絶砂の恋椿

ヤネコ

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君の名はマリウス・前

5―2

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「――厄介事か? カメリオ」
 持ち場についたカメリオを、ヤノは心配そうな顔で迎えた。口許の傷くらいなら、カメリオが喧嘩で負けることはそうは無いと踏んでいるヤノは放っておいた。しかし、ガイオが自室に部下を入れるのは、余程捨て置けない報告を受けるときのみだと、砦で育ったヤノは理解している。
「うん。実は、昨日――」
「おい、そういう話は俺にも聞かせろよ?」
 と、そこへ少し離れた場所で鈎罠の手入れをしていたエリコが寄ってきた。どうやらただならない話だと、ヤノの様子から察したようだ。
「トゥルース――あの番頭を狙ってる余所者が居るらしくてさ。そいつが、アルミロ達を番頭にけしかけたんだ」
「チッ……あの番頭、早速厄介事を連れてきやがったな」
「狙われてるってこたぁ、女絡みか?」
 昨日の狩りで鈎罠にこびりついた砂蟲の表皮を拭いながら、カメリオはエリコに答えた。
「知らない。けど、アルミロ達も危ないらしいんだ」
「……口封じか」
「気に入らねえ」
 エリコとヤノは表情を険しいものに変えて、カメリオの話に聞き入った。主につるんでいるのは幼馴染みの三人であるが、砦の男達の結束は固い。まして、島の外から来た得体の知れない者から仲間を狙われているとあれば、我が事のように怒ることができる青年達であった。
「俺達でそいつをとっちめられたら一番早いんだけどね」
 カメリオも、あまりまどろっこしいのは得意ではない。自身とヤノの腕っ節、エリコの知恵があれば、下手人を確保できないかと考えたのだ。カメリオの言葉を受けて、ヤノは提案した。
「とりあえず、見ねえ顔を見掛けたら殴ってみるか」
「いやお前、それじゃただの通り魔じゃねぇか」
「それも……そうだな」
 エリコの冷静なツッコミに、ヤノは素直に頷いた。カメリオも内心名案だと思いはしたのだが、黙らざるを得なかった。この日、青年達は手を動かしながら作戦会議を続けたが、残念ながら三人のみでは実行性に欠ける案ばかりが浮かんだようだ。
「おかえりカメリオ。人助けもいいけど、あんまり無茶したら駄目よ?」
「ただいま……なんで、母さんが知ってんの?」
 この日の仕事を終え、自宅兼母が営む食堂『さざなみ亭』に戻ったカメリオは、自身を迎えた母エンサタの言葉に面食らった。自身としては、無断外泊を叱られる覚悟をしていたのだ。
「お昼にタルズさんっていう商会の人が挨拶に来てね。お宅の坊ちゃんには世話になったからってこれ、くれたのよ」
「タルズ――ああ、スープのおじさん」
 エンサタが嬉しそうに掲げてみせたのは、瓶詰めの調味料であった。
 朝食を馳走になった際に母の食堂の話をトゥルースにしたことを、カメリオは思い出した。
「新しく来た番頭さん、いい人みたいね?」
「そう……だね」
 どうやら、エンサタの周辺まではトゥルースの噂は届いていないらしい。しかし、カメリオは自身が聞いた噂話を母に聞かせる気にはなれなかった。
「お腹空いたでしょう? 今夜はこれで、ちょっと良いものを作ってあげるわ」
 エンサタは早速、新たに入手した調味料を試してみたいようだ。母の料理が好物のカメリオは、途端に空腹を自覚した。
「エンサタさんよう、俺らにもそいつで何か作っちゃくれねえか?」
「ごめんなさいね。試食は息子の特権なの」
「ちぇっ、それなら仕方ねえやな」
 さざなみ亭は、酒を出さないおかげか健全な賑やかさに包まれている。カメリオはこの賑やかさが好きだ。それだけに、島に悪しき企みを持ち込んだ顔も知らない余所者には、強い怒りが湧いた。
 カメリオが夕飯に舌鼓を打っている頃、バハルクーヴ島支部の小僧達も、この島の名物である香草茶を満喫していた。
「なあ……明日は休みだそうだぞ」
「俺達は、急速に人間に戻っているようだな」
 自身が主として行う業務と並行して進めている幾つかの業務の、一時的な休止をトゥルースより命じられた小僧達は、狐につままれたような顔をしている。屋台が店じまいをするより前に仕事を終えたのは、何時ぶりであっただろうか。屋台脇に設置された椅子に腰を下ろした小僧達は、ぼんやりと会話を続けた。
「次の水の日には、面談が行われるそうだが……海都で受けて以来だな」
「俺達は長いこと、軽んじられてきたからな」
 優秀ではあるが後ろ楯を持たない彼等は、自らが粗略な扱いを受けることを、どこか仕方が無いと受け入れていた。旧文明の崩壊から永い時を経て、海都では新たな身分の階層が形成されている。海都の商学校を優秀な成績で出た彼等より、豪族の血を引く盆暗の方が商会の益となると判断されるなら、それは仕方が無いことなのだ。
「明日は……寝るか。一日中、眠り潰してやる」
「良いな。俺は、散歩でもするか……」
 睫毛に掛かる湯気に眠気を誘われながら、小僧達はしみじみと語り合うのであった。
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