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第一章:リスタート
エミリー先生の教える買い物のいろは
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公爵令嬢のイザベラは、自分で買い物などしたことがない。
ドレスや貴金属、家具に至るまで、全て屋敷に職人を呼びつけてのオーダーメイド。あれが欲しいと言えばすぐさま出てくるか、最短時間で取り寄せられるのが当たり前だった。
しかし麗子は違う。ショッピングくらい、麗子の時には何度もしたことがある。だから別に特別でもなんでもない。……筈だったのだが。
「いいでございますですか。イザベラ様、セス様。まずこれが1セーント。これが10セーント」
手のひらの上に硬貨を乗せて、エミリーが説明していく。
「あのね、エミリー。私もセスも12歳よ。いくらなんでも小さい子じゃないのだから……」
「じゃあ、あそこに売っているパン。あの、何も入っていない普通のやつですね。あれ、何セーントだと思いますです?」
エミリーが指さしたのは、並んでいるパンの中でも一番端にある、20センチほどの細長いコッペパンっぽいものだった。
「えーと……150セーントくらい?」
何も挟まれていないパンであれば、日本だったら100円から200円くらいだろうか。1セーントが1円だと仮定して、間をとった150セーントと言ってみる。
「ブー。外れです。800セーントでした」
「ええっ、そんなにするの?」
高い、と言いかけてイザベラは口をつぐんだ。
1セーントが1円くらいの価値とは限らない。もしそうだとしても、パンが日本と同じ価値とは限らない。もしかするとパンの材料がとてつもなく高価で、日本で150円相当のパンが800円なのかもしれない。
イザベラは辺りを見渡した。
行き交う人々や店主や店員も、黒髪や茶髪よりも、金髪が多い。肌も白く、目鼻立ちもはっきりしている。
よくあるファンタジーのように獣人やエルフなどはいない。モンスターは遥か昔に魔王と共に姿を消したという。
だから麗子からすると、一見ここは外国の市場のようだ。
けれどここはあの世界ではない。麗子にとって、未知の異世界なのだ。
イザベラはこの世界の人間だ。ここがどういう世界で、どういう歴史を辿ったのか知っている。礼儀作法や社交の切り抜け方も。
しかしパン一個の値段も知らない。通貨を使ったこともなければ、自分で買い物もしたことがない。
確実に分かっているのは、麗子もイザベラも、何も知らない幼子と同じくらいに世間知らずだという事実だった。
「ごめんなさい、エミリー。やっぱり一から教えて」
だからだろうか。エミリーに頭を下げることに、自分でも驚くほど抵抗がなかった。
「俺もお願いします」
隣のセスが、一瞬動きを止めた後に腰を折る。
「はいです。もちろんでございますです」
軽くそばかすが浮いた鼻にくしゃっとしわが寄るくらい、満面の笑みでエミリーが頷いた。
「でもでも、顔を上げて下さいですぅ。恐れ多くて」
それからぎゅっと目を瞑り、エミリーが突き出した両手と頭をぶんぶんと横に振る。
その様子に思わず吹き出した。
ドレスや貴金属、家具に至るまで、全て屋敷に職人を呼びつけてのオーダーメイド。あれが欲しいと言えばすぐさま出てくるか、最短時間で取り寄せられるのが当たり前だった。
しかし麗子は違う。ショッピングくらい、麗子の時には何度もしたことがある。だから別に特別でもなんでもない。……筈だったのだが。
「いいでございますですか。イザベラ様、セス様。まずこれが1セーント。これが10セーント」
手のひらの上に硬貨を乗せて、エミリーが説明していく。
「あのね、エミリー。私もセスも12歳よ。いくらなんでも小さい子じゃないのだから……」
「じゃあ、あそこに売っているパン。あの、何も入っていない普通のやつですね。あれ、何セーントだと思いますです?」
エミリーが指さしたのは、並んでいるパンの中でも一番端にある、20センチほどの細長いコッペパンっぽいものだった。
「えーと……150セーントくらい?」
何も挟まれていないパンであれば、日本だったら100円から200円くらいだろうか。1セーントが1円だと仮定して、間をとった150セーントと言ってみる。
「ブー。外れです。800セーントでした」
「ええっ、そんなにするの?」
高い、と言いかけてイザベラは口をつぐんだ。
1セーントが1円くらいの価値とは限らない。もしそうだとしても、パンが日本と同じ価値とは限らない。もしかするとパンの材料がとてつもなく高価で、日本で150円相当のパンが800円なのかもしれない。
イザベラは辺りを見渡した。
行き交う人々や店主や店員も、黒髪や茶髪よりも、金髪が多い。肌も白く、目鼻立ちもはっきりしている。
よくあるファンタジーのように獣人やエルフなどはいない。モンスターは遥か昔に魔王と共に姿を消したという。
だから麗子からすると、一見ここは外国の市場のようだ。
けれどここはあの世界ではない。麗子にとって、未知の異世界なのだ。
イザベラはこの世界の人間だ。ここがどういう世界で、どういう歴史を辿ったのか知っている。礼儀作法や社交の切り抜け方も。
しかしパン一個の値段も知らない。通貨を使ったこともなければ、自分で買い物もしたことがない。
確実に分かっているのは、麗子もイザベラも、何も知らない幼子と同じくらいに世間知らずだという事実だった。
「ごめんなさい、エミリー。やっぱり一から教えて」
だからだろうか。エミリーに頭を下げることに、自分でも驚くほど抵抗がなかった。
「俺もお願いします」
隣のセスが、一瞬動きを止めた後に腰を折る。
「はいです。もちろんでございますです」
軽くそばかすが浮いた鼻にくしゃっとしわが寄るくらい、満面の笑みでエミリーが頷いた。
「でもでも、顔を上げて下さいですぅ。恐れ多くて」
それからぎゅっと目を瞑り、エミリーが突き出した両手と頭をぶんぶんと横に振る。
その様子に思わず吹き出した。
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