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第一章:リスタート

空が白んできたら

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「お嬢様ぁっ」
「わっとっ」

 青い目がうるうると光ったかと思ったら、勢いよく抱きつかれた。予測済みだったイザベラは、エミリーを抱きとめてから、アメリアに片目をつむった。

「ほら、ね?」
「……なるほど」

 緑の瞳をじっと向けたまま、アメリアの口角がきゅっと上がった。
 あれ、とイザベラは小さな違和感を抱く。いつもの可愛らしい笑みより少し大人びていて、雰囲気が違うような。

「イザベラ様の雰囲気が柔らかくなったのは、エミリーさんと仲良くなったからなんですね」

 そう言ってにっこり笑ったアメリアからは、先程の雰囲気は消えていた。

「脱線させてしまってごめんなさい。伯爵の屋敷に着くまでに逃げないとですね」
「ええ。それにはまず状況の把握よ」

 笑いをおさめ、真剣な表情になったアメリアにイザベラは頷いた。積まれた荷物を避けて幌の外に耳を澄ませる。

「マリエッタを襲った三人と、私たちをさらった実行犯は三人以上いたと思うけど。馬がなかったからかしら。私たちを運んでいるのは、どうやら二人だけみたいね」

 幌の中にいると周りは見えないが、聞こえてくる音である程度、状況は掴める。
 荷馬車が立てる音の合間に、外からはぼそぼそと男たちの声が聞こえていた。最初の男と、頭と呼ばれた男。その二人の声しか聞こえてこない。他の人間の声や、馬車以外の馬の足音などはしない。

「他の実行犯たちとは、金を受け取ってから別の場所で落ち合う予定だったみたいですね」

 アメリアが断片的な会話を拾ってつなぎ合わせた。

「後は、今どの辺にいるか、伯爵の屋敷までどれくらいか、ね」

 ガタガタと激しい揺れは、舗装された道ではないからだろう。クラーク学園の道は全て舗装されているから、残念ながら敷地からはもう出ている。
 しかしモリス伯爵の領地はクラーク学園から一つ他の領地を挟んでいる。

「綺麗に星が出ています。今は夜ですね」

 幌の隙間からアメリアが外を覗いた。

「薬で眠っていたのがどれくらいなのか分からないけれど、眠らされたのが夕方。今の時刻は夜。伯爵の屋敷に着くまでには、まだ二日以上かかる筈よ。その間が勝負ね」

 二日間とはいえ、出来るだけ早い方がいい。

「空が白んできたら、逃げるわよ」

 エミリーとアメリアに視線を向けると、神妙な顔で二人が頷いた。
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