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第一章:リスタート

エミリーのあざ

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 イザベラはエミリーを同年代の友人のように思っているが、エミリーの方はイザベラを妹のように思っているらしい。丁度エミリーの妹がイザベラと同い年で、つんつんした性格なのだそうだ。
 そのためか最近、よくこうやって過剰なスキンシップをとるようになってきた。

「もうっ。後で綺麗にしてよ」
「はいですぅ」

 諦めて力を抜くと、エミリーの腕の力も弱まる。頭を撫でる手がゆっくりになった。

 エミリーのスキンシップには、最初は面食らったものだけれど、嫌じゃない。エミリーの体は温かくて柔らかく、手は優しくて心地よい。

 麗子もイザベラも、母親に抱き締められた記憶がない。覚えていないくらい幼い頃は、抱きしめてもらったことはあったのだろうか。それとも全くなかったのだろうか。それさえもよく分からない。

 麗子の母親は物心つくかつかないかの時に出て行ってしまった。母親の記憶と言えば、ボストンバッグ片手に玄関の扉を開けて去っていく後ろ姿。他にも何かしらあったのだろうけれど、その後ろ姿だけが強烈に残っているだけだ。

 イザベラの方は多くの貴族がそうであるように、母親ではなく乳母に育てられた。乳母は厳しく、時々会う母親はいつも乳母の報告を聞いては満足そうに頷くだけ。その目は乳母に向けられていて、イザベラはそんな母親と乳母を眺めていただけだった。

 エミリーから聞く家族。それはとても賑やかで、目まぐるしくて騒々しく、カラフルで、愛しいもので。少し羨ましい。

 もしも普通の家庭に生まれていたら。
 平民の家に生まれていたら。
 こんな風に誰かに抱き締めてもらえていたのだろうか。

 無意識にイザベラは腕をエミリーの背中に回していた。素朴でふんわりと優しいエミリーの体温と匂いに思う。

 本当の家族ってこんな風なんだろうか、と。

 そんなことを考えて、優しく自分を撫でるエミリーの手を見る。ぼんやりと眺めていると、ふと一点に吸い寄せられた。上がった袖口から覗く腕に、青い腫れを見つけたのだ。

「エミリー、このあざはどうしたの?」
「はひぃ?」

 イザベラの視線を辿ったエミリーが、しまったという顔をして袖を戻す。

「ああ、これは。えへへ。ちょっとぶつけちゃいましただけですぅ。ほら私、しょっちゅう転んだりテーブルとかドアにぶつかったりしてますですからぁ」

「本当にそそっかしいわね。気をつけなさい」

 恥ずかしそうに頬を掻くエミリーに、イザベラは呆れて軽く息を吐いてから立ち上がる。

「痛くない? 冷やして押さえた方がいいわ」

 麗子の時によくあざを作っていたから、対処法は分かっている。氷を取りに併設された小さな給湯室に向かった。

「こんなの大したことないですぅ、放っておいたら治りますですから」
「跡が残ったらどうするの。いいから、大人しく言う事を聞きなさい」

 慌ててついてくるエミリーを片手で止め、冷氷の魔具から氷を取り出し砕いた。

「命令よ。ほら、腕を出して」

 砕いた氷を布で包み、それを遠慮するエミリーに軽く振ってみせる。おずおずと出したエミリーの腕の、あざの部分に巻き付けた。

「氷が解けたらもう一度同じようにするのよ」
「ありがとうございますです」

 布をぎゅっとと結んで顔を上げると、エミリーがじっとイザベラの顔を見ていた。

「何? また驚くの?」

 軽く唇を尖らせると、笑顔のエミリーが首を横に振った。

「いいえぇ。私、イザベラ様がお優しいのは知ってますですから」

 ちくり。
 にこにことしたエミリーの笑顔に、小さな棘が胸を刺す。

 違う。エミリーに優しくするのは、最悪のルートを回避するため。恩を売って、いい印象を植え付けているだけ。

「エミリー……わっ」

 イザベラの鼻先で、ふんす、と勢いよく鼻から息を吐き出したエミリーが、両拳を握った。顔面すれすれをエミリーの拳が通過し、思わずのけ反る。

「これはますます、セス様との恋、全力で応援しますですぅ!! 旦那様がなんて言っても関係ありませんです。エミリー、頑張っちゃいますですよぉ」

 エミリーの拳が、イザベラの間近を通って振り上がる。
 ガン。壁の上部に取り付けられた収納棚の角に当たった。

「痛いですぅ」
「本当に、気をつけなさいよ」

 涙目で蹲るエミリーのために、イザベラはもう一度氷を砕いた。
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