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第一章:リスタート

ジェームスの挑発(セス視点)

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 あろうことかこの男はアメリアとお忍びでデートをしていだのだ。
 花を摘みにと離れただけのアメリアが中々戻ってこないため探しにきて、ならず者どもを尋問中のセスと出会い、今ここに至っている。

「そうだ。そんなに大切なら、外見と公爵令嬢という肩書以外に何の取り柄もない女など、お前にくれてやろう。身分差などどうとでもしてやる。どうだ、悪い話じゃないだろう」

 くれてやろうだって? ふざけるな。お嬢様は物じゃない。

 見ないようにしているのに、隣を走っている王子が視界に入る。王子のにやついた表情と猫なで声が、ざらざらとセスを逆撫でした。

「ご冗談が過ぎます」

 思わず殺気をこめて睨みつけそうになるのを、セスはグッと抑えた。

 世界で一番大切なイザベラを、ないがしろにするこの男が憎い。イザベラを侮辱する発言に、ぐつぐつと腹の底が煮える。

 駄目だ。挑発に乗るな。頭を冷やせ。

 イザベラの婚約者はこの男で、この国の王位継承権第二位の王子であることは、分かっている。この男との婚姻がイザベラの望みで幸せに繋がることも、重々承知している。

 家柄、権力、身分、容姿、頭脳、判断力。
 全てにおいてセスはこの男に何一つ敵わない。

 イザベラたちがさらわれた後、マリエッタを襲った男たちからイザベラたちの行先を聞き出したのはセスだが、公爵家への連絡や迅速な馬の手配はジェームス王子の采配だ。

 お忍びといえど王族だ。護衛騎士たちが何人も警護にあたっていたため、彼らを使ってすぐに馬を用意させた。モリス伯爵の屋敷までの二日間に必要な水と食料もだ。
 セス一人なら、こうはいかなかった。
 ジェームス王子がいなければ、サンチェス公爵に馬を手配してもらはなければならず、どうしても時間がかかっただろう。

 だからジェームス王子がアメリアとデート中でラッキーだったと、セスは自分に言い聞かせた。

「私はイザベラ様に忠誠を誓っております。決して恋情ではありません。それにイザベラ様は、外見と同じくらい心の美しい方です」

 自分がイザベラに横恋慕をしていることを気取られてはならない。
 そんなことをして、イザベラの名誉を傷つけるわけにはいかない。

 表情と声から感情を抜く。感情が高ぶった時ほど、自分を遠い場所に置くのがセスの処世術だった。
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