豚公子の逆襲蘇生

ヤネコ

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第1話「逆襲への実行計画」

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「ポルコ公爵令息」
「ポルコか何かで良い。長ったらしいのは面倒臭いだろ」
「……それでは、ポルコ様」
「おう」
 公爵家のタウンハウスへとひた走る魔導力車の中で、ポルコは現状整理をすべくビアンカに幾つかの質問を投げかけた。
 曰く、ビアンカはこの王国の近衛兵団に所属しており、この日は先輩近衛兵に混じって職務に当たっていたそうだ。見目の良さから抜擢されたのだろう。
 近衛兵団の団員は皆リリアーナの美しく心優しい様子に心酔しているが、ビアンカは彼女のを肯定できずに日々苦しい思いを抱えていたらしい。
 まともな感性だとポルコが褒めると、ビアンカは複雑そうに笑った。
 また、ビアンカの身元として、ポルコにとってはまたしても不都合な事実が判明する。
 ポルコの記憶の中にも恐怖の対象として刻まれているその名に、ポルコは全身の肉をぶるりと震わせた。
「騎士団長のアズーロが私の父です」
「そうか……」
 美少女衛兵誘拐犯が、騎士団長からも首級を狙われる誘拐犯へと格上げされてしまった。
 ここを上手く処理しないことには、ポルコの命運は間違いなく嵐の中の蝋燭と化すだろう。
「今夜のところは、うちに泊まってもらうぞ」
「ありがとうございます。明日の朝……近衛兵団へ沙汰を伺いに出頭します」
 タウンハウスに帰還したポルコを迎えたポルコの両親も家令も、王宮の舞踏会で騒ぎを起こしたことに対しても、ビアンカを連れてきたことに対しても、異様なまでに寛容だった。
「構わんよ。我が息子を救った小さな勇者には、こちらも誠意を以て応えようじゃないか」
 茶目っ気たっぷりにウィンクをしたポルコの父であるマンツォ公爵は、近衛兵団長スペルボ、次いでビアンカの父である騎士団長アズーロへと魔導通話――王国内でもごく限られた者のみが使用できる通信手段だ――を掛けた。
 その結果、ビアンカは翌日の沙汰を待たずに公爵家の食客としてタウンハウスに滞在することとなった。
 一応は国賓らしい間男カルロスとのいざこざに関しても気にすることではないと公爵は微笑み、ビアンカの滞在するゲストルームも速やかに整えられた。
 恐縮しきりのビアンカにも魔導通話で彼女の父と通話させるという甘やかしぶりに、武藤は感謝よりもむしろ苦々しい心地で独りごちる。
(だからポルココイツは見た目も中身も甘ったれが染み付いた豚野郎に育ったんだろうな……)
 記憶の中のポルコは、何不自由なく公爵家で育てられた。娯楽、美食、そして婚約者――ポルコにとってリリアーナとは、与えられた玩具であった。
 放漫な領地経営で没落しかけの侯爵家の美しき令嬢を、文字通り公爵家が買い取ったのだ。
 ビアンカを伴い足を踏み入れたポルコ専用の書斎には、職人の精緻な細工が施された文具が使い減らしの気配もなく備え付けられている。
 乳母日傘の甘やかしと極端に尖った悪意という二極の中にあるポルコの現状打破に、武藤は曇りのない眼での評定を求めた。
「ビアンカ、お前は公爵家うちの食客だが俺の下僕じゃない。父上には敬意を払うにしても、俺には忌憚のない意見を常に述べてくれ」
「承知しました」
 間抜けなことにこれまでポルコはリリアーナの不貞行為を見過ごしていたようだが、記憶の中でのポルコは何かにつけてリリアーナを自分の婚約者だと周囲にアピールしていたようだ。それがカルロスとリリアーナの恋を応援する面々の不興を買ったことは、十分に察せられる。
 武藤としてもこの豚面との婚約はさぞや苦行であったろうとリリアーナの心痛を慮らないでもないが、それでも浮気が露見しての開き直りと浮気相手の権力濫用はどうかと思う。
「ところで、お前は正直に言って俺の姿がどう見える?」
「豚の……腐ったのの怪人、ですね」
「そこまでかよ」
 自分から正直な評価を求めておきながらも、忌憚のなさすぎるビアンカの評価にポルコは顔をしかめた。
 中世ヨーロッパ風の服装と建物ながらも近代的に充実した調度品の、映りのよい鏡に映るポルコの姿は、ビアンカの評価通りではある。この面相でいくら自分が被害者であると主張したとて、返ってくるのは夜会での無慈悲な断罪に類するものだろう。
 しかし、これからの人生をこの面相で過ごさねばならない武藤としては、恵まれない容姿への現代社会的な気遣いがつい欲しくなってしまう。
「……とは言え、この身体の重さはどうにかしないとな」
「そうですね。身体にお肉が付きすぎると、病気になると習いました」
 この体型でもある程度の距離を走れる辺り、それなりに筋力はあるらしい。
 しかし、脂肪が付きすぎていかんせん身体のキレが悪い。ビアンカの指摘通り、健康状態も最悪だろう。
 以前のポルコは怠惰な生活を送っていたようだが、武藤は生前日本で暮らしていた時分には、気の合う仲間とフットサルを楽しんでいた程度には運動に慣れ親しんでいたため、今のポルコは身体を動かすこと自体を厭わない。
「……よし、ダイエットを含めた計画を立てるぞ」
「だいえっと、ですか?」
 キョトンとするビアンカを見るに、どうやらこの世界では馴染みが無い言葉らしい。
 ポルコ本人は頭から消し去っているであろう言葉だから油断していたが、しばらくは武藤の常識内とポルコが暮らす世界で語彙の擦り合わせが必要なようだ。
「なあ、ビアンカ。俺は今夜の夜会で受けた衝撃の影響でおかしな単語を口走る癖がついてしまったようだ。気付いたら都度指摘してくれるか?」
「承知しました」
 使命感を持った瞳でうなずくビアンカに、よし、と応えたポルコは、おもむろに大きな紙に線を引き、八十一のマス目を作った。
「これは、なんですか?」
「曼荼羅チャートだ。かの有名な英雄も少年時代に使っていた、ありがたーい代物なんだぞ」
「英雄の秘術ですか!
でも、まんだらちゃあと? とはなんですか?」
「そういう固有名詞だと思ってくれ」
 なるほど……と、素直に感心するビアンカにポルコは少し照れくさい気分で、曼荼羅チャートへ目標を書き込む。
 中心の目標は無論、『打倒不倫カップル』だ。
 その周囲を『健康的な痩身』や『情報網の構築』といった八つの目標で囲んだ。
「こうして目標を達成するための目標を書き連ねていくことで、これから着手すべき手段が見えてくるんだ」
「おお……!」
 無邪気に目を輝かせるビアンカに、ポルコは武藤だった頃の記憶を苦く思い出す。彼もまた目標を書き連ね、その中心に向かってひたむきな努力を続けていた。
 しかし、いよいよ手が届くかと思われた目標の中心は、武藤の最も信頼する部下の裏切りによって彼の手をすり抜けてしまった。
「――コ様、ポルコ様!」
 しばらく放心していたのだろうか。心配そうにポルコの腹肉を揺さぶるビアンカに、ポルコは取り繕うように提案した。
「そうだ、ビアンカ。俺に鍛錬を教えてくれないか? 早速明日から鍛えたいんだ」
「それは構いませんが……ポルコ様のお肉が破裂しませんか?」
 ポルコとしてはこの世界の人体に適応した方法で身体を鍛えるつもりだったのだが、どうやらビアンカは本気で心配しているようだ。
 しかし、いくらポルコの面相が面白人間だからとは言え、人体構造までそんなに面白くできてはいない。はずだ。
「健康的な痩身には正しい鍛錬が必要なんだ。厳しい道程なのはわかっているが、俺の計画のために力を貸してくれ」
「そういうことなら……わかりました。厳しくいきますからね!」
 明くる日の早朝。公爵家のタウンハウスの外周を駆けるポルコは、自分の殊勝な発言をやや、いやかなり後悔していた。
 ビアンカが父親の騎士団長から教わったという保護魔法のおかげで膝や足首といった節々は守られてはいるものの、運動不足のポルコの肉体は、文字通り悲鳴を上げている。
 荒い呼吸の中で喉の奥に感じる血の味が薬品めいてきたところで、ポルコはこめかみからぬるりと粘度の高い液体が滴るのを感じた。
「なんだ……!? 血か……っ?!」
 思わず手に取ったその粘液は、赤色ではなく煮詰めた灰汁のような色をしている。よもやこの身体に流れる血は赤色ではないのかと衝撃を受けるポルコに、伴走するビアンカは呆れたように教えた。
「血じゃなくて魔素詰まりです。悪いものが体から出ているんですよ」
「汗と垢の間の汁ってことか」
「たとえ方がばっちいですね」
 剣と魔法の世界らしく、武藤の世界では考えられなかった概念が存在している。魔素詰まりの汁が体の毛穴から噴き出す度に、ポルコは疲れているはずなのに活力が湧いてくるような快さを実感した。これが本当のデトックスというものだろうか。
 続く練兵場の一角を陣取っての基礎トレーニングでも、ポルコは全身の毛穴から汗と共に汁が迸るのを感じた。そしてその快さは、ポルコに一種の蛮勇をもたらす。
「ビアンカ! 俺の背に乗って加重を掛けてくれ!」
「……ッ、わかりました!」
 腕立て伏せを行うポルコは、ビアンカが父から教わった騎士団流の負荷トレーニングを求めた。ビアンカはハンカチを取り出すと、ポルコの背にそっと敷いた。ダイエットには協力するが、豚汁がお尻に付着するのは嫌だったのだ。ポルコは地味にショックを受けた。
「――それでは、しっかり身体を洗ってちゃんと湯船に浸かってくださいね」
 ダイエット初日の基礎トレーニングを、なんとかこなしたポルコの監督を終えたビアンカは、真面目な様子でポルコに言いつける。
 しかし、風呂キャンセル勢のポルコとシャワー派の武藤の意識は、ビアンカの言いつけに対して面倒臭いという感情で意見を一致させた。
「まだ朝だし、ちょっと汗を流して着替えるだけでいいだろ」
「ポルコ様の魔素詰まりは特別臭いからダメです。夏場の兵舎の厠のような臭いがします」
 鼻を摘んで毒を吐くビアンカに、ポルコは流石にそこまでは臭わないだろうと、首を折り曲げて自身の臭いを嗅ぐ。
「うぐっ……!?」
「だから言ったのに……」
 まるでこれまでのポルコの甘ったれを煮詰めて腐らせたかのような、鼻腔を襲う猛烈な臭気に、ポルコは言葉を発することができなかった。
 鼻腔経由で麻痺してしまった言語野に、背後で毒づくビアンカに反論することもできないまま、ポルコは大人しくタウンハウスに設えられた大浴場へと向かう。
(この豚汁を絞り切った頃には……ポルコもどう変わるかな)
 猛烈な臭気で疲れさえも麻痺した心地の中で、ポルコは確かなモチベーションを胸に宿した。
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