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第一章:リスタート
その時までに選べ(セス視点)
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「なんだ。乗ってこないのか。つまらないな」
ジェームス王子が、面白くなさそうにセスから前方の景色に目を向けた。
「イザベラの心が美しい? お前の目は腐っているんじゃないか。あの女は綺麗で澄ました仮面の下で、僕の事をどう思っているのか分かりやしない」
「イザベラ様は殿下の婚約者です。殿下の事をお慕いしているに決まっておりますでしょう」
「まさか。彼女は僕と同類だよ。本音と建前が別だ。だからパートナーとしては最適なわけだけど」
鼻で笑った後、急に帯びた自虐の響きに、セスは前方から視線を引きはがしてジェームス王子に向けた。
「アメリアは僕やイザベラとは正反対だ。明るくておおらかで、含みがない。彼女といるとほっとする」
先ほどまでの王族特有の傲慢さが鳴りをひそめ、王子の端整で甘い顔立ちに憂いの色が落ちていた。青い瞳だけが優しい光を湛えている。
本音なのか。
イザベラの話題だった先ほどとは違い、アメリアを語る今の言葉は。
ジェームス王子の表情から、セスはそう判断した。
普段からイザベラは勿論、どの令嬢にも歯の浮くような砂糖まみれの言葉を吐いているこの男が、本当にアメリアを想っている。
だったら、イザベラお嬢様は……。
王子の背中を見送っているときの、イザベラの切ない瞳。憂いを帯びた表情を思い出し、セスは唇を噛んだ。
お嬢様にとっては、この男が一番なのに。自分ではなく、この男が。
「王族の婚姻に愛情など必要ない。夫婦になったとしても最低限の義務さえ果たせば、後はお互いに不干渉で過ごせばいい。イザベラを正室に迎え、形だけの夫婦を演じて、アメリアを側室として迎えるのが一番いいだろう。だが僕は……」
そこで言葉を切ったジェームス王子の目が、セスを射抜いた。
「アメリアに対しては誠実でいたい。その意味が分かるか。ウォード伯爵家の非嫡子セス・ウォード」
底冷えするような光にセスはたじろぐ。そこにいたのは、普段の甘い煌びやかな表情を消し、膝を折りたくなるような威圧をにじませる男だった。
この男は、本当に自分と同い年なのだろうか。ただの護衛騎士にすぎないセスが、ウォード伯爵家の非嫡子だということまで知っていた。
「もう一度言おう。お前がその気なら、イザベラをくれてやる。要らないというなら僕はあらゆる手段を取る」
カラカラに乾いた喉を湿らせたくて、セスはごくりと唾を飲んだ。
「……私は……」
喉から手が出るほど欲しいに決まっている。
あの瞳で自分だけを見てくれたなら。
あの声でセスの名だけを呼んでくれたなら、どんなにいいだろう。
でもそれでイザベラは幸せだろうか。
イザベラがセスに向けているのは、家族のような親愛でしかない。
礼儀作法を覚えるのも、美容に気を遣うのも、殿下のため。自分は未来の正妃なのだからと言う時の、うっとりと夢を見るような微笑みをセスは向けてもらったことがない。
「僕もお前もイザベラも嘘ばかりだ。父上や母上、王宮の者たちも、僕に言い寄る令嬢たちも。唯一、アメリアは真実だ。まだアメリアは僕を選んでくれていないが必ず、彼女の心を手に入れる」
ジェームス王子の目が、月明かりに照らされる街道に戻った。
「その時までに選べ」
セスもまたジェームス王子から視線を外し、前方を見つめた。
月の蒼白い明りの下、街道がずっと先まで伸びている。イザベラが乗っている荷馬車は、影も形も見えなかった。
ジェームス王子が、面白くなさそうにセスから前方の景色に目を向けた。
「イザベラの心が美しい? お前の目は腐っているんじゃないか。あの女は綺麗で澄ました仮面の下で、僕の事をどう思っているのか分かりやしない」
「イザベラ様は殿下の婚約者です。殿下の事をお慕いしているに決まっておりますでしょう」
「まさか。彼女は僕と同類だよ。本音と建前が別だ。だからパートナーとしては最適なわけだけど」
鼻で笑った後、急に帯びた自虐の響きに、セスは前方から視線を引きはがしてジェームス王子に向けた。
「アメリアは僕やイザベラとは正反対だ。明るくておおらかで、含みがない。彼女といるとほっとする」
先ほどまでの王族特有の傲慢さが鳴りをひそめ、王子の端整で甘い顔立ちに憂いの色が落ちていた。青い瞳だけが優しい光を湛えている。
本音なのか。
イザベラの話題だった先ほどとは違い、アメリアを語る今の言葉は。
ジェームス王子の表情から、セスはそう判断した。
普段からイザベラは勿論、どの令嬢にも歯の浮くような砂糖まみれの言葉を吐いているこの男が、本当にアメリアを想っている。
だったら、イザベラお嬢様は……。
王子の背中を見送っているときの、イザベラの切ない瞳。憂いを帯びた表情を思い出し、セスは唇を噛んだ。
お嬢様にとっては、この男が一番なのに。自分ではなく、この男が。
「王族の婚姻に愛情など必要ない。夫婦になったとしても最低限の義務さえ果たせば、後はお互いに不干渉で過ごせばいい。イザベラを正室に迎え、形だけの夫婦を演じて、アメリアを側室として迎えるのが一番いいだろう。だが僕は……」
そこで言葉を切ったジェームス王子の目が、セスを射抜いた。
「アメリアに対しては誠実でいたい。その意味が分かるか。ウォード伯爵家の非嫡子セス・ウォード」
底冷えするような光にセスはたじろぐ。そこにいたのは、普段の甘い煌びやかな表情を消し、膝を折りたくなるような威圧をにじませる男だった。
この男は、本当に自分と同い年なのだろうか。ただの護衛騎士にすぎないセスが、ウォード伯爵家の非嫡子だということまで知っていた。
「もう一度言おう。お前がその気なら、イザベラをくれてやる。要らないというなら僕はあらゆる手段を取る」
カラカラに乾いた喉を湿らせたくて、セスはごくりと唾を飲んだ。
「……私は……」
喉から手が出るほど欲しいに決まっている。
あの瞳で自分だけを見てくれたなら。
あの声でセスの名だけを呼んでくれたなら、どんなにいいだろう。
でもそれでイザベラは幸せだろうか。
イザベラがセスに向けているのは、家族のような親愛でしかない。
礼儀作法を覚えるのも、美容に気を遣うのも、殿下のため。自分は未来の正妃なのだからと言う時の、うっとりと夢を見るような微笑みをセスは向けてもらったことがない。
「僕もお前もイザベラも嘘ばかりだ。父上や母上、王宮の者たちも、僕に言い寄る令嬢たちも。唯一、アメリアは真実だ。まだアメリアは僕を選んでくれていないが必ず、彼女の心を手に入れる」
ジェームス王子の目が、月明かりに照らされる街道に戻った。
「その時までに選べ」
セスもまたジェームス王子から視線を外し、前方を見つめた。
月の蒼白い明りの下、街道がずっと先まで伸びている。イザベラが乗っている荷馬車は、影も形も見えなかった。
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