絶砂の恋椿

ヤネコ

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知らない気持ち

11―4

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 乾期も中頃になれば砂蟲襲来の間隔も幾らかは開くが、狩りの直後の砦は殺気立った空気に包まれている。それを勇ましいと感じるか野蛮だと感じるかはその者次第であるが、ズバイルは圧倒的に後者だと感じていた。
 しかし、そのような場にあっても、彼の鋼鉄の表情筋は平然とした無表情をその顔面に拵えている。眼前に居る橙色の髪をした筋肉達磨が、人相悪くじっとズバイルを睨め付けていてもだ。
「待たせちまったな。それで、話ってのは何だ?」
「いえ――こちらこそ、折り悪く訪ねてしまい、ガイオ殿には申し訳なく」
 狩りを終えた直後のガイオが発する怒気と、纏わり付く砂蟲の臭気にもズバイルは顔色を変えず、トゥルースから預かった書状を取り出した。ガイオに顎で促されるままに、表情と同様に平坦な声でズバイルが読み上げれば、ガイオは顎鬚を掴み、深く鼻息を吐いた。
「――要するに、新しく拵えた療養所を俺ら島の人間にも使わせるってんだな?」
「ええ。先程にもお伝えしましたが、砦の戦闘員達が負傷した場合の薬代等含む治療費は、商会が全て負担します」
「ずいぶんと大判振る舞いするじゃねえか」
 ガイオは皮肉を言う性質では無いが、これまで砦の男が砂蟲との交戦で重傷を負ったとて、商会は見舞いの言葉一つ寄越さなかったのだ。そもそも療養所自体が新たな責任者であるトゥルースが赴任したというの産物であるとは言え、これまでとは打って変わった厚遇にガイオが呆れた心地になるのは、無理からぬことであった。
「カームビズ商会バハルクーヴ島支部は、砦の皆さんを全面的に支援する。今後はそのようにご理解ください」
 ズバイルはガイオが脳裏に浮かべているであろう文句を推察しながらも、淡々と言葉を伝えた。抑揚は無いが淀みもないズバイルの声は、狩りの喧騒に慣れたガイオの耳には随分と静かに聞こえる。
 表情にも声色にも対外的には常に鉄仮面を貫いており、強面からの威圧めいた物言いにも尻込みしないズバイルは、前任者の在りし頃から砦の親分ガイオとの折衝役を任されている。砦の男達からの主な評価は気取った青瓢箪であるが、ズバイル本人も彼等のことは蒙昧な筋肉達磨と見做しているため、お互い様だ。
「了解した。うちのモンが療養所の世話になる時は、また連絡する」
 ガイオもズバイルの慇懃なようで図太い態度には慣れたものだ。一方的な通達で紡がれる対話において、どこか予定調和じみた言葉の遣り取りは、水と油の彼らにとっては都合が良いものであった。
「それから……これは、商会からの通達ではありませんが」
 しかし、この日のズバイルはどうしたことか予定調和を崩した。そのためか、ここまで一応はズバイルを気遣っていたらしいガイオの眼差しの中に、ふと剣呑な光が宿る。
「なんだ?」
 抑えた声で短く訊ねてくるものの、不機嫌を濃く肌に纏ったガイオの圧に中てられて、ズバイルは胃の裏側に湿った冷たさを覚える。しかし、継いだ言葉は震えてはいなかった。
「――カメリオ君は、息災無く過ごしています」
「おう……そうかよ」
 商会としての公的な発信ではなく、ズバイル個人の意向で告げた言葉は、辺りの空気を急速に弛緩させた。一方でズバイルは、眼前の筋肉達磨が初めて見せる父親じみた顔に、複雑な心地を覚える。
「こちらからお伝えしたい話は、以上です」
「わかった。番頭サンに宜しく伝えてくれ」
 しかし心の内は表には見せず、無表情を顔と声とに貼り付けたズバイルは、会釈をして部屋を後にした。
(……今回の襲撃では、被害らしい被害は発生しなかったようだ)
 砦のガイオを訪い用件を伝えようとした所に突如砂蟲が襲来したため、ズバイルはその間室内で待ちぼうけを喰らっていた。しかし、狩りから戻ったガイオの反応から察するに、療養が必要な怪我を負った者は居なかったらしいことに、ズバイルは内心安堵していた。
(まさか俺が、砦の筋肉達を案ずるようになるとは……)
 ふと気付いた、自身の心境の変化にズバイルは妙な感心を覚えていた。敬愛するトゥルースが、砦の男達を大いに買っている点や、彼等の協力がトゥルースに迫る脅威を撃退したことが、理由として大きいのかもしれない。砦から移籍し、日々まめまめしい働きをみせるカメリオの存在が、ズバイルの胸中を占める筋肉達への拒否反応を軽減させたところもあるだろう。加えて、第一印象は最悪であったが、年齢が近い砦の男達の人となりに触れたことも、ズバイルが彼等を筋肉の塊ではなく一個人として認識するきっかけとなったようだ。
「うわっ……!?」
 早足で歩きながら考え事をしていたせいだろうか。砦の出口へと向かう角でズバイルはその場に佇んでいた男にぶつかり、尻餅をついた。
「おめえ、何でこんなとこに落ちてんだ?」
「…………君と、ぶつかったからですよ」
 よりにもよって思い浮かべていた人物と鉢合わせたことに、ズバイルは決まりが悪い心地に包まれた。ズバイルとしては腹立たしいことに、尻餅をつくほどに強くぶつかった男――アルミロには、ズバイルが受けたほどの衝撃は伝わらなかったらしい。
 当たり前のように手を差し伸べてきたアルミロの助けを借りて起き上がったズバイルの眉間には、少し皺が寄っていた。
「……ありがとうございます」
「おめえ軽すぎんぞ? ちゃんと飯喰えよ」
「君を基準に考えたら、世の大半の男は痩せすぎでしょうがね」
 親切と失礼とを畳み掛けてくるアルミロに、ズバイルは皮肉めいた反論を返す。ズバイルも長身であるため、身長こそは殆ど変わらないものの、アルミロの身体の厚みはズバイルの二人分はあるようだ。
「砂蟲が襲来したそうですが、無事でよかったですね」
「おう。今回は誰も怪我してねえからな。ほっとしたぜ」
 やれやれと言葉を吐き出すアルミロの様子をズバイルが改めて観察してみれば、汗と砂が張り付いた顔面には濃い疲労の色が見てとれた。労いの言葉でも掛けようかとズバイルが一瞬迷ったところで、これもまた以前に見た顔の筋肉達が、アルミロの背後から彼を呼んだ。
「おい、いい加減風呂行こうぜえ」
「いつまでも待たせんなっての」
「おう! すぐ追いつくから先行っててくれや!」
 ズバイルはアルミロの意外な言葉に、本人以外は気付かない程度に目を丸くした。彼等は暑苦しいほどにつるんでいるのが常だというのに、一体どうした風の吹き回しなのか。
「彼等と共に行かなくて良かったんですか?」
「めったに会わねえダチ置いて行くほど俺あ冷てえ奴じゃねえぞ」
「ダチ……?」
 思わず聞き返した声は、ズバイル自身も自覚できるほどに驚いた声色をしている。ズバイルの聴覚が正しく機能しているのならば、どうやらアルミロはズバイルを友人と認識しているらしい。しかしズバイルは、この脳味噌まで筋肉でできたような男から友と呼ばれる要素を自身に見い出せなかった。ズバイル自身、人好きしない性格であることは十分に理解している。
「一緒に飯喰って力合わせて敵をぶっ倒したなら、ダチだろ?」
「……砦の流儀で言うなら、そういうことなんでしょうね」
「そういうこった」
 照れ隠しにズバイルは皮肉を返したが、アルミロには通じなかったらしい。だが、ズバイルはそのことにどこか安堵していた。
「ならば友人として頼みます。一刻も早く風呂で疲れを取って、身体を労ってください」
 ズバイルとしては精一杯である新たな友への労いに、アルミロはくしゃりと破顔した。
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