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佐伯和彦

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蟻の穴からの脱出

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 四 蟻の穴からの脱出

「あわてるな! キョウイチが今考えてる」コーイチがツヨシを制止した。
 暗闇に目が慣れて、しだいにみんなの姿がうっすらと見えてくる。
 キョウイチはぬぼーとした顔で目をつぶって立っている。坊主より少し長くした感じの髪型が、長い顔をより強調していて、口角の下がった口元が、とてつもなく緩んだ雰囲気を醸し出している。こんな抜けた顔で何を考えていると言うんだ?
「右だべ。右から三番目!」
 キョウイチが叫ぶと同時に、みんながいっせいに右から三番目の穴に向かって走り出した。まるで競馬の出走のようだった。ただ狭い入り口がひとつあるだけなので、みんなの身体がぶつかり合って、なかなか中に入れない。終いにはユカリが完全に穴の入り口をふさいでしまった。
 おれはみんなの素早い動きに驚いて、大きく出遅れた。ユカリの背中を必死で押して後を追う。暗闇に目が慣れたとはいえ、奥に行けば行くほど暗くなる。不安でパニックになった。このまま取り残されて蟻に食われたら、あまりに惨めな死に様だ。さっき穴に落ちたときのお尻の痛みは本物だった。ということは、食われたりしたら死んでしまうと言うことだ。それも相当な痛みを伴って。
「助けて、ほとんど何も見えないよ!」おれの叫び声は、みんなの足音にかき消された。
 突然岩の出っ張りにつまずいた。前に思いっきり倒れ、膝を擦りむいた。
「アホ! しっかりしろや! 早くしないと追いつかれる。おまえ、迷惑かけに来たのか!」ツヨシに怒鳴られた。
「健太くんを怒鳴っちゃだめ! うちが連れて行くからだいじょうぶ!」ユカリが肩を抱きかかえてくれた。暗闇のせいもあって、彼女が頼もしくかわいく思えてきた。
 ユカリに肩を預けた状態で、しばらくやけくそで走った。道が急な登りになり、目の前が明るくなる。最後はその坂をはい上がるように上り、穴から外に飛び出した。ユカリのお腹が穴の入り口をこすって、土がばらばらと穴の中に落ちていった。
「そこの岩に隠れよう!」
 コーイチの言葉に従って、みんな大きな岩の陰に身を潜めた。
 隠れると同時に、見たこともない巨大な蟻が穴から顔を出した。黒い頭はバイクのヘルメットのように光沢があり、その上部から突き出た触覚が獲物を探して激しく上下左右に動いている。
 蟻は次から次へと出てくる。素早い動きで穴の周りを探っている。二本の触覚の激しい動きは、侍のチャンバラを見ているようだった。
 蟻も巨大になると気持ちが悪い。口元から、ねっとりとした白い粘液が垂れている。こいつらの巣の中にいたのかと思うと気分が悪くなった。
 蟻がすべて穴の中に消えると、みんな、安堵の吐息を漏らした。
「やれやれ、危機一髪だ」コーイチが言った。
「キョウイチのおかげだ。彼がいなかったら、今頃蟻の餌食だぜ」ツヨシが言うと、キョウイチが照れ笑いを浮かべて、頭を掻いた。

「どうして、三番目の穴は大丈夫だってわかったんだ?」おれが言った。
「キョウイチの耳は人並みはずれてるんだ。どんな音でも聞き逃さないのさ」コーイチが言う。
「どんな音でも? 超音波でもってことか?」
「そうだ」
 なるほど、音で判断したのか。それならどこにいても危険を察知できる。
《ということは、悪口も聞かれてるってことだ!》
「さて、これからどうする?」コーイチが言った。
 みんなの顔は少し疲れ気味だった。走りすぎたのと恐怖心でくたくたになっていた。
「ぼく、もう帰りたい」シンタが言った。
 ショウタもその横で涙ぐんでいる。
「おまえら、とうさんやかあさんを助けたくないのか!」ツヨシが身を乗り出した。
「ツヨシ、無茶言わないで。二人はまだ幼いんだから。あんただってついこないだまで、お母さんの懐で泣いてたじゃないの!」レイカがショウタとシンタに近づき、彼らの肩を優しく抱いた。
「そうよ、そうよ。ショウちゃんとシンちゃんをいじめたら、うちも許さないからね。ツヨシは自分が強いからって、同じことをみんなに要求するんだから。それって男らしくない!」ユカリが追い打ちをかける。
 ツヨシはレイカとユカリを交互に睨みつけられてばつが悪そうだった。
「おれは最初から無理だと思ったんだよな。みんな弱くて、力がないし、どうやってギルギルに勝つって言うんだよ?」ヤスオが言った。
「今さらそんなことを言うなよ。ここまできたらやるしかないんだから。このままのこのこ逃げ帰って、みんながさらわれるのを待ってるわけにはいかないだろ?」コーイチが言った。
「その前に、どういう状況なのかもっと詳しく教えてくれよ。なぜこんな目に遭うのか、まったくわからないんだから」おれが言うと、みんなの顔が一様に曇った。「い、いや。話したくないなら言わなくてもいいけど」
 よそ者のおれが聞いてもどうなるものでもない話に違いない。状況の深刻さだけは、どんな無神経な人間でも彼らの表情でわかる。
「いつかはおまえにも話さないといけない。話したからって何の解決にもならないけどな」コーイチが言葉を絞り出す。便秘で糞詰まりのときに、便器から立ち上がるような表情だ。「二ヶ月ほど前から、村の人間が少しずつ連れ去られ始めたんだ。気がつかないうちに一人ずつ。それも大人ばかり。小さな村だから、すぐによぼよぼの老人と子供だけになった。誰かがいなくなるときには、必ずギルギルが現れる。奴らがさらって行ったにちがいない」
「やっぱり、食べられたのか?」おれが言う。
「奴らは肉食だからその可能性はある。でも他にも餌はいくらでもいる。好物はバッタのはずだ。人を襲い始めたのは、ここ最近さ。だから何か理由がある。それを知りたいんだ」
「私たち、父さんや母さんが生きてると信じてるの。絶対にあきらめない」そう言うレイカの目に涙が光る。
「パパとママに会いたいよう」
 ショウタが泣きながら言うと、シンタも一緒になって泣き出した。
「大丈夫さ。おれが必ず見つけてやる」ツヨシが言った。強く握り締めたこぶしがかすかに震えていた。
「無理はやめようぜ。おれはもう家に帰りたいよ。あんなでかい奴らに勝てるわけないじゃないか」ヤスオが座り込んでめんどくさそうに言った。どこにでも本音を口にする奴がいるもんだ。
「なんてこと言うの! あんた自分の親がいないからって……」レイカはそう言って、あわてて口を押さえた。
 気まずい沈黙が流れた。ヤスオはふらっと立ち上がると、一瞬レイカの方をじろりと見てから木の陰に隠れてしまった。
「あいつ、どうしたんだ?」おれは、コーイチに小声で言った。
「ヤスオには親がいないんだ」
「じゃあ、どこで生まれたんだ? 村には二十人しかいないんだろう?」
「知らないよ。言わないんだ。もう聞かないことにした。しつこく聞くと怒るんだ」
「だったらやつは普段どうやって生活してるんだよ?」
「今はキョウイチと暮らしてる。彼の両親に食べさせてもらってるのさ」
「ヤスオ、ごめんなさい」レイカが木陰のヤスオに近づいた。ヤスオはうつむいたまま返事をしなかった。
 おれは思った。《あいつはヤスオじゃない。やっぱりスネオだ》
 突然森の奥の方から強い風が吹いてきた。扇風機の前に顔をもっていったときのような強い風だった。ただしその風邪は生臭いにおいを一緒に運んでくる。
「まずい、みんなついて来い!」ツヨシが叫ぶ。走ろうとする彼もあまりの突風によろけた。
 突然木をなぎ倒す大きな音がした。二十メートルほど手前にギルギルが舞い降りた。突然の風は、奴の羽ばたきが起こしたものだった。おれはカマキリが空を飛ぶことに、改めて気づかされた。
 みんな必死で走った。ツヨシは両手にショウタとシンタを抱き抱えている。全速力で走ろうにも思うように足がついていかない。後ろからギルギルの奇声がすごい迫力で迫ってくる。
「いたっ!」
 ツヨシが岩につまずいて転んだ。ショウタとシンタが前に放り出され、みんなの足が止まる。ギルギルはますます追い立ててくる。
「みんな止まるな! おれが助ける!」コーイチがツヨシたちの所に駆け寄りながら言った。
「お兄ちゃん!」レイカの叫ぶ。
 ツヨシとシンタは何とか起き上がったが、ショウタは足をくじいたのか、その場に転んだままだった。ギルギルは、難無くショウタに追いついた。
「向こうに行きやがれ!」コーイチが手に棒切れをもって、ショウタを捕まえようとするギルギルの鎌を払ったが、逆に棒をはじきとばされてしまった。
 ギルギルはコーイチの攻撃などものともせず、巨大な鎌でコーイチとショウタを抱き上げると、空に舞い上がった。再び強い風が顔に当たって、目を開けて見届けることもできなくなった。
 ギルギルは二人を抱いたまま遥か彼方に飛び去ってしまった。
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