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第一章:リスタート

冷や汗(エミリー視点)

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 ――あああ。見つかっちゃった。

 ふかふかな高級ソファーに座らされたエミリーは、背中に冷や汗をたらたらと流していた。

 どうしよう。本当のことを言ってイザベラ様に心配かけたくないよぉ。なんとか上手くイザベラ様を言いくるめ……無理無理。自信ない。

 どうやってごまかそうかと必死に思考を回すけれど、何も出てこない残念仕様。

「ねえ、エミリー。少し怪我が多すぎない?」

 目の前には、エミリーの侍女服の裾をまくったイザベラが、整った眉をひそめている。

 侍女服はくるぶし丈まである、黒無地のロングワンピースに白いエプロンだ。
 袖はまくる時があるから、腕を見られることはあったが、足はスカートに隠れていたおかげで、今まで見つからずにすんでいたのだけれど。
 つい侍女服の汚れを払うことを忘れ、イザベラに見つけられてしまったのだ。

 部屋に戻ったら見せなさいと命令されて、今ここに至る。
 もちろんセスは、女性の足など見せられないとイザベラに追い出され、ドアの外で待機だ。

「足だけで十ヶ所もあるわ。こういう怪我が治るのは大体一週間だとして、消えかけているものもあるけど、これだと毎日一つ以上作っていることになるじゃない」

 エミリーの膝小僧には、乾いてかさぶたになっている擦り傷。他にもふくらはぎやすねにくっきりとした青いあざ、黄色や紫になってきたあざなど、新旧あった。

「貴女がそそっかしいのは知っているけど、流石にこれは多いわよ。この分だと太ももにもあざがあるんじゃない?」

「きゃーっ、イザベラ様。そんなに見られたら恥ずかしいですぅ。大丈夫です、大丈夫でございますですから」

 イザベラがさらにスカートをまくろうとするので、慌てて力いっぱいに裾を押さえた。

「貴女の大丈夫ってあてにならないわ。ほったらかしにするんだもの」

 腰に手を当てて、イザベラがじとりとエミリーを見てくる。

「分かりました! ちゃんと自分で冷やしますです」

 あざや傷の半分は自分の不注意でつけたものだけれど、半分は違う。これ以上この話題を突っ込まれるとぼろを出しそうだ。
 さっさと言う通りにして終わらせようと、エミリーは自分で氷を入れた布を巻いた。

「ひぃぃっ、冷たいですぅ」

 ひやりと冷たい感触に震えていると、肩がふわりと温かくなる。イザベラがショールを持ってきて、エミリーにかけてくれたのだ。

「それで、どうしてこんなに傷やあざを作ったの」
 
 また話題が戻ってしまった。何か、何か言わなくてはと焦る。でも何を言ったらいいのだろう。

 どうしたらいいか分からなくなったエミリーは、とりあえず勢いで大声を出した。

「そんなことより、イザベラ様ぁっ!!」
「わっ、な、なに?」

 息がかかりそうな距離にずいっと近づくと、イザベラが驚いて腰を引く。

 えーと、どうしよう。

 エミリーはイザベラの顔を間近で眺めながら、困った。適当に話し始めたものの、当然これからのプランなど何もない。

 しかしそこできゅぴんと閃いた。

 あ、そうだ! もともと言おうと思ってたことを言おう。そうしよう。

 我ながらナイスな閃きだと自分を褒め、エミリーは鼻の穴を膨らませた。

「今度の休日に買い物に付き合ってくださいです!」
「買い物? いいわよ」

 身構えていたイザベラが、拍子抜けしたように頷いた。

「良かった!」

 パンッと音を立てて、エミリーは両手を合わせた。
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