う。鏡が手元にないので確かめられないが、今のイザベラは12歳のはずだ。
 鏡がなくても視認できる、自身の手を眺めてみる。少し小さい気がする。次に胸元へ視線を移す。二つの膨らみは明らかにボリュームが足りていない。

 やはり、時間が巻き戻っている。

 あの時臥せったイザベラの側には、セスがずっとついていてくれた。イザベラが側にいるよう、命令したからだったけれど。

 本来なら異性であるセスがイザベラの身の回りの世話などしない。だが、我儘で気難しかったイザベラの侍女は長続きしなかったし、イザベラ本人が気に入らない人間を側に寄せつけなかった。
 だから侍女はいつも別室で待機させ、必要な時だけ呼びつける。

 誰も信頼せず、孤独で傍若無人の公爵令嬢。それがイザベラという人間だった。

「頭を打った拍子に、高熱の後に。とにかく何らかのはずみに前世を思い出す。鉄板ものね。でもこれは……」

 そこまで言って、また咳き込んだ。治まるのを待ってから、やたらと大きくふかふかした枕を背中に当てて体重を預ける。

 麗子だった頃。本は唯一の拠り所だった。本を読んでいるうちは嫌なことも忘れ、麗子は本の世界で主人公になる。
 英雄として誰かに必要とされたり、誰かのために一生懸命になったり。ヒロインとして大切にされたり、認めてもらえる。誰かを愛し、愛されることもある。

 本を読んでいる間だけは、誰にも必要とされない、愛されない女ではなくなることが出来る。
 夢のような世界に浸っていられた。

 それなのに、実際に本の世界にきたら、悪役令嬢とは。
 神様はよほど麗子のことが嫌いらしい。

 ――いいえ。貴女は愛されていた――。

 声を思い出して、イザベラは顔をしかめた。

 ――もう一度、やり直すことを望みますか?――。
 ――愛し子よ。その祈り、必ず――。

 最後に聞こえた声。
 あれは幻聴だったのか。幻聴でないのなら、あれこそが時間を巻き戻した存在なのではないか。さらには転生をさせた存在かもしれない。

 麗子の知識では、人間を小説世界に転生させたり時間を巻き戻したりするような存在といえば、神、またはそれに準じるような何かだと相場が決まっている。

 今までいくら祈っても、助けてくれなかったくせに。
 欲しいと思っていた時に、くれなかったくせに。
 どん底に落ちてからこれ幸いと手を差し伸べてくるなど、たちの悪い新興宗教と同じだ。

 幼いあの日、イザベラがセスに手を差し伸べたように。

 むかついてきたイザベラは、親指の爪を噛んだ。
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